たくさんのヒーローから自分だけの王子様を選ぶ
「今の少女漫画で支持されるヒーローは、古典的なヒーローと新しいヒーロー、ふたつのタイプに分けられる」と分析するのは、女性向け作品を中心に漫画研究をするトミヤマユキコさん。
「古典的なヒーローというのは、いわゆるシンデレラストーリーに代表されるハイスペックな王子様のこと。そんな彼が平凡なヒロインを好きになり溺愛してくれるストーリーは、歌舞伎や落語と同じような古典として長く愛され続けています。一方で、ジェンダー観が更新され〝男らしさや女らしさはひとつではない〟という議論が広まっていく中で、そこをくみ取ってくれるような新しいヒーローが生まれています。『恋せよまやかし天使ども』(卯月ココ著)に登場する一 刻はまさに新しいヒーローといえるキャラクターかも。主人公である桂おとぎは、学校では天使のように可憐な美少女として知られていますが、実は裏の顔を持っているたくましい性格の持ち主。そんな彼女の素顔を知った一 刻が『男前』『コエーなー』と言いながらもちゃんと受け入れているところに現代らしさを感じます」
女性向け漫画は、現代のジェンダー観が組み込まれたキャラクターが多く、その進化と発展が目覚ましいジャンルだとトミヤマさんは言う。
「おそらく作者自身がジェンダーや社会運動、フェミニズムに興味を持っていて、それをエンタメに落とし込む工夫をしていると感じます。ただ、その影響を最も受けるのは、ヒーローではなく主人公であるヒロインのキャラクターだとは思います。私は〝ヒロインの一番近くにいて強い影響を与える圧倒的他者〟が少女漫画のヒーローだと思っているので、時代に合わせてヒロインが変わればそれを受けて立つヒーローも変化するのは必然。女性の生き方が多様化している現代、さまざまなタイプの新しいヒロインが登場しているので、当然、ヒーローもひとつのタイプには絞れません。なぜなら、誰もが認めるハイスペックさが求められる古典ヒーローとは異なり、〝ヒロインが好きだと思えばその人がヒーローであり王子様〟が新しいヒーロー像の特徴でもあるから。多種多様に用意されたヒーローの中から、読者もまた自分の好きなキャラクターを選ぶことができるのです」
決断を下すのは王子ではなくヒロイン
あらゆるタイプが登場している中で、〝現代だからこそ生まれた〟と感じる人物像の傾向もある。
「かつてはヒロインがヒーローから〝君は素敵なんだ〟と認めてもらうことで主人公が変わっていくのが主流でしたが、近年は芯を持っているヒロインに引っ張られるようにして、ヒーローが変化していく関係性が増えているように思えます。たとえば、『別冊マーガレット』にて連載中の『白銀シロのしつけかた』(アリハラナオ著)では、ヒロインの芹(せり)を好きすぎて他者との関係をうまく築けないヒーロー・シロが自分の社会性を身につけるために〝犬だと思ってしつけてほしい〟と芹に持ちかけます。物語の最初の時点で、ヒーローがヒロインに物事の決定権を渡してしまうのです。ヒロインの自由度や選択肢が最初から最大限許容されているという意味で非常に現代的な関係性だなと思いますね」
さらに現代におけるヒーローの共通項として「愛情表現が優しくなっている」とも分析する。
「2010年代に少女漫画ならではの表現だとよくいわれていた〝壁ドン〟に代表されるような力強い表現はもうほとんど見なくなりました。この時代の作品にあまり多く触れていない若い世代の人と話すと、壁ドンのような表現は暴力的だという感想を持つ人もいます。表現の変化を感じる一例として挙げたいのが、自身のルーツを知りたいと思っている月菜が主人公の『狼の娘』(小玉ユキ著)。ヒーローである颯からの愛情表現のほうが圧倒的に多いのですが、壁ドン的な表現は一切なく、男性からの〝怖くないかたち〟での愛情表現になっています。だからこそ、読んでいる私たちも安心してキュンを味わうことができるのです」
新旧どちらのヒーローも求められ、あらゆる価値観や生き方、人間関係の築き方が描かれることこそが、少女・女性漫画の強みだと言う。
「少年青年漫画では、強さが重んじられるためか、男の子やサラリーマンなどの多様な生き方が描かれているとは言いきれないのが現状と感じています。どうしても〝成功しないといけない〟〝勝ち抜いていかないといけない〟という展開になってしまいがち。人間の多様性や人間関係の複雑さみたいなものは、少女漫画の得意分野なのだと改めて思います」