インスタグラム時代の建築家ハリー・ヌレエフの自宅アパート公開

真鍮、アーチ、そして色(中でもピンク!)にこだわるロシア人のインダストリアルデザイナー、ハリー・ヌレエフ。彼はソーシャルメディア時代の美的感覚にぴたりとハマる空間を作り出す


自作のビニールとコットンのソファの上に立つヌレエフ。いずれも、NYブルックリンのウィリアムズバーグにある自分のアパートのために作った家具だ。鉄製のコーヒーテーブル「1 on 2」は、新しい家具シリーズからの作品

 @studioyellowtrace @_sightunseen_@somewhereiwouldliketoliveといったインスタグラムのアカウントをフォローしているようなデザインマニアなら、この種の有能な若手のデザイナーたちが手がけるコンテンポラリーデザインの文脈には精通していることだろう。彼らの作品の特徴は、大量の真鍮を使用すること、いたるところにアーチを施すこと、そして全体に70年代と80年代の影響が感じられること。70~80年代といえば、周囲より一段低いリビングや、ホタテ貝のように縁が波打った椅子、『ゴールデンガールズ』(1980年後半にアメリカで放送されたテレビドラマ)に出てきそうなピンク色、といった時代だ。よく引き合いに出されるのは、建築家でインダストリアルデザイナーのエットレ・ソットサスと彼が率いたデザイナー集団「メンフィス・グループ」だが、若手デザイナーたちは、メンフィスの特徴ともいえるデイグロ社特有の蛍光色やマンガ的なデザインなどを再解釈して、もう少し落ち着きのある、すっきりとなめらかなデザインに仕立て上げている。 パステルカラーや曲線によってソフィスティケートされた、これら若手デザイナーたちの美的感覚は「グローバルミニマリズム」とでも言うべきものだろう。その美意識は、第二次世界大戦後の北欧の家具や、80年代のポストモダニズム、余計なものを削ぎ落とした日本的デザインに加え、バウハウスやネオ・プラスティシズム(新造形主義)など、アート界のこれまでのさまざまな要素を取り入れてできあがっている。独特ではあるがまだ無名のこのスタイルは、パリ、ロサンゼルス、ブルックリン、バルセロナといった都市の、住居やスタジオ、ホテル、カフェなどで目にすることができる。90年代、大企業によってローカルなラジオ局が統合され、番組から地方色がそぎ落とされてしまったのと同じように、ソーシャルメディアと#irl(in real life=現実の世界)においてもこうした表現スタイルが蔓延し、その結果、デザインの均一化が起きている。

ヌレエフがモスクワで手がけた建築のひとつ。デザイナー集団「メンフィス・グループ」にインスパイアされた、「Dizengof 99」というイスラエル料理店の外観 PHOTO BY GLEB LEONOV, COURTESY OF CROSBY STUDIOS

 ロシア人の建築家・家具デザイナーである33歳のハリー・ヌレエフは、こうしたスタイルの達人として頭角を現した。ブルックリンを拠点とするバウアーや、ミラノを拠点とするストゥディオ・ぺぺ、ロサンゼルスを拠点とするEtc.eteraといった同世代のデザイナーたち同様、彼は磨きあげられた真鍮に粗削りな素材(割れた陶器やむき出しの天井)を組み合わせる。(彼いわく「人間の身体のような」)自然な曲線を描くアーチをしばしば用い、毛皮の椅子からバスルームの壁まであらゆるものにミレニアル・ピンクを使ってきた(この色が一般に「ミレニアル・ピンク」と呼ばれるようになる以前に、だ)。

 昨年7月、ニューヨーク・デザインウィークで初のコレクションを発表した後、ヌレエフは自分のデザイン会社をモスクワからニューヨークへと移した(彼はいかにもこの世代らしく、最初はウィリアムズバーグのコ・ワーキングスペース「ウィーワーク(WeWork)」を拠点に会社を運営していたが、今はその近くにあるアパートを事務所としている。ちなみに社名の「クロスビー・ストゥディオ」は、2014年に大学院の卒業旅行で訪ねたロウワー・マンハッタンのクロスビー街からとったのだという)。

同じくヌレエフがモスクワで手がけた人材派遣会社「NGRS」の本社にある面接用の部屋 PHOTO BY EVGENY EVGRAFOV, COURTESY OF CROSBY STUDIOS

 あえて簡素なスタイルを指向する彼にとっては、帝政ロシア的な絢爛豪華さを求めがちな祖国は、当然ながら理想的な拠点ではなかったのだろう。とはいえ、モスクワはやはり彼の原点であり、人材派遣会社から個人住宅、モノクロのファサードがメンフィス・グループを彷彿させるレストランまで、かの地で多くのプロジェクトを手がけてきた。そして今、ニューヨークでは、まだ詳細を明かせないプロジェクトがいくつか進行中だ。ファッションブランドのショールームを3件、ロウワー・マンハッタン地区ではトライベッカのレストランとソーホーのカフェをデザインしている。とはいえ最近では建築業界にはびこるエリート主義に辟易し、より入手しやすく使いやすい家具や照明器具のデザインを始めた。彼はそれを「小さな建築」と呼んでいる。(その他の作品もチェックする)

SOURCE:「The Architect of Instagram」By T JAPAN New York Times Style Magazine 

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