女性の身体とポリティクス【ブレイディみかこのSISTER "FOOT" EMPATHY】

"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる! 真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談

※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。

ブレイディみかこのSISTER

11月に行われる米国の中間選挙を控え、存在感を高めているのが米民主党の下院議員、AOCことアレクサンドリア・オカシオ=コルテスだ。若年層からの強い支持を背景に、将来の党内リーダー候補として米国の内外から熱い視線を浴びている。SNS時代が生んだフォトジェニックな政治スターと呼ばれた彼女も37歳になった。最近では、急進左派のシンボルから現実路線へとシフトし、党内での影響力も高まっているという。

そんな彼女が、卵子凍結を発表したことが大きな話題になった。卵子凍結に関しては、日本の若い女性たちと座談会をしていた数年前でも、検討しているとか、実際に行なったとかいう話が出ていたし、今どきそんなにラディカルなことではないのだと思っていた。が、どうやらトランプ政権下の米国では違うらしい。

AOCは、オンラインで自分が投与しているホルモン注射の手順を説明し、ペーパータオルの上に並べた薬と注射器を視聴者に公開した。そして、このような処置は通常、保険の対象外となり、100%自己負担になると言った。卵子凍結を決断するにあたって、これが最もストレスを感じる部分だったという。

「自分の人生をよりコントロールしていると感じるために私が下した決断です」と彼女は言った。このようなことを隠すのではなく公表することによって、女性の生殖に関する決断や行為への偏見を少しでもなくすことが、彼女が卵子凍結を公に発表した動機でもあった。

これに対し、米国の右派からは批判が噴き上がった。女性版マノスフィアと言っていい「ウーマノスフィア」の反フェミニズム、出生主義運動の代表的な論客、アリー・ベス・スタッキーは、AOCは「女性はすべてを手に入れられるという嘘を美化している」と批判した。別の保守派の論客は、卵子凍結は「出生率が急激に低下している理由の一つ」だと言い、30代後半であるAOCの年齢を指摘し、明日妊娠したとしてもすでに高齢出産だと揶揄するような発言もした。

AOCが、将来の大統領候補の一人として見なされる立場になったことを考えれば、今回の行動は大胆かつ勇気のある行動だ。トランプ政権発足以降、米国における女性の権利は後退している。トランプから政権を奪い返したい民主党の主流派でさえ、白人男性の票を奪回したいあまり、女性の問題について大々的に語ることが少なくなっている。ヒラリー・クリントンとカマラ・ハリスがトランプに敗れたせいで、やっぱり女性を対立候補にしてもダメなのだという諦念も一部で広がっているように見受けられる。

中絶の権利を脅かされるどころか、避妊すら第二次トランプ政権のもとでは禁止されるのではないかと危惧されたほど、米国では女性たちの身体が「政治の場」になっている。国が保守化すれば保守化するだけ、女性の身体は生殖するものとしての機能を最優先される。女性は子を産み育てる者としてだけでなく、知性と才能を持つ社会の構成員として見なされるべきであり、自分自身に関する決断は自分で下すべきという主張は、少しも新しいものではないだろう。100年前のサフラジェットだって同じことを言っていた。10年前の「ガールボス」時代なら、卵子凍結の公表はちっとも過激なこととは取られなかったはずなのだ。

だからこそ、現代の米国で、AOCに勇気をもらっている若い女性たちは少なくないのではないか。思えばこれまで、女性の身体が「政治の場」になり得ることを自ら体現できた大物の女性政治家はほとんどいなかった。だいたい米国で女性が政治指導者になる頃には、すでに子育てを終える年齢になっていたからだ。AOCの行動は、出産適齢期の女性政治家に対して、米国の有権者がどう反応するかという試金石にもなるだろう。彼女が大統領候補になるかどうかは別にして、世界の右傾化に本能的な脅威を感じている若い女性たちにとって女性の身体の問題をリアルタイムで発信する政治家が存在することは重要だ。

女性の身体が「政治の場」になるといえば、最近読んだ日本の本『日本初セクシュアル・ハラスメント裁判 元原告A子からあなたへ』にもそれを感じさせられた。日本初のセクハラ訴訟の原告だった晴野まゆみさんが書いたノンフィクションである。1957年生まれの彼女は、福岡の大学を卒業後、勤務した編集プロダクションでセクシュアル・ハラスメントを受け、同社を解雇された後、’89 年に「福岡セクシャル・ハラスメント訴訟」を起こして全面勝訴した。ちなみに、この裁判に着想を得た映画(『ファーストボイス』前田哲監督、綾瀬はるか主演)も公開中だ。

この本を読んだら、若い世代はびっくりするかもしれない。しかし、本当に80年代の日本では、結婚するまでの「腰掛け」就職などという言葉が平然と使われ、25歳を過ぎても独身の女性は、12月25日までに売れなかったクリスマスケーキにたとえて「売れ残り」と言われたのだ。妙な上司の誘いや職場で体をさわられるのも日常的であり、セクハラとパワハラの嵐の中で働き続けた晴野さんは、卵巣に腫瘍ができて痛みに苦しんでいたときでさえ、「ふしだらの証拠」であるかのような態度を上司に取られる。

これもまた、女性の身体を生殖の道具と見なし、それゆえに純潔を重んじた時代の象徴的な出来事だ。上司にとって脅威となった有能な女性を貶め、追い払う手段が、「夜遊びが激しい女」というデマを流すことだったのも同根である。女性は、仕事の能力や知性ではなく、生殖を行う身体としてどうかということのほうが、ビジネスの場でも致命的な悪評になり得たのだ。

女性は男性と同じように一人の人間であり、そのように扱われるべきだと信じた晴野さんや弁護士、支援者たちは、シスターフッドで勝訴を勝ち取った。それは痛快な結果だったが、しかし、米国の例を見るまでもなく、女性の身体をめぐる闘いはどのくらい前進しているだろう。せめて今さら後退はさせないように、プッシュ・バックするときではないか。AOCと「元原告A子」の本は、その狼煙を上げている。

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ライター・コラムニストブレイディみかこ

ライター・コラムニスト。英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。本連載をまとめた『SISTER“FOOT”EMPATHY』(集英社)が好評発売中。

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