時間が込められたものを未来へと継いでいく

石内 フリーダは好んでティワナドレスというオアハカの民族衣装を着ています。このドレスは祖母から母、娘と受け継いでいくものです。まさに着物と同じ。ティワナドレスも絹に手で刺しゅうしている。手刺しゅうはその人が生きている時間が縫い込まれています。それを次世代に渡すんです。

朝吹 映像でも、ダンサーの女の子が着て踊っていたのは、1940年代のティワナドレスと言っていました。

石内 友達のおばあさんのものと言ってましたね。伝統的な民族衣装を着るのは、時間をまとっているような感覚になります。死んでしまった人の思いをまとって、自分も踊る、みたいなね。

朝吹 何人もの人が袖を通して、そのたびに新しいものとしてあり続けます。こういう装束は、その時々の肉体が袖を通すことで今になるけれど、うつわとして時間の余地みたいなものを持っている。だから何人もの人が着られるし、つながることができる。余白のあるものという気がします。


Frida Love and Pain 2012/2016 ©Ishiuchi Miyako
『Frida Love and Pain』より。「このリボンが可愛いのよ」と、石内が気に入ったパンプス。左右の大きさの違いはもはやフリーダの個性


Frida Love and Pain 2012/2016 ©Ishiuchi Miyako
赤、ピンクと色彩も鮮やかなボウル。大輪の花が華やかに外側を彩る

石内 着物は着るの?

朝吹 時々。着ると、もういなくなった持ち主をより親しく感じたり、その人に会えている気がしたり。自分もそこに連なっているようで面白いんです。

石内 モノって人間同士をつなげる入れものみたいだから。私はいろいろな人から着物をいただきますが、やはり大切なものという意識があってね。それをいただくというのは、時間を次世代につなげていくことだと考えています。

朝吹 昨年、古美術店で品物をひとつずつ見せてもらうお仕事をしたときに驚いたのは、人はモノを持っているのではなく一時預かっているだけで、持ち主が滅んだら次のところにモノが移動していくんです。怖いと思いました。

石内 モノは静かだから、何も言わない。でも妙な存在感があって怖いよね。

朝吹 江戸時代の元禄あたりに作られた、宗入の楽茶碗でお茶をいただいた際、お茶碗の中に落っこちそうな感覚にとらわれました。そんな怖いものが人の手で作られ、人の命よりも長く、上手に動いていくすべを知っていて、とりあえず今は古美術店にいるんです。

石内 それは面白い体験でしたね。モノでいうと、民族衣装にしろ着物にしろ、私は未来へ引き継いでいくという気持ちはあります。最近妙に未来に興味を持ち始めたところで、来年家を建てて引っ越す予定なんです。あなたの『きことわ』は家を売る話よね?

朝吹 読んでくださったんですか?
 
石内 それは会うとなったら知りたいし、読みますよ。今日会って、何を表現したいのかという根底的なものは似ているなと感じてうれしかったです。

朝吹 本当にありがとうございます。


「Frida by Ishiuchi #66」ⓒ Ishiuchi Miyako
修繕した跡が残るシルクのストッキング。フリーダ自身が繕ったかは不明だが、遺品に裁縫道具は充実していたという。簡単なものは自分の身体に合うようにカスタマイズしていたのかもしれない


『フリーダ 愛と痛み』石内 都著(岩波書店/3,800円)
フリーダの遺品の写真から、未発表のものを中心にした写真集。先に発表された『Frida by Ishiuchi』は昼間の、本作品集は夕方から夜のフリーダのイメージ。


『写真関係』石内 都著(筑摩書房/2,800円)
写真家はどのように写真と向き合ってきたのか。その道筋を、読者とともにたどるような3冊目のエッセイ集。『ひろしま』や初期作品の写真も多数所収。

石内 都:写真家。1947年群馬県桐生市生まれ、横須賀市育ち。1979年第4回木村伊兵衛賞受賞。2008年写真集『ひろしま』(集英社)、2013年写真集『Frida by Ishiuchi』(RM、メキシコ)を発表。2014年ハッセルブラッド国際写真賞受賞。

朝吹真理子:作家。1984年東京都生まれ。2009年『流跡』(新潮文庫)でデビュー。2010年に同作で第20回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年『きことわ』(新潮文庫)で第144回芥川賞を受賞。現在『新潮』で「TIMELESS」を連載中。

SPUR2016年9月号掲載
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