社会を動かすパワーを知る

サッカーをする女性、女子サッカーに関心を持つ人が増えることは、社会の景色をも変えうる。2冊の本を起点にその意義を考えてみたい

INTERVIEW WITH キム・ホンビ 

キム・ホンビ 

スポーツの力で、強さにも価値を見出せる

韓国の女子アマチュアサッカーチームでプレーし、2020年夏に『女の答えはピッチにある』(白水社)が邦訳されたキム・ホンビさん。このエッセイ集では練習や試合、オフの場面で出くわしたホモソーシャルやジェンダーギャップ、シスターフッドなど女性とスポーツにまつわる出来事をフェミニズムの視点で取り上げている。

「この本を韓国で2018年に出版して以降、サッカーチームに入団する女性が驚くほど増えました。現在、女性芸能人たちが各チームに分かれてリーグ戦を行う『ボールを蹴る彼女たち』というバラエティ番組もヒットしています。これは私の本からアイデアを得て企画されたもの。タレントやモデルたちが外見など一切気にせず、転んでも起き上がり、大きな声を出してひたむきに頑張っている。その本気の姿に視聴者も熱くなって応援し、典型的な女性らしさや美しさではなく、違う形で自分を表現できると感じ取っている。それがヒットの理由だと思います」

幼少期から女性らしさへの抑圧が強い韓国社会。長く男性のスポーツとされてきたサッカーの試合で、女性が広いグラウンドを走り回り、健康的に戦うことで抑圧から解放される。近年のサッカー人気は、自らプレーすることが生活に溶け込んでいる女性たちによるところが大きい。では、観る側にはどんな面白さがあるのだろうか。

「女子サッカーは男子に比べるとプレースピードが落ちるのは事実。ですが、だからこそパスワークやシュートの動作、ボールを持っていない選手の動きが見えやすい。そして緻密な作戦で得点につなげていく過程がわかる。一つずつのパズルを合わせて最終的に全体図が見えたときの爽快感が、男子にはない女子サッカーの魅力の一つです」

本の出版後、ホンビさんはトークイベントや講演を頼まれることが増えた。数度のイベントで観客に「体の一部を描写してください」とアンケートをとると、女性は見た目(脚が太い、短いなど)についての回答が多いなかで、スポーツにのめり込んでいる人は機能面(筋肉量やスピード)を描写するという興味深い結果が出た。

「サッカーに限らず運動をする女性は、今までとは違う観点で体と関係性を結び、そこから得られる喜びを体験しているのではないでしょうか。女性は抑圧の影響で体の見た目を重要視しがちです。でも運動することで、従来の美を目指す方向性から、プレーの上達や目標値を達成できる体になりたいと欲望が変化。つまりスポーツの力で、強さにも価値があるという新たな視点を得られるようになりました。また大声を出したり体ごと人にぶつかったりすることを、スポーツで初めて経験する女性も多い。日常で安全が脅かされそうになった場合、それに対処できる勇敢さを身につけられる側面もあります。女性がスポーツをすることには、そういった強さを育む面もあると思うんです」

キム・ホンビ HORNBY KIMプロフィール画像
エッセイストキム・ホンビ HORNBY KIM

好きな選手はチ・ソヨン(水原FCウィメン)。最新刊のエッセイ集『多情所感――やさしさが置き去りにされた時代に』(小山内園子訳)が白水社より発売中。

COLUMN:今、読んでおきたい、女子サッカーへの提言

『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』スザンヌ・ラック著/実川元子訳
『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』 スザンヌ・ラック著/実川元子訳

英国紙『ガーディアン』の女子サッカー特派員による、女子サッカーの歴史。社会的な抑圧と闘った女性たちが切り開いた世界を描きながら、現状を見つめ、未来への提言をこめた一冊。

イングランドの女子リーグの試合を観た翌日、その記事を読み、ポッドキャストを聞くうちに、多くは女性である書き手、語り手たちが単に試合の内容だけを伝えようとしているのではないことに気づいた。皆がリーグの面白さを語り、運営について意見し、女子サッカーそのものを盛り上げよう、いいものにしよう、という気概に満ちていたのだ。そして時折話に出てくるのが、英国において女子サッカーが禁止されていた長い年月のこと。

スザンヌ・ラックによる本書を読むと、あのとき感じていたこと、ぼんやり背景に見えていたことにフォーカスが合い、はっきりする感覚が得られる。その範囲は英国にとどまらず、欧州各国や北米に及ぶ。さらにラックは英国で第一次世界大戦前から女子サッカーが人気を博し、だからこそ「女性に向いていない」と禁止され、女性たちが抵抗してきた過程を詳細につづる。それはまるで、参政権を求めたサフラジェットのような物語だ。

最近の状況を知りたい人は2019年W杯のレポートや「最高の選手たち」の章から読み始めてもいい。著者が初めてのW杯取材に臨んだ体験、またスターたちの異才ぶりが生き生きと描かれる。本書の冒頭にはこうある。「彼女たちがサッカーをするのは、社会意識変革のためではなく、単純に楽しいからだ。だが、サッカーをプレーすることは、それ自体、明白にひとつのフェミニスト的行為だ」。この女子サッカーならではの視点が、本書をぐいぐい読ませる駆動力になっている。

巻末には訳者の実川元子が「日本女子サッカー小史」をつけ加えている。2011年W杯での優勝、その前後の紆余曲折。このあとがきもまた、世界のあらゆる場所で大勢の女性がサッカーを愛し、応援し、熱を持っていることの一つの証しだろう。語られるべきストーリーはまだまだあるはずだ。

text: Mari Hagihara

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