【榮倉奈々と未来への学び 最終回】 NPO法人「WELgeeオフィス」

社会のために知る、地球のために考える

よりよい明日を考える対談連載。最後の課題は難民の活躍。彼らの未来は私たちの未来でもある

WELgeeオフィスを訪れた榮倉奈々さん
トップス¥82,500・ベスト¥207,900・パンツ¥196,900・ベルト(参考色)¥91,300/ザ・ロウ・ジャパン(ザ・ロウ) 靴¥126,500/ピエール アルディ 東京(ピエール アルディ) ピアス/スタイリスト私物

恵比寿の高層ビルにあるシェアオフィスがWELgeeの拠点となっている。その理念に共感した支援者が無償で場所を提供していると聞いて、榮倉さんも驚く。「活動当初は、ここにハンモックを持ち込んで寝泊まりしていました(笑)」(渡部)

今回訪れたのは……

WELgeeオフィス

日本に来た難民の活躍の機会を作り出す活動を行うNPO法人「WELgee」(Welcome Refugeeが由来)。戦争のトラウマや不安定な生活、さまざまなストレスを抱えて日本で暮らす難民たちの就職・キャリアを支援し、彼らの日本での人生再建をサポートしている。

昨年、紛争や迫害で故郷を追われた人の数は、初めて1億人を超えた。日本にもウクライナをはじめ、アフガニスタンやミャンマーなど、これまで100カ国以上から難民として来た人がいるという。彼らに新しいかたちの支援をしているWELgee。多様性の時代にふさわしい難民支援の在り方とは。代表の渡部カンコロンゴ清花さんに聞いた。

榮倉 以前、テレビで難民の若者を取材しているドキュメンタリー番組を見ました。親、兄弟を置いて、危険を冒しながら国を脱出して、希望を持って新しい場所へ向かったけれど、そこにたどり着く前に亡くなる若者もいて。とても胸が痛みました。日本では難民の方々は、今どんな状況に置かれているのでしょうか。

渡部 日本でもなかなか厳しい状況です。まず、安定した暮らしを得るために「難民認定」の申請を出すのですが、日本で難民認定が下りるのはわずか数%。狭き門なんですね。

榮倉 数%ですか。あとの多くの方々は、どうなさるのですか。

渡部 再度、申請を出すことになります。この繰り返しで、3回も4回も申請を出して、やっと認められる人もいれば、申請して何年もたつのに面談にすら呼ばれない人もいます。

榮倉 それは苦しいですね。その間、皆さん、どう生活を?

渡部 1回目の申請の間は、就労許可がもらえるので、建設現場や夜間の警備員のアルバイトなどで食いつなぐ人も多いですが、1回目で申請が下りないと就労許可がなくなってしまうんです。でも祖国にいられないから逃げてきている方々も多いので、それでやむを得ず不法就労になったり、支援者に援助してもらったり。ただ、そういう生活は、人の尊厳をひどく傷つけるんです。

榮倉 ひとくちに難民と言っても、さまざまな職についていた方々がいるわけで、誇りやアイデンティティが傷ついてしまいますね。

渡部 そうなんです。たとえばアフガニスタンでは、今また武装勢力タリバンが復権して、女子の教育が禁じられています。似たような地域で女性の教育の権利を守る活動をしていたNGOのリーダーの女性は、過激派の脅迫から逃れて、日本に逃げてきました。またシリアのプログラマーの男性は、国を超えた経済圏を作ろうとしていたけれど、徴兵され、戦地に送り出されるのを恐れて日本へ脱出してきました。

榮倉 皆さん、祖国をよくしたいと思って活動していたんですね。

渡部 はい。時代が違えば、地域のリーダーになっていたかもしれない人たちです。そういう人たちが日本で傷ついていくのは、本当にもったいないなと思って。そこで私たちは、難民の方々が経験を活かした就労につながることができるよう企業とのマッチングのサポートを始めました。

榮倉 就職できれば、ひとりの人間として自立できるし、活躍の場も得られます。自分の居場所や役割を得ることは大事なことですよね。

渡部 おっしゃる通りです。また、それだけでなく、企業が雇用のスポンサーになり、就労の在留資格が得られるんですね。「そんな道があるなら、何年も難民認定を待つだけでない方法があるかもしれない」と考えたのが6年ほど前でした。

榮倉さんと渡部さん
大学時代、ゼミの活動をきっかけにバングラデシュの紛争地に入ったことが、今の活動の原点という渡部さん。その行動力に榮倉さんも脱帽

榮倉 それまで、そういう支援をしていた団体はなくて、完全なるスタートアップだったんですか。

渡部 はい。当時、私は仲間と難民支援の団体を立ち上げたところで、できるかわからないけれど、「いっちょやってみるか」って(笑)。それで最初に支援したアフガンの方は今バリバリ活躍しています。

榮倉 すごいですね。どんなお仕事をなさっているんですか。

渡部 農業や災害の現場をロボットが担うための遠隔技術のテクノロジー開発を受け持ち、今や「彼がいなければ、プロダクトはできなかった」と社内で評価されています。それが最初のひとりで、今は22人目です。

榮倉 着実に増えていますね。でも、ご苦労も多かったのでは。

渡部 はい。最初の頃は、企業に電話しても、「いやいや、難民なんて……」という反応がほとんどでした。でも、最近は少しずつ変わってきました。とくにこの1年は、「ウクライナ避難民の雇用を考えていて」というご連絡もいただきます。

榮倉 それはうれしい変化ですね。

渡部 ただ一方で、受け入れるのはウクライナの方のみ、他国からの方はごめんなさいということもあり、その差に心を痛めた年でした。でも、これをきっかけに社会がさらに変わっていくといいなと思っています。

榮倉 そうですね。多様性の面でも、難民の方々と一緒に働く環境が整うと、その方の祖国の知識や文化も学ぶことができ、企業にもプラスになるのではないかと思います。

渡部 そうです。だから「かわいそうな難民を助けてあげる」じゃなくて、難民を雇うことで、思いもよらない化学反応が起きて、会社の価値が上がるかもしれないということです。私たちもそういうケースをもっと作っていきたい。そしていつか彼らが国に戻ったとき、日本との架け橋になってくれることを願っています。

榮倉 素晴らしいです。世界を変えるって遠い話に思えるけど、渡部さんたちの地道な努力で、難民の方々を取り巻く環境が違ってくれば大きな変化につながっていくんじゃないかと感じました。世界はきっと変えられると信じています!

WELgeeの小冊子
WELgeeの小冊子には、日本で生活する難民のリアリティを描いたマンガも
【榮倉奈々と未来への学び 最終回】 NPの画像_4
WELgeeを支援したい人は、寄付のほか、プロボノやインターンとして活動に参加することが可能。「自分のスキルが活かせるのはいいですね」(榮倉)
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キャリアコーディネーターが伴走し、人材の強みを活かす。©WELgee

お話を聞いたのは……

渡部カンコロンゴ清花さんプロフィール画像
渡部カンコロンゴ清花さん

1991年、静岡県生まれ。NPO法人WELgee 代表。静岡文化芸術大学卒業、東京大学大学院修士課程修了。2016年に日本に来た難民の仲間と「WELgee」を設立。2018年、NPO法人化し、難民の支援に携わる。

榮倉奈々(えいくら なな)プロフィール画像
榮倉奈々(えいくら なな)

1988年、鹿児島県生まれ。2004年に俳優デビュー。映画『余命1ヶ月の花嫁』のほか、昨年のドラマ「オールドルーキー」「モダンラブ・東京」などの話題作に多数出演。現在はトッズのアンバサダーも務めている。

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