2024.02.28

女性の心身の悩みに寄り添う【フェムテック】の現在地、そしてこれから。「フェムテック」の産みの親と日本・アジア市場をリードするフェルマータ代表が語る

女性の健康とウェルネス向上のために誕生したフェムテック市場。今年も2月9日から3日間にわたり「Femtech Fes!(フェムテックフェス)」が開催された。4度目の今回は一般来場者が5,000人超、フェムテックプロダクトは23か国から200点以上が出展という最大規模。24企業44名の起業家たちも集結して、これまでにない盛り上がりを見せた。
そんな熱気あふれる会場でSPUR.JPは、“Femtech(フェムテック)”という言葉の産みの親であるイダ・ティンさんと、日本・アジア市場をリードし、フェスの企画運営も行うフェルマータCEO・杉本亜美奈さんを直撃。フェムテック市場の現在地と未来、そして今後フェムテックが私たちにとってどんな存在になり得るのかなど、コロナ禍を経て今回がリアルで初対面というお二人に語ってもらった。※1

※1 本記事は独自取材に加えて「Femtech Fes!」でのトークセッションの内容をもとに執筆

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Ida Tin(イダ・ティン)プロフィール画像
Clue(クルー) 共同創業者/会長Ida Tin(イダ・ティン)

2013年、ドイツの月経管理アプリClue(クルー)をリリース。「フェムテック」という言葉の産みの親。前述した「Clue(クルー)」の共同創業者で前CEO、現会長。

杉本亜美奈プロフィール画像
fermata(フェルマータ) CEO杉本亜美奈

2019年、fermata(フェルマータ)を創業。DrPH/公衆衛生博士。日本医療政策機構にて世界認知症審議会の日本誘致を担当。国内外の医療・ヘルスケアスタートアップへの政策アドバイスやマーケット参入のサポートが専門。

2016年【フェムテック、誕生】。女性起業家たちが切り拓いてきた道

―― まずはイダさんご自身のことを教えてください。

イダ:私はデンマーク出身の起業家で現在はドイツに住んでいます。もともとはバースコントロールやファミリープランニングに関心があり、2012年に創業し2013年に「Clue(クルー)」アプリをリリース。現在では190カ国以上、1,000万人もの方々に利用されている月経管理機能を持ったトラッキングサービスを立ち上げました。10年ほどクルーのCEOを務めた後、現在は会長として関わっています。


―― 「フェムテック」という言葉を生み出したきっかけについてもお聞かせください。

イダ:2016年に、クルーのCEOとしてサンフランシスコでのテック企業が集う会議に参加したときのことです。女性の健康に関する初のパネルディスカッションに登壇した際、私たちの事業について男性ばかりの投資家たちに説明する難しさを実感したのがきっかけでした。
“女性の身体には健康上の様々な課題があり、それらを解決するために私たちは非常に大きなことをやり遂げようとしている——” そのことを投資家に認識してもらうには、何か橋渡しとなる言葉が必要だと思いました。そこでこの領域のビジネスカテゴリを「フェムテック」と名付け、ウィキペディアに掲載し、商標登録もしました。「会議ではフェムテックと呼びましょう」と男性にも知ってもらい、共通言語にしたかったのです。

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―― 一方、フェルマータは日本・アジアのフェムテック市場の創出に携わるスタートアップとして、日本にフェムテックという言葉と国内外のプロダクツを広めてきました。亜美奈さんがこの業界に飛び込んだきっかけはなんでしょうか?

アミナ:2016年頃、私はロンドンで医療経済や公衆衛生を学ぶ博士課程の学生でした。その後、帰国してスタートアップを対象にした投資会社に業務委託として参画。そこで、アメリカのスタートアップが開発した卵巣年齢をセルフチェックできるAMH等のホルモン検査キットに出合いました。私は「これ欲しい!」と思ったのですが、ほとんどが男性で構成された投資委員会のメンバーにはニーズが伝わらず、その案件はスルーされてしまったんです。その出来事が私にとっては衝撃的で。ニーズがあるのに投資家が見逃してしまう現状に疑問を感じ、自分で市場を作っていこうという思いに至りました。

イダ:まさにそういうことですよね。上手くいっているように見えるクルーも資金調達では常に苦労がありました。やはり女性の健康問題は、男性に理解されづらく……。「月経周期はバイタルサインと同じで、女性の健康状態に深く関わっている。だから“ユーザー自身が管理できるようになる”という文化的な変革が必要」なのだと、何度も繰り返し説明する必要がありました。

2019年〜日本でフェムテック始動! 官庁やメディアに働きかける

―― お二人はフェムテックの必要性について、どうやって投資家を説得したのでしょうか?

イダ:データ、マトリックス、ユーザーパフォーマンスといった、テック言語を使うことを意識しました。男性の投資家に話すときに“生理”や“授乳”という言葉は使いにくいこともある。そういうときは「“フェムテック”を支援する会社を探している」と訴えた方が伝わりやすいですね。一方で、自分の経験や女性のストーリーも語るようにしました。例えば「月経が重い」「妊娠したい、したくない」など、すべての女性にはストーリーがありますよね。女性の身体のことがわからなくても、感情で理解し合える部分は必ずある。そう信じて、相手が共感してくれるような会話を心がけました。

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アミナ:私の場合、最初の2、3年は、フェムテック商品を持ってとにかく走り回っていました。概念的な話だけをしてもわかってもらえないので、いつも吸水ショーツ、月経カップ、ナプキン、タンポン等を持参して、まずはモノを見て触れてもらうのです。それらと一緒に統計も持参し、これだけの市場規模があるんですと話していました。
官邸で議員さんに、生理用品のパッケージを開けてみてもらったこともあります。「この分厚い生理用品が、ショーツとしてはくだけでOKになるんですよ」とか「経血を活用して、センサーでこんなことが測れます」とかをお伝えしながら。当時の官房長官に「官邸の会議室のテーブルの上で生理用品を開けたのはフェルマータさんが初めてです」と言われたこともありました(笑)。

フェムテックの話をすると「じゃあメンテックはどうなの?」と話題を変えられてしまうこともありますね。でもそういう話ではない。まずはいったんフェムテックという領域で女性の健康周りのニーズを掘り起こしてみよう。それで1つの市場ができたら、それをまた別の領域で、目に見えにくいいろいろな課題に応用できるはずなのです。フェムテックは新しくてインクルーシブな領域。だからこのように、女性に限らずすべての人にプラスの影響がすごくあるんじゃないかと思っています。

 

2024年【フェムテックの現在地】。海外と日本、それぞれの特徴と広がり

―― 続いて現在のフェムテック市場について伺います。以前と比べて規模や一般の認知度は変わってきていますか? お二人にとって今の景色はどのように見えていますか?

イダ:ドイツで創業した2013年頃は「女性の健康に投資をするのはニッチ」と言われていました。それが今では大勢のプレイヤーがこの領域に参加し、投資されていると同時に、女性の健康に特化したファンドや大型IPO(新規上場株式)も登場するなど、急速に拡大してきています。

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アミナ:日本ではメディアや口コミの盛り上がりがあり、それから徐々に市場が拡大してきた、という印象を持っています。フェムテックフェスの当初の目的は、フェムテックという市場があるんですよと、一般の人、投資家、政治家、起業家に知ってもらうことでした。蓋を開けてみると、参加者のほとんどが一般の方。その中にメディアやビジネス業界の方もいらして、ウェブメディアやブログなどでフェムテックという言葉を広げてくれました。ファッション誌やSNSでも取り上げてもらい、女性たちが受け入れてくれ、それから徐々に企業が参入し、投資家も注目し始めた……というのが日本の現在地でしょうか。

初回のフェムテックフェスの参加者は100人程度でしたが、今回は一般来場者の予約だけで5,000人を超え、一般の方のフェムテックへの関心度・期待の高まりを感じています。また、後援として厚生労働省や経済産業省、JICA、UNFPA、公益財団法人ジョイセフといった公的機関がついてくれました。行政もフェムテック領域に注力しているということは、日本においてこの市場が広く認知され、大きくなってきているということだと思います。

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―― 日本では一般の方にも「フェムテック」という言葉が浸透していて、メディアもごく普通に使っていますよね。そのためか「フェムテック」はトレンドで終わるのではないか、と言われることもしばしば。どう感じていますか?

アミナ:実は「フェムテック」という言葉がメディアを含めてここまで浸透している国は日本ぐらい。これだけ大きな一般向けイベントを開催している国は他にありません。日本って面白いなと思いますね。
いつだったか朝のニュース番組でフェムテックフェスを取り上げてくださって。女性のアナウンサーが、セクシャルウェルネスコーナーで「これなんだと思いますか? 女性向けバイブレーターなんですよ」って紹介してくれたんです。こんなこと、BBCやCNNではあり得ない!と思って。日本人の「性」に対する感覚って、自分たちが思っている以上に柔軟なんじゃないかと感じた出来事でした。流行りやトレンド好きな国民性はそのままに、でも流行りで終わらないよう、大きな市場を作れるようにしたいですね。それは私たちにかかっていると思います。

―― 起業した時にフェムテックで実現したかったことや、今日までに実現できたことについても教えてください。

イダ:1つ挙げるなら2021年にデジタル避妊ツール用のサービス「Clue Birth Control(クルー バース コントロール)」がFDA(アメリカ食品医薬品局)※2の承認を取得したことですね。信頼できるアプリだというお墨付きをもらったような意味合いがあるので、その点では大きな一歩だなと思います。ただ、月経周期をトラッキングするということはファミリープランニングだけでなく、婦人科系の病気の発見など、女性のリプロダクティブヘルスの様々なことに役立つことがわかってきました。いま実現できているのはまだ1つの小さな領域にしか過ぎないのだと、改めて実感しているところです。

※2 FDAはアメリカでの食品・医薬品、医療機器、化粧品などの販売・流通を取り締まるアメリカ合衆国の政府機関。日本のPMDAに似た役割を持つ。FDAから認証を受けるということは法に違反しておらず適切な商品であることを許可されているということを意味する。2023年にはClue(クルー)アプリがクラス1医療機器として CE マークを取得した。これは、医療機器がEU規制を遵守していることを示すものでEU加盟国内での販売が可能となる。

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アミナ:フェルマータはプロダクトを単独では開発せず、たくさんの企業と一緒にモノづくりをしていることが強みです。私たちは、国内外のフェムテック市場を大きくしていくには「薬機法等のルールの見直し」が必要だと考えています。この4年間で、「骨盤底筋訓練器具」や「子宮口キャップ」など、一般医療機器としてフェムテックを販売するための新しい一般名称を、厚生労働省に4つ新設してもらうことができました。それによって、消費者にとっては「この商品が何の役に立つんだろう?」ということが分かりやすくなります。

創業したばかりの頃、厚労省へ出向いて「ルールの見直しを一緒に進めてほしい」とお願いしたところ、「行政としては市場があるとわかったら動きます。市場ができてからまた来てください」と言われ、取りつく島もなかったのです。政治家からは「政治家は法律を作る、行政はルールを作るので、そのためにも、民間が主導して進むべき方向性を示してください」と言われました。年月を経て今、まさにその通りになったと思うと、感慨深いですね。

【フェムテックの未来】目指すは、潜在ニーズからプロダクトを生み出すサイクル

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―― ここからはフェムテックの未来について伺っていきます。クルーは月経周期、排卵、PMSなど多くのデータを得て、世界の大学機関と協力し、様々な研究を行っています。イダさんが興味をひかれるのはどのような分野ですか?

イダ:最近面白かったのは、ユーザーに「最近病院へ行きましたか? 行って何かしらの診断を受けましたか?」という調査をボランティアベースで行ったことですね。20万人ものユーザーから回答が戻ってきました。ユーザーから得られたデータをドクターと一緒に解析していくと、生理周期のパターンによって罹りやすい病気がわかったりするんです。同時に、ユーザーのデータから想定される病気への罹患者数と、実際の診断数とのギャップが見えてくることも非常に興味深かったですね。


―― お二人がこれから取り組みたい事業や、女性の健康課題で解決していきたいテーマ・分野はなんですか?

イダ:近頃関心を持っているのはホルモンの分野です。AIの登場によって、機械自ら学習し分析や提案などができるようになりましたよね。例えば月経周期のパターンとともに女性ホルモンレベルを測ることで、更年期や閉経に差しかかっているかどうかを、アプリにナビゲートしてもらえるようになるでしょう。不調が出たり、病気になったりしてからではなく、事前に備えることができるのです。ホルモンの変化から、気分やセックスライフへの影響もわかるようになる、そんな未来が楽しみです。

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アミナ:私たちフェルマータの強みは、一般消費者のコミュニティを作っていく力や、医療業界や行政とのつながりを持っていること。医療業界、学術会、行政、政治、メディア、そしてビジネスをつなげて、日本だけではなくグローバルに、フェムテック市場を渦のように大きくしていきたいですね。コネクターのような役割は今後も変わらないと思います。
前回のフェスでは、来日した起業家たちと朝まで打ち上げをして盛り上がったんです。「久しぶり」と声を掛け合う仲間が海外にもたくさんいて、そのネットワークが日本で生まれていることもすごくいいなと思います。

事業では、フェムテックのプロダクトやサービスと、私たちのネットワークを使って、まだ見えていない潜在ニーズの掘り起こしをしていきたいですね。それは生体データから得られるのかもしれないし、ユーザーの声からかもしれない。潜在ニーズから新しいプロダクトを生み出し、ユーザーの声を吸い上げまた開発に生かすというサイクルの仕組みを作り、医療機器として販売できるフェムテックも増やしていきたいです。

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―― 日本と海外でプロダクトの充実度などに差はありますか? 私たちの健康に役立つプロダクトを生み出し続けるため、どんなことが必要でしょうか?

アミナ:フェムテックは新しい分野ですから、いろいろな企業が参入して新しいサービスや商品が次々生まれています。今はまさに過渡期にあって、これからさらに市場が大きくなっていくためにはルール作りが必要です。ルールができると淘汰され、本当にいいものやユーザーに必要とされるものだけが残っていく。そうなることは私たちにとってもいいことだと思います。

イダ:フェムテック市場は拡大してきていますが、私たちは起業家でありながら、いちユーザーでもあって、この領域は学ぶことが本当に多いですよね。女性の健康課題や解決法について新たに知ることがまだまだあり、底知れない可能性があると感じます。

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アミナ:国によって制度が違えばニーズも違って、フェムテックのプロダクトの数や傾向もそれぞれです。だから日本のフェムテック市場が遅れているということはないと思います。国内にないプロダクトは、輸入すればいい。正解も間違いもないと思うのです。ただ、日本は表面的に選択肢がたくさんあるように見えますが、「女性はこういうものだから」と既存の価値観に当てはめて作ろうという傾向が強いかもしれません。自分たちの可能性を、ここまでと決めてしまうのはもったいない。ユーザーも作り手も冒険を恐れずに、これまでの常識を突き破るような新しいものを生み出していけたらいいですね。

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