【前編】山崎ナオコーラ×バービーSpecial Talk/自分を肯定して生きていく方法とは?

作家の山崎ナオコーラさんが11月に上梓した『肉体のジェンダーを笑うな』(集英社)は、「性別」に対する先入観をユーモラスにひっくり返す、想像力にあふれた小説集。

ちょうど同じ時期に、バービーさんの初のエッセイ集『本音の置き場所』(講談社)が刊行された。女であることで勝手にジャッジされる居心地の悪さや、いじりといじめの違い、自分の身体をありのままに愛することなど、バービーさんの「本音」が真摯に語られ、多くの共感を呼んでいる。

「ジェンダー」を共通項につながった、初対面のふたりのトークは、創作の秘密、お笑いとの向き合い方、女として生きること…etc、さまざまなトピックへと広がり、後半は参加者からのお悩み相談へと発展。自分のままで生きることを力強く肯定するふたりの言葉、必見です。

時代の進歩って素晴らしい

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バービー はじめまして。今日はよろしくお願いします。

 山崎 はじめまして。よろしくお願いします。さっそくですが『本音の置き場所』拝読しました。素晴らしい本でした。

 バービー 私も山崎さんの『肉体のジェンダーを笑うな』を読ませていただいて、入り込み過ぎて現実がわからなくなっちゃいました。SFといったらアレですけど、非現実に飛ぶ小説で。

 山崎 性別で悩んでいる主人公が「時代の進歩で乗り越えられるかも」と思う、未来は明るいよという内容の小説4つを入れました。SFチックと言われればそうですね。

 バービー それぞれのタイトルは『父乳の夢』『笑顔と筋肉ロボット』『キラキラPMS(または、波乗り太郎)』『顔が財布』。書く時、題材はどこから決めるんですか? 書き始める時ってどこから書くんですか? まず、いつ書くんですか?

 山崎 カフェとかで机に向かって書くことが多いです。バービーさんはスマホで書いているんですか?

 バービー そうなんです。人差し指で、ババーッと。

 山崎 本音で友達と会話している感がありますよね。スマホ感がある。

 バービー スマホではあるんですけど、ちょっとだけ書き手だという気持ちを味わいたくて、原稿用紙のアプリを使ってるんです。わざわざ(笑)。

 山崎 私は最近、iPadで全部書くようになってきました。すごく便利ですね。

 バービー キーボードで?

 山崎 iPadとキーボードで。それだとどこでも行けるし、短い時間でも書けるし、キッチンでも書ける。子どもが1歳でちっちゃくて、なかなかがっつりした時間を作れないんです。

 バービー 「ここからこの時間は執筆のために使いますよ」じゃなく、「今だ、この隙に書くぞ!」って感じですか?「よし、寝てるぞ!」みたいな。

 山崎 そうですね。だから時代の進歩って素晴らしいなと思います。スマホやiPadで書けるって。それこそ生理用品や下着も進歩するから、時代が進めば、これまで性別で感じてきた生きづらさはどんどん解消されるんじゃないかな。私は未来にすごく期待していて、今の時点でもすごくいい時代が来ているなあって思うんですよね。

 バービー ジェンダーを越えて生きているこの小説のなかの人たちのようになるために、技術や医療に期待しているということですか?

 山崎 一番はたぶんSNSの力ですね。今、皆が小さな違和感を表明するようになって、それで繋がったり。ものすごい勢いで意見を言いやすい空間が作られていて、私にとっては生きやすい時代が来たなという気がしています。

「ブス」も歴史をたどっている

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バービー ジェンダーまわりで、今までどのへんが言いづらかったですか?    

 山崎 一番言いづらかったのは「ブス」の話かな。

 バービー それは自分の気持ち、外部からの評価ということですか?

 山崎 私、作家デビューしたのが156年前なんですけど、その時にネットの中傷がすごかったんです。ネットで「山崎ナオコーラ」と打つと、第二検索ワードが「ブス」と出るみたいな。まだまだリテラシーがなかった時代なんで、激しいワードがずらっと出てきて、1ページ目は全部それという。

 バービー ええっ、直球ですね。

 山崎 結構悩んだんですけど、家族や友達、編集者さんたちに相談すると「ブスなんて言っちゃダメだよ」と言われる。つまり相談もできないんですよ。話題に出しちゃいけない、スルーしなきゃいけないみたいな感じで。

 バービー そんな事があったんですね。

 山崎 でも、その後にお笑い芸人さんたちが「ブス」という言葉をカジュアルに使う時代がきて、そのワードがわりと言いやすくなってきた。すると「いじりなんだろうけど、その扱い方はどうなんだろう?」という声が出てきて、ブスのキャラクターも多様になった。私みたいに真面目なブスも、ちょっと生きやすくなったわけです。そのうちにSNSが普及して、「バラエティ番組でのブスの扱われ方に違和感がある」「これは差別だ」と普通の人たちが表明するようになってきて。

 バービー そう考えるとブスも歴史をたどっていますね。ちゃんとブスを表明できるようになり、今は「私にブスと言うな」という時代に入っている。『顔が財布』では、まさにそこを書いていますよね。主人公の女性が「陰毛みたいな顔のブス」とSNSで中傷され、顔写真をさらされる。ここ、言葉のチョイスが面白くて笑っちゃいました。陰毛って。(笑)

 山崎 それ、本当に私が言われたんです。ほぼ私の経験で。

 バービー そうなんですか?! ワードチョイスがすごい(笑)。――これって今、笑っていいんですか? って、聞きながらめっちゃ笑ってますけども。小説を読んだ時も笑いました。ネットの人たちって、よくワードセンス良くいじってくるじゃないですか。この間も私の顔について「固定資産税がかかるらしい」と書かれたツイートがあって。「面白いからヨシ!」と思っちゃいました。

 山崎 私はその陰毛の件は許しがたくて、真面目に「これは削除してください」と当人にお願いして削除してもらいました。

 バービー すごい! そこまでちゃんとお話ししたんですね。

 山崎 わりと普通の人でしたね。

大喜利的な脳みそが壊滅的に破壊されるPMS

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バービー 生理やPMS(月経前症候群)など、体調や精神面での波を乗りこなしながら小説を書き続けるってすごいことだと思います。

 山崎 そうですね。でも小説だけじゃなく、皆さん仕事って「頑張らなきゃいけない」というイメージを持っていますよね?「社会人は泣いちゃいけない」「生理の日にイライラするところを見せちゃいけない」といったように。

 バービー 確かに。

 山崎 私はそういう波を肯定したいと思って。それこそ「そのとき生理だったから、PMSだったからこそ憂鬱な作品が書けた」といった感じで、その時の気持ちが出てしまってもいいんじゃないかと思うんです。バービーさんのように、テレビに出ている方はどうされているんですか?

 バービー まさしく波があっちゃいけない仕事です。特に芸人の美徳として「親が死んでも笑わせろ」みたいなものがあるじゃないですか。だから絶対に一定でいなきゃいけないと思っているけど、全然一定にはなれなくて。だから今、その言葉を聞いて「ああ、良かった!」と思いました。

 山崎 わかります。

 バービー 私、めちゃめちゃ気分屋なんですよ。Twitterのプロフィールにも「コンプレックスは気分屋なところ」と書いているくらい(笑)。でも、気分屋じゃないと爆発力は持てなかったな、と思うこともあります。とても身近な人には迷惑をかけているという自覚はありますけどね。

 山崎 人に迷惑をかけるとか気を使わせるとか、ちょっとくらいならいいような気もします。気を使わせない、困らせないのが仕事だって言い過ぎな気がするんですよね、社会全体で。そのへん、もう少し皆で請け負いあえるといいなと思います。

 バービー 気分が落ち込んでいる時の舞台は、私はそのままドすべりです(笑)。本当に何度もすべります。年々わかってきたことですけど、PMSの時の頭ってクリアじゃないんですよ。もともと大喜利できないのに、大喜利的な脳みそが壊滅的に破壊されるんです。

 山崎 大きな仕事の場合、PMSじゃない時に入ったら良かったのにと思いますか?

 バービー いえ、それはまったく思いません。特にテレビは個人プレーじゃないので、うまいことつなげてくれる人がいるんですね。あとはもう、準備はするけど出たとこ勝負でやるしかないっていう。

 山崎 それはすごくいい話ですね。

6割できたら褒めろ!

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バービー 原稿はどうですか? 

 山崎 若い頃は頭がクリアになるから、生理が終わりつつある時が一番書けると思っていました。PMSの時は休むくらいの方がいいんじゃないかって。調整してフラットな気持ちで仕事に臨まないといけないと思っていたので、ピルを飲んでいた時期もありましたし。気分が乗っている時は徹夜して、とか。

 バービー はいはい。

 山崎 でも、その考えがだんだん変わってきて。先ほど言ったように、「ダメな波の時もその波に乗って、ダメだと思いながら書けばいいんだ」って。なぜなら原稿は個人作業ではあるけれども、実は個人の気持ちだけじゃなく、家族や周囲の人間関係、その時に読んだものなど、いろいろなものが絡んでいると思うんです。多分これまでの文学作品全部。そうなるともう、自分でコントロールできるものではないですよね。

 バービー なるほど、本当にそうですね。

 山崎 だからPMSの時も、淡々とコツコツ仕事をやるのがいいのかなと思うようになりました。あと、若い頃は自分が思う10割をやらなきゃいけないと考えていたけど、今はもう「6割できたら褒めろ!」みたいな。(笑)

 バービー 6割くらいの方が波に乗れて動ける。ガチガチの10割よりも。

 山崎 このあと更年期になったら、まだまだいろいろな波があるんじゃないかと怖い気もしますが、それによってまた違う面白い仕事ができるかもしれない。そう思いながら波が来るのを楽しもうと思っています。

 

「ジェンダー」という言葉

バービー 山崎さんは、ジェンダーについて考えた結果、『肉体のジェンダーを笑うな』というタイトルにしたんですか?

 山崎 私、デビュー作が『人のセックスを笑うな』というタイトルだったんですけど、当時、私はものすごく地味な会社員だったんです。小説を書いて投稿したものの、それまで「セックス」という言葉を口にしたことがなくて。賞を取ってデビューしても、インタビューの際に作品名が言えないんですよ(笑)。だから「あの作品が」とか「デビュー作が」みたいな言い方しかしていない。

 バービー そんな事情が。(笑)

 山崎 普段会う人にも「性的なことを言ってもいい人」みたいに思われて、それがすごいショックで……。しかも「ナオコーラ」なんていう変な名前でデビューしたもんだから、ネットでも叩かれるし。

 バービー ええー!?

 山崎 その後、私が興味があるのは、そこよりも「ジェンダー」という言い方だなと思うようになって、ある取材でジェンダーという言葉を使ったら、今度はネットで「私はジェンダーに詳しい」みたいなタイトルでワーッと書かれたりしたから、「ジェンダーっていうのも言っちゃいけないんだ」と思って。2つのワードが、自分にとってどう扱ったらいいのかわからない、しこりのようなものとしてずっと残っていたんですね。扱いづらいし、口にすると炎上しやすい。でもいつか挑んでみたい、という思いがずっとあったんです。

身体の性別も、実は社会に作られていた

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山崎 基本的に、「ジェンダー」は社会的な性別、「セックス」は肉体的な性別という意味で使われますよね。生理がどうだとか筋力がないとか、本来肉体的な機能は変えようがないのだけれど、たとえば生理用品が発達したことでできることが増えてきたり、進化している。大昔だったら血が出ている間は動けなかったけど、今はスポーツをすることもできるじゃないですか。

 バービー ええ。

山崎 それこそロボットができれば筋力も得られる。となると、これまでは肉体に差があると思われていたことも変わっていくわけで、そこにもジェンダーがある気がしたんですよね。体の性別も、実は社会に作られていたんじゃないかな、とか。

バービー 今年はフェムテック※元年だ、なんて声もよく聞きましたしね。

山崎 フェムテックって何ですか?

バービー フィメールとテクノロジーを掛け合わせた言葉だそうですよ。生理用品のような女性まわりの技術が進歩して、肉体的な性差が狭まるという、希望に満ちた情報がたくさんありました。もちろん私もそれを望んではいるんですけど、相対的であっても分けることってダメなのかなあとちょっと思っていて……。

山崎 それはなぜですか?

 バービー 男であること、女であることの重要度が、私のなかですごく低いんです。それぞれが個として認められれば、女であろうが男であろうがいいんじゃないかなと。それが私のエッセイの帯にある、「『おっぱいがくっついている私』を、“人”として認めてほしいだけなんだ。」という言葉になるのかもしれないんですけど。

山崎 なるほど。

※フェムテック=女性が抱える健康問題を解決する、サービスや商品・製品の技術(テクノロジー)を指す言葉

 

父親もおっぱいを出したい?

バービー 山崎さんの『父乳の夢』は、男性も我が子におっぱいをあげられるようになるお話。私、子どもを産んでないから、育児について、この小説で初めて知ることがたくさんありました。これは「男性からもおっぱいが出たらいいな」という期待から書かれたんですか?

山崎 これは私が赤ちゃんを産んで2か月くらいたった時に書いた作品ですが、子どもの父親が母乳を出したがっているように見えたんですよ。いつも喜々としてミルクを作っていて、私が「ミルクはこういうふうに作るんだよ」とか「おむつはこういうふうに替えるんだよ」と教えると、ちょっと傷ついた顔をする(笑)。ああプライドがあるんだな、おっぱいを出したいんだなと思って。

バービー そういうことがあったんですね。

 山崎 よく「男性の意識が低いから育児参加できないんだ」みたいな話を聞きますが、男性の側にも意欲がある人はたくさんいる。単に仕事の時間との兼ね合いでできないとか、自分のほうが肉体的に劣っているんじゃないかとか、そういう理由で一歩を踏み出せない人もいるんじゃないかなって。だから「肉体にコンプレックスを持たずにやっていいんだよ」とか「仕事大変だろうけど、時間があれば本当はできるんだよね」というところを書いたほうがいいのかなあと思ったんです。

 



お話しいただいたのは……
山崎ナオコーラ 
作家。親。性別非公表。『人のセックスを笑うな』で純文学作家デビュー。今は、1歳と4歳の子どもと暮らしながら東京の田舎で文学活動を行なっている。著書に、育児エッセイ『母ではなくて、親になる』、容姿差別エッセイ『ブスの自信の持ち方』、契約社員小説『「ジューシー」ってなんですか?』、普通の人の小説『反人生』、主夫の時給をテーマにした新感覚経済小説『リボンの男』など。最新刊は『肉体のジェンダーを笑うな』


バービー(フォーリンラブ)
1984年北海道生まれ。2007年、お笑いコンビ「フォーリンラブ」を結成。男女の恋愛模様をネタにした「イエス、フォーリンラブ!」の決め台詞で人気を得る。現在ではTBSラジオ「週末ノオト」パーソナリティを勤め、TBSひるおびコメンテーターや地元北海道の町おこし等にも尽力。FRaU webにて執筆しているエッセイが書籍化。『本音の置き場所』講談社より114日より絶賛発売中。また、バービーのプロデュースで話題を生んだピーチ・ジョンコラボ下着が好評につき第2弾決定!20212月発売予定。さらに、昨年末開設したYouTube「バービーちゃんねる」では285万視聴回数を超える動画もあり好評配信中。

*2020年12月15日に六本木 蔦屋書店で行われたイベント「性別を与えられた私の肉体の本音」にて収録planning:Ayako Kimura((TSUTAYA BOOKSTORE)text:Keiko Ueda  photography:Satoko Tsuyuki

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