1970年代

山本鈴美香著 集英社 マーガレットコミックスDIGITAL/全18巻
(左)宗方 仁(むなかたじん)『エースをねらえ!』

美内すずえ著 白泉社 花とゆめコミックス/既刊49巻
(右)速水真澄(はやみますみ)『ガラスの仮面』
ヒロインの成長を見守り支える
「戦後生まれの少女漫画家が多く登場した時代です。けれど、男女雇用機会均等法が制定される前ということもあり、社会全体としては、女性が20代で結婚し仕事を辞めて家庭に入ることが一般的でした。もちろん社会への理不尽さを感じる人の声も大きくなっていて、時代を反映する作品や主人公も増えていきます。
象徴的なのが、躍進していく主人公を見守り支えるヒーロー像。たとえば、『エースをねらえ!』の宗方コーチが、主人公に想いを寄せる藤堂先輩に言った
"男なら女の成長を妨げるような愛し方はするな!"は、この時代のヒーローの在り方を表していると思っています。主人公がやりたいことを一歩引いて見守りつつ、いざというときには前に出る。『ガラスの仮面』の速水さんもそのひとり。主人公・北島マヤの演技の才能に衝撃を受け、匿名で紫のバラを贈り陰で支え続けます。
つまり、精神的な幼さがなく大人びた雰囲気をまとう、包容力のあるヒーローがこの時代の特徴です。女性が社会に出ることが今ほど一般的ではなかった時代に、彼らのような男性はある種の理想像でもあったはず。これらの少女漫画が"こういう人こそが、あなたが成長していく上で大事な存在になる"と教えてくれたのではないでしょうか」
1980年代

陸奥A子著 集英社 りぼんマスコットコミックスDIGITAL/全1巻
(上)雉田 茂(きじたしげる)『こんぺい荘のフランソワ』

池野恋著 集英社 りぼんマスコットコミックスDIGITAL/全30巻
(下)真壁 俊(まかべしゅん)『ときめきトゥナイト』
身近にいる異なるふたつの系統
「漫画界全体で、身近な相手とのラブコメが人気を博し、ヒーローもより身近な存在として描かれるように。当時、アイドルグループ・おニャン子クラブが社会現象を巻き起こし"クラスにいる何番目にかわいいコ"という親しみやすさが支持され、少女漫画でも"文化系男子"や"不良系男子"など、クラスにいそうな男子がさまざまなタイプのヒーローとして描かれました。
文化系男子のようなヒーローを描いたのが、陸奥A子をはじめ、少女漫画誌『りぼん』で"おとめチック漫画"を手がけた作家たち。『こんぺい荘のフランソワ』に登場する雉田さんなど、陸奥A子が描いたメガネをかけた落ち着いた雰囲気の文化系男子は、当時の読者にとって理想のボーイフレンドでした。
不良系男子は、堂々とした態度だけど恋愛になると口ベタでぶっきらぼう。1980年代はこの2系統以外にもさまざまなヒーローが出てきましたが、『ときめきトゥナイト』の真壁くんのような素直に好意を見せない男子は少女漫画のヒーロー像として定着していったように思います。お見合い結婚が中心だった時代から恋愛結婚が一般化し、"運命の相手は自分でつかみとる"という価値観が広がったことも大きい。その中で、ぶっきらぼうな男子が少しずつヒロインを好きになる姿は、よりドラマティックに感じられたのかもしれません」
1990年代

多田かおる著 集英社 マーガレットコミックスDIGITAL/既刊23巻
(右)入江直樹(いりえなおき)『イタズラなKiss』

上田美和著 講談社 講談社コミックス別冊フレンド/全18巻
(左)岡安 浬(おかやすカイリ)『ピーチガール』
ど根性ガールとハイスペヒーロー
「男女雇用機会均等法が1986年に施行され、女性の社会進出がさらに進んだのが1990年代。女性の自立はそれまでも少女漫画では描かれてきたテーマですが、"強くなっていくヒロイン"というよりは"最初から強いヒロイン"が大活躍していきます。当時は、"アッシーくん(車で送り迎えをしてくれる人)"や"メッシーくん(食事をごちそうしてくれる人)"という言葉が流行するなど、男性に従順な女性ではなく、"男性に負けない!"というタイプの女性も増えていました。そうして少女漫画でも同様に、転んでもただでは起きないど根性ガールが生まれていったのです。
ではヒーローはどうだったのかというと"圧倒的な学校イチのイケメン"が人気に。『イタズラなKiss』の入江くんや『ピーチガール』の浬など、1990年代には、容姿端麗かつ、頭脳明晰でスポーツ万能、実家も裕福というような"ハイスペック男子"が目立ちます。ど根性ガールの相手には、それに見合うほど完璧なヒーローが求められたのかもしれません。恋愛面での対応にも余裕がありますが、自信家すぎるヒーローをヒロインが正していく展開は痛快そのもの。女性の社会進出が進む一方で、男女差別はまだ色濃く残っていた時代。ハイスペック男子に臆せずに一喝できるヒロインへの憧れがとても大きかったのだと思います」
2000年代

河原和音著 集英社 マーガレットコミックスDIGITAL/全15巻
(右)小宮山ヨウ(こみやまヨウ)『高校デビュー』

東村アキコ著 講談社 講談社コミックスKiss/全17巻
(左)鯉淵蔵之介(こいぶちくらのすけ)『海月姫』
あか抜けないヒロインをプロデュース
「漫画に限らずファッション雑誌やTV番組など、さまざまなメディアで"モテ"が強烈に意識されるように。当時のヘアケアブランドのキャッチコピー"カワイイは、つくれる。"がこの時代を象徴していて、努力次第で自分は変われる、あか抜けられるという認識が広まっていきました。少女漫画でも"可愛くなりたいヒロイン"が続々と誕生。ヒーローは、『高校デビュー』のヨウや『海月姫』の蔵之介のように、そんなヒロインを可愛く変身させる存在として登場します。
1990年代から続くハイスペックさは持ちながらも、2000年代のヒーローは面倒見がいいのが特徴。"変わりたい"と思うヒロインと、彼女を放っておけないヒーローという関係性は、"モテ"が重視されるようになる中で、"そうは言ってもどうしたらいいのかわからない"と戸惑う女性たちに響いたのかもしれません。
可愛くなるために何だかんだとアドバイスをしていく中で、ヒロインがもともと持っていた内面の魅力にヒーローが気づき、知らず知らずのうちに惹かれていくのもこの時代の恋愛漫画の醍醐味! 出会った当初はヒーロー側が主導権を握っているように見えた関係性も、最終的にはヒーローのほうがヒロインに夢中になっていく展開は、"見た目ではなく、内面の美しさが大事"という少女漫画らしい王道を貫いています」
2010年代

椎名軽穂著 集英社 マーガレットコミックス/全30巻
(上)風早翔太(かぜはやしょうた)『君に届け』

村田真優著 集英社 りぼんマスコットコミックス/全31巻
(下)三浦界(みうらかい)『ハニーレモンソーダ』
内気なヒロインとともに成長するヒーロー
「"モテ"をポジティブに捉えていた価値観に、疲れが見え始めた時代。SNSが普及し、多くの情報に触れる中で"あか抜けないとダメ"というプレッシャーにもつながりました。"陰キャ・陽キャ"や"スクールカースト"など、自分や他人をカテゴライズする言葉が広く使われ始めたのもこの頃。その時代を反映するように、少女漫画においても陽キャのノリになじめない"内気なヒロイン"が目立つようになります。
2010年代のヒーローとヒロインの関係性は2000年代の"プロデュースするヒーロー"と近くはあります。違うのは『君に届け』の風早くんのように、見た目ではなく、ヒロインの内面の魅力を肯定する存在だということ。ヒーローが背中を押すことでヒロインの世界が広がり、新たな人間関係が生まれていく群像劇は『君に届け』以降、多く見られるようになりました。
そしてスクールカースト上位に見えるヒーローにも、どこか弱さがあるのも、これまでにはあまりない要素。ヒロインのまっすぐさに導かれるように、ヒーロー自身も成長していきます。『ハニーレモンソーダ』の界くんは、1980年代の不良っぽさと1990年代のツンデレ要素を持ちながら、ヒロインをプロデュースし支え、自身も救われていく。これまでのヒーローの要素を併せ持った、集大成ともいえるすごいヒーローです」
2020年代

ミユキ蜜蜂著 白泉社 花とゆめコミックス/既刊11巻
(上)天峰 栢(あまみねかや)『春の嵐とモンスター』

旗谷澄生著 講談社 KC デザート/既刊3巻
(下)蔦村 頼(つたむらより)『頼くんとヨリを戻すわけには!』
重たい愛情や弱さが〝推したい″に変化
「"推し文化"の広がりもあり、これまで以上にタイプの異なるヒーローが描かれています。2010年代後半から増えたのが、ヒロインを一途に溺愛するヒーロー。"タイパ"を気にする現代人にとって、わかりやすいほどに一途な愛をヒロインに向けるヒーローは、タイパを求める感覚と相性がいいのかも。2020年代になると、ヒロイン以外を遠ざけてしまうほどの一途な愛が人間関係に影響を与えていく『春の嵐とモンスター』の栢くんのようなヒーローも注目を集めるように。
2020年代は読者側の"恋愛"に対する意識の変化も感じています。推し文化が広がり、エンタメが細分化していく中で、恋愛リアリティショーが流行しカップルを推すなど、恋愛をエンタメとして楽しむように。少女漫画においても"ヒロイン視点でヒーローにときめく"だけではなく、"ヒロインとの関係性を楽しむ""登場人物を推しのように見守る"という読み方も広がっています。その結果、ヒーローも"完璧な人"である必要はさらになくなりました。前出の栢くんのように人間関係の構築の未熟さ、『頼くんとヨリを戻すわけには!』の頼くんのように別れたヒロインに涙を見せるなど、ヒーローの弱さもひとつの魅力として描かれています。内面的に完璧じゃないからこそ、"見守りたい"という推し感情が芽生えるのかもしれません」