三浦しをんさんが最新作『夜の恩寵』で見つめた人間の心

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夢とうつつを行き交うような日常の不思議を描く連作小説集

三浦しをん

明るい話か暗い話か。担当編集者のオーダーに応えるのが職業作家だと語る三浦しをんさん。圧倒的人気の"白しをん"ではなく、久しぶりの"黒しをん"でお届けする『夜の恩寵』は、霊能的な力を持つカリスマについての連作小説集だ。

「人が何かを信じる、信仰するとはどういう心の動きなんだろう、と昔から興味があったんです。そこから想像を広げていくと、日常の中でそういう謎の力を持つ小さなカリスマが見えてきました。普段の暮らしでわずかな輝きを放ち、周囲に少し影響を与える人。でもその輝きはいいものだけではない、という物語です」

収録された5つの小説には同じ人物が登場し、ゆるやかにつながっている。「神馬に乗る女」は、主人公の輝久が福井の実家に戻ると、若い義母がヌチガミさまに取り憑かれ、突然お告げを述べたり高齢者の脚を治したりするようになっていた、という短編。

「映画監督の友達から、知人が突然神がかって人の膝関節痛を治し始めたと聞きました。霊能的な話はたまに耳にしますが、そんな身近なところで起こるなんてと興味が湧いて、モチーフにしました」

小説をつなぐもう一つのテーマは夢。「胡蝶」は、高熱でうなされて以来予知夢を見始めた未千が、夢で息子の千夜太を妊娠出産する話。未千の夢の中で順調に成長する千夜太だが、彼も不穏な夢を見るようになるという、現実と夢を行き来する謎めいた展開だ。

「私自身がロングスリーパーで、夢をたくさん見るんです。未千と同様に夢で妊娠し、これから仕事の調整をしないといけないし、忙しくなるぞ、と思って目が覚めたことがあります。夢の内容をコントロールできた時期もありましたが、それだと奇想天外さが薄れてつまらないんですよね。夢は不思議なもの。お告げとか脚を治すのも、夢からヒントを得ているのかもしれないと気づきました」

「夢の子ども」では「神馬に乗る女」の登場人物たちのその後が描かれる。教団で神とされるようになった義母への変わらぬ思慕が、輝久の夢とうつつの間で立ち現れる。理屈では説明できない力を信じ、貢ぎ崇める人々の生々しい欲望と、「こうなるといいな」と願望を映し出す夢、その間でたゆたう人間の弱さが愛おしい。

「眠りから覚めかけるときのあのふわふわとした気持ちよさ。どっちが夢でどっちが現実か、その境目はとても曖昧。もしかして生と死の間もこんな感じかもしれない。その曖昧なままを永遠のものにできたらいいのにと願うのも、人類の夢のような気がするんです」

三浦さん自身は、予知夢やお告げといったものはまったく信じないタイプだという。

「この小説集の中にも、予知夢なんてものはいかようにでも解釈できるんだから、惑わされてどうする、という人物も出てきます。私もそう思うけれど、それを信じている人を頭から否定したくない。抗いつつも何かを信じてしまう、信じざるを得ない人の心。反対に、これはおかしいと遠ざけられる人の心。そこを見つめたかった。本のタイトルに"恩寵"とつけたのも、本当に神が与えてくれたものなのか、いろいろ思い巡らせてほしいと考えたからです」

次作も楽しみな三浦さん。どんな作品を準備中なのだろうか。

「取材でいろいろな人のお話を伺うんですが、とても楽しい。そのお話を、これまでとは違う形で活かせる小説を書いてみたいと思っています。取材した内容と少し幻想的な要素を、うまく合わせられたら面白くなりそうと、案を練っているところです」

三浦しをんプロフィール画像
小説家三浦しをん

1976年、東京都生まれ。2000年に『格闘する者に』でデビュー。’06年『まほろ駅前多田便利軒』で第135回直木賞、’12年『舟を編む』で第9回本屋大賞受賞。小説に『光』(集英社文庫)、『墨のゆらめき』(新潮社)、『エレジーは流れない』(双葉文庫)、『愛なき世界(上下巻)』(中公文庫)など、エッセイ集に『しんがりで寝ています』(集英社)など著書多数。

INFORMATION

『夜の恩寵』

『夜の恩寵』

21歳で夢見(予知夢)をするようになった未千が夢の中で出産する「胡蝶」、現実の世界に連れて来たその子の次に、弟に夢見の力が現れる「夢見る家族」など不思議な力や夢と現実の間を描く5つの物語。

三浦しをん著 集英社/2,145円