自分の体が嫌いな少女たち【ブレイディみかこのSISTER "FOOT" EMPATHY】

"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる!真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談

※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。

ブレイディみかこのSISTER

去年の夏まで、中学生対象の無料補習教室でボランティアをしていた。英国の公立中学校は、入学時に読み書きや簡単な計算ができない子どもたちを対象に補習を行なっているが、コロナ禍のロックダウンで休校になった年は、当然ながらその補習もろくに行われなかった。それで、地域のコミュニティセンター(公民館のようなものだ)で、一年生のときにロックダウンを経験した中学生を対象に補習が行われることになり、その算数教室でボランティアをやっていたのだ。

そこにはさまざまな事情で学業が遅れてしまった子どもたちがいた。一人、いつも母親につき添われてやってくる少女がいた。講師に聞いた話によれば、小学生のときに自分のボディイメージを気にしてメンタルヘルスの問題を抱えるようになり、学校に通えなくなったのだという。摂食障害で入院したこともあり、自分で自分の体を傷つけたりしてカウンセリングを受けてきたらしい。

こういう問題は思春期のティーンが体験するものと思っていたが、小学生まで低年齢化しているのかと驚いた。

英国の新聞のサイトで、12歳以上の若者を対象にした調査の、4人に3人が自分の体を嫌っていて、自分の外見を恥ずかしがっているという結果が紹介されていた。これはなかなか衝撃的だ。同年代の頃の自分を思い返せば、確かにルックスに対するコンプレックスは持っていたが、自分の体を嫌うほど思いつめていた覚えはない。

若年層のメンタルヘルスをサポートする慈善団体、stem4が12歳から21歳までを対象に行なった調査によれば、その約半数が、しばしばオンラインで自分の外見についていじめられたり、挑発的メッセージを投稿されたりしていて、そのために引きこもったり、過剰なエクササイズを始めたり、人づき合いをまったくしなくなったり、自傷行為をしたりするようになった、と答えたそうだ。

高度情報社会では、いろんな情報が手に入るが、自分に関する情報も容赦なく入ってくる。昔の子どもはスマホを持っていなかったから、自分に対する中傷や陰口をダイレクトに浴びるのはまれだったが、いまの子どもはSNSでのべつ幕なしそれらを目にしている。「最近、あの子、太ったよね」と学校の廊下で誰かがしゃべっているのを時々耳にするのと、毎日のように「ムーンフェイス」とか「スモウレスラーになれそう」とか書き込まれているのを見るのでは、自分の外見の気になり方はまるで違うだろう。

12歳から21歳までを対象とした前述の調査で、自分の外見に関するネガティブなコメントを受けたときの反応として一番多かったのは、「傷ついた気持ちを内緒にしておく」だった。二番目は「引きこもって一人で時間を過ごす」。少数ながら「アルコールやドラッグを乱用する」「ソーシャル・メディアのアプリを利用するのをやめる」というのもあった。

この調査でわかったのは、12歳以上の子どもや若者たちの97%がソーシャル・メディアを利用しているということだ。約70%がソーシャル・メディアのせいでストレスや不安や憂うつを感じると答えているにもかかわらず、である。さらに、3分の2の子どもたちが、自分がソーシャル・メディアを使っている時間の長さを心配している(平均すると1日に3・65時間)。

それでも、調査参加者の95%が、オンラインの習慣をやめることは自分では不可能だと考えている。やめることができなければ、傷つくことに慣れるしかない。若者のメンタルヘルスの問題の増加が近年大きな話題になっているが、それがソーシャル・メディアの普及と無関係なはずがない。

さらに、問題は自分へのコメントだけではない。スマホに絶え間なく映し出される美しい顔や肉体のイメージだ。それらが加工修正されていて、現実にはあり得ないプロポーションになっていても、こんなふうになりたい、こうならなければいけないと思い込む若者たちがいる。それこそ美しいモデルの写真をたくさん掲載している雑誌でこんなことを書くのもナンだが、昔はこういう雑誌を見て「ああ、素敵」とため息をつき、わが身と比べて落ち込むのは月に一回で済んだ。それがいまは、スマホでエンドレスに出てくる。「若い私たちはオンラインで見るグッド・ルッキングな人たちと常に自分を比べている。TikTokのようなサイトでは、アルゴリズムのせいで目にするのはゴージャスな人々だけだし、それで本当に自己嫌悪に陥る」という若者の言葉が前述の記事にもあった。

近年はアパレルの宣伝写真などでもさまざまな体型のモデルが起用されていて、こうした状況を「ポリコレの行きすぎ」と批判する人たちもいるが、これはティーンのメンタルヘルスを守る意図もあるのではと思ってしまう。雑誌やポスターでしか広告写真を見る機会がなかった時代と違って、スマホのスクリーンに恒常的に広告画像・動画が表れる現代では、人間が目にしている広告イメージは莫大な数になる。不自然なほど美しい人たちと、地べたのわれわれは違うのに、前者のようなビジュアルしか目にする機会がなければ、その刷り込みの強力さも昔とは比べ物にならない。

シスター「フット」的にはこの問題をどうすればいいのだろう。はっきり言って、わからない。ただ言えるのは、現代人はソーシャル・メディアとともに生きていくということだ。時計の針はもう戻せないし、状況は簡単に変わらないだろう。

ただ、冒頭で紹介した少女がどうなったかについてはここに記しておきたい。彼女は、補習教室が終わる頃には、(完全に体調がよくなったわけではないが)少し体重が増えていた。小学校で習う計算法をマスターし、中学の宿題もできるようになって、家でも夢中で数学の問題集を解いているらしかった。少女は数学が好きな自分に気づいたのだ。どう分析すべきかは謎だが、これを可能にしたものはわかっている。それは、少女を補習教室に行く気にさせた母親と若き担任教員、そしてソーシャルワーカーの連携だった。次の世代をどこかに導こうとするのではなく、背後から支えようとする年上の女性たちの姿勢。それもまたシスターフッドのひとつの形だろう。

たぶんわれわれはまったく無力というわけでもない。

ブレイディみかこプロフィール画像
ライター・コラムニストブレイディみかこ

ライター・コラムニスト。1965年福岡県生まれ、英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。初の少女小説『両手にトカレフ』(ポプラ社)が好評発売中。