コアメンバーの小林七海さん ©ともまつりか
小林さんは、スパイラルクラブのメンバーが住むシェアハウスへの引っ越しを機に、2024年からメンバーの一員となった。もともとクィアの権利やフェミニズムの分野で積極的に発信してきた小林さんだが、当初は環境問題に対し距離があったという。
「ジェンダーはアイデンティティに直結することなので、“痛み”を実感と共に言葉にすることができます。一方で環境問題については、その深刻さを理解しながらも、どうしても自分との距離を縮められずにいました。そんななか、環境と真摯に向き合うスパイラルクラブのメンバーたちと一緒に暮らすことに。日々会話をするうちに、ジェンダーと環境というそれぞれのイシューが実感を伴いながらリンクし、『自分ごと』として立ち上がっていきました」(小林さん)
2025年夏、京都市内を流れる鴨川の畔で開かれたオープンミーティングの様子
社会課題に向き合うスパイラルクラブが何より大切にしているのは、誰かと「対話」を重ねること。多様な考えをもつ人たちと語り合う機会をつくるため、さまざまな場所で定期的にオープンミーティングを開催している。
「あなたにとって失いたくないものは?」「川は接続の場になりえるか?」「穴開き靴下と資本主義」など、取り上げるテーマは毎回ユニークかつ多彩だ。ときには特定の主題を設けず自由に言葉を交わしたり、1冊の課題図書についてじっくり議論したりすることもある。定員はあるものの、テーマに関心があれば誰でも参加することができる。未就学児からシニアまで、老若男女さまざまな顔ぶれが集う。
成果主義にとらわれない、スローな社会運動も必要
対話を進めるうえで彼らが意識しているのは、「明確なゴール」をあらかじめ示さないこと。その場に集まった人たちの歩幅に合わせ、流れに任せるように言葉を紡いでいく。誰も置き去りにされない、優しく開かれた空間がそこにはある。
「気候変動の問題にはタイムリミットがあります。だからこそ、多くの団体にはそれぞれ明確なゴールがあり、いつまでにどのくらいの結果を出すというロードマップが示されています。一方で、スパイラルクラブがやっているのは、あえてその逆を行くような活動です。オープンミーティングに来てくださる方のなかには、『何から始めたらいいんだろう』と迷っている状態の人も多いので、一人ひとりのペースに寄り添うことを大事にしています。社会運動には、スピード感をもって突き進むものと、じっくり時間をかけるものの両方が必要だと思っています」(小林さん)
「環境問題は、どうしても科学的な言葉で語られがちです。『詳しくなければ口を開いてはいけないんじゃないか』という不安を抱いてしまうと、途端に発言しづらくなり、対話も硬直してしまいます。スパイラルクラブのオープンミーティングでは、どんな人でも自分の言葉で思いを語って大丈夫だと思えるような、風通しのいい場づくりを心がけています」(立山さん)
オープンミーティングには、ゴールも細かいルールもない。ただし、参加者全員がフラットな関係性のもとで心地よく対話するために、最低限の約束事はある。たとえば「さまざまな背景を持つ人が参加しているので、相手の属性を決めつけない」「他者の意見を否定せずにまずは受け入れる」といった大原則は、対話を始める前に必ず全員に共有される。それでも、常にうまくいくとは限らない。オープンな場であるがゆえの難しさに直面することはあるという。
「話の途中で熱くなってしまい、自分の考えをほかの参加者に押し付けようとする人はいます。過去にはひとりの人が30分間ずっと話し続けてしまったケースもありました。ただ、そういった衝突や偏りも含めて、全く意見の異なる人が確かにいるという実感は、すごく大切だと思っています。スパイラルクラブが対話で重要視しているのは、自分とは違う価値観に触れ、その声にまっすぐ耳を傾けること。ときに心がすり減るような感覚を覚えることもありますが、それ自体が学びになると信じています」(立山さん)
「オープンミーティングには、いわゆる『失敗』も『成功』もありません。最低限のルールを前提にしながら、参加してくれる人たちを信頼し、その場の流れに身を委ねます。こうした成果にとらわれないスタンスにこそ、スパイラルクラブの本質がある気がしています」(小林さん)
都市と自然を繋げる、渋谷川沿いでのビオトープづくり
野外イベント「shibuya slow stream」で行われたビオトープ観察会の様子
オープンミーティングだけでなく、フリーペーパーやジンの自主発行、企業とのコラボレーション、イベントの企画・運営など、スパイラルクラブの活動は多岐にわたる。
その象徴ともいえるのが、2023年から続けている渋谷川沿いでのビオトープづくりだ。同エリアで東急が定期的に開催する野外イベント「shibuya slow stream(シブヤ スロー ストリーム)」 の取り組みの一環としてスタートし、一般の参加者を募って観察会やワークショップなどを継続的に行ってきた。
「設置場所が公道なので、ゴミを捨てられたり、魚を盗まれたりしないだろうかと心配しましたが、まったくの杞憂でした。予想よりも早くトンボが産卵してくれて、ヤゴが育ったんです。直径40cmほどの小さな鉢から始めて、徐々に規模を拡大していき、1年後には幅4メートルほどの空間にまで広げることができました」(立山さん)
「ビオトープに詳しいメンバーがいない状態からのスタートだったので、最初からスムーズにいったわけではありません。水草が枯れてしまうなど、なかなか軌道に乗らない時期もありました。そのなかで、観察会に来てくれた人たちと一緒に試行錯誤を重ね、手探りで学んでいけたことそのものが、かけがえのない経験だったと思っています」(小林さん)
ビオトープを育んで、今年で3年。今ではスパイラルクラブの手を離れ、近隣の人びとも維持や管理に携わるようになるなど、着実に地域へと根付いている。
「今年の4月からは、次世代型フィットネススタジオ『キネティックアーツ渋谷』の皆さんにお世話を引き継いでいただくことになりました。近くの『渋谷東しぜんの国こども園』にも株分けをして、渋谷川沿いに少しずつビオトープが定着しつつあります。今後も観察会やオープンミーティングを通じて、自然と都市の繋がりを肌で感じたり、考えるきっかけとなったりするような場づくりを続けていきます」(立山さん)
オーバーシュートの時代、「知っている」から「行動する」へ
コアメンバーの立山さんが企画した、気候変動と暮らしをつなぐポップアップイベント「地球のため わたしのため」。第3回目が10月、下北沢のBONUS TRACKで開催された ©Horiguchi Takuya
時間をかけなければ、社会は変わらない。その一方で、地球は私たちを待ってはくれない。深刻な気候変動を回避するために、残された時間は刻一刻と迫っている。
国連環境計画(UNEP)は2026年9月2日、今後数年以内に産業革命前からの世界の平均気温上昇が1.5℃を超える見込みだとする報告書*を発表した。1.5℃は、温暖化対策の国際ルールであるパリ協定で合意した目標値だ。同報告書では、世界が初めて本格的なオーバーシュート(超過)の時代に入ったと位置づけられている。
異常気象が増え、いつか起きると警鐘を鳴らされていた危機的事態が、いまや目の前で現実となりつつある。世界各地では戦争が続いていることもまた、私たちの足もとに重苦しい影を落としている。こうした世界情勢の急速な変化を、スパイラルクラブのメンバーが敏感に感じ取っていないはずがない。自分たちはどうあり続けるべきか。その方針をめぐり、メンバー同士で胸襟を開いて話し合う機会も増えているという。
「スパイラルクラブを始めた2019年は、『気候変動』という言葉自体になじみのない人がたくさんいました。今では多くの人が認知している言葉だと思いますが、それでも状況はいっこうに良くなっていません。立ち上げ当初は、まず気候変動という問題を知ってもらうことが第一でした。しかし状況が大きく変わってきた今、次なる課題は『知っている』からどうやって『行動する』へ移るのか、その一点にあります。確かな道筋がクリアに見えているわけではありませんが、スパイラルクラブに何ができるかを模索し続けたいです」(立山さん)
*報告書の原題は『Limiting Overshoot : Navigating exceedance of 1.5°C and pathways towards return』 https://www.unep.org/resources/limiting-overshoot-navigating-exceedance
「地球のため わたしのため」のプログラムのひとつで、立山さんが登壇したトークイベントの様子 ©Horiguchi Takuya
スパイラルクラブの原点である「対話」を軸にした活動は、この先も揺らぐことはない。
「オープンミーティングの参加者と話していると、『環境や気候変動について身近なところで話せる人がいないから来た』という声をよく耳にします。スパイラルクラブが、環境や社会について自由に語り合える場であり続けること、そして、いつでも誰でもアクセスできる場所であること。それは、これからもずっと変わりません」(立山さん)
「人びとの関心や、注目される社会課題は移り変わっていくもの。そんななかでスパイラルクラブは、私が参加する以前の2019年からずっと環境について発信し続けてきました。それがふと誰かの心に届くこともあれば、大きなうねりと交わることもある。一定ではなくても、波を送り続けることが大切だと思っています」(小林さん)
効率や成果を追い求めないからこそ続けてこられた彼らの営みは、スピードや規模の大きさにとらわれず、歩みを止めないことの尊さを教えてくれる。