日本の翼は今

誰もいないロビー、がらんとした搭乗口。閑散とする空港のリポートをTVで観て、衝撃を受けた人も多いだろう。昨春のパンデミック以来、激変した空港は今、どうなっているのか?成田空港で働くANA社員の女性3名に、今の状況と、率直な思いを聞いた。

 

空港から人が消えた!悪夢のような光景に目を疑った日

「人の気配のないガラガラの空港を最初に見たときは、『これは夢なのではないか』と、かなりショックを受けました。空港内の通路を歩いているのは私ひとりきりではないかと思ってしまうほどで、搭乗口エリアにもお客さまがひとりもおらず、ショップもクローズ。活気にあふれた以前の光景とあまりにも違うので寂しくなりましたし、このままで大丈夫なのかと不安にもなりました」
 昨春の成田空港の様子を振り返ってそう話すのは、ANA地上係員の千葉ゆかりさん。航空業界は、今回のパンデミックでその存在意義を根本から揺さぶられた産業のひとつだ。世界中で飛行機が運航をやめ、各地の空港はみな閑散とした。2020年5月に成田空港を発着した飛行機の便数は、前年同月比の34%。成田空港を利用した旅客数に至っては、わずか2%にまで落ち込んだ。もちろん、ANAの旅客便も大幅に減便。5月の国際線は約9割、国内線は約8.5割が運航をとりやめた。このときの衝撃を、キャビンアテンダント(CA)の井本悠里恵さんはこう話す。
「私は、前年はワシントンやホノルル便を担当していました。月に2、3本の長距離フライトをこなし、その合間に近距離の国際線や国内線に乗務。月によってフライト時間は90時間に迫ることも。それがパンデミック以降、フライトの機会が激減して月によっては3分の1以下に。4月のスケジュールは、今までの勤務日とオフの日の割合が逆転しているような状態で、とても信じられない気持ちでした。最初の数カ月は、コロナ禍がいつまで続くのか、今後どうなるのかもわからず、現実に心が追いつかないままに月日が過ぎていったような状態でしたね」
 発着する飛行機は減ったものの、仕事がラクになったわけではない。業務の内容も大きな変化を迫られることになった。整備士として働く楢田仁美さんは、普段はライン整備を担当。空港に到着した飛行機がまた出発するまでの間に点検・整備作業を行うのが仕事だ。しかし飛行機の発着が大幅に減少した結果、ライン整備をする機会も格段に減ることに。今は、長期間飛行しない機体に対しての保存整備が主要業務になった。これまで経験したことのなかった業務だということもあり、最初は戸惑いもあったという。
「ライン整備は、限られた時間の中で集中して作業を行います。それにすごくやりがいを感じていたので、その業務がかなり減ってしまって、不安とともに寂しさも感じました。空港には、『ANAの飛行機ってこんなにあったんだ』と思うほどたくさんの飛行機が、飛び立つこともできずに並んでいる。見ていてとてもせつなかったです。長期間飛ばない飛行機内の保守作業として、コーヒーメーカーなどの飲料サーバーにバクテリアや細菌が発生しないように清掃・消毒する、フラッシングという作業があります。たくさんの飛行機が停まっている中で、一日中延々とこの作業を繰り返していたときは、『これからずっとこんなことが続くのか』と不安な気持ちになりました。もちろんこれも整備の一環ではあるのですが、やはり飛行機は地上に置いておくのではなく、空を飛んでこそ。整備をしていてそう実感します」
 搭乗手続きを担当する地上係員の千葉さんは、国内外の情勢に合わせて目まぐるしく変化する入国条件などの規制に、必死に対応し続けた。日本や諸外国の最新情報を、すべてのスタッフが正確に把握していなければならない。そのプレッシャーを昨春からずっと、今も背負い続けている。手続きは以前に比べずっと煩雑になり、ときには搭乗を断らなければならない場合もある。
「ご家族に会うために、成田まで何便も乗り継いできて、これから最後の便に搭乗するというお客さまがいらっしゃったのですが、渡航書類が足りなくてお断りしなければいけないということがありました。現地に問い合わせもして、時間ギリギリまで私たちも努力したのですが、やっぱりダメで。落胆して帰っていくお客さまの後ろ姿を見送るのは、すごくつらかったです」と千葉さん。

 

改めて実感する、飛行機が空を飛ぶ喜び

しかし、危機的状況の中だからこそ、改めて仕事の使命や喜びを感じる瞬間もあった。CAの井本さんは、今はフライトのたびに、同乗したクルーと「フライトって、やっぱり楽しいね」と喜びを分かち合っているそうだ。
「感染予防対策を徹底したうえでのお客さま対応は、予防に対する考え方やニーズがお一人おひとり異なることもあって、非常に難しい。今も毎回、悩みながら業務に当たっています。そんな中でお客さまから応援や感謝の言葉をいただくと、ものすごく励みになるし、絶対に頑張ろうと思えます。お客さまに接すること、フライトができること。今まで当たり前すぎて気に留めていなかった日常が、本当にうれしい。周囲からは心配されることも多いですが、社内では一致団結して、絶対に乗り越えていこうという意識が強いです。今、CAはみんなやる気満々でいます!」
 整備士の楢田さんも、コロナ禍で自分の仕事の意義と向かい合った。昨年初頭に一等航空運航整備士の資格を取得したこともあり、自分が整備をした飛行機が飛んでいく姿を見ることに、改めて喜びを感じるようになったと話す。
「仕事の内容が変わっても、整備士としてやるべきことは変わらないのだと気づきました。飛行機がそこにある限り、整備は絶対に必要です。自分がそのときにやるべきことをしっかりとやるのみだなと思うようになりましたね。空の旅の魅力は、飛行機に乗らないと見ることのできない景色が見られるということ。今は難しいけれど、空からしか見ることのできないきれいな景色を、これからも多くの人に見ていただきたいです」
 誰もが気がねなく空の旅を楽しめる日。今、成田では、準備万端整った飛行機とやる気にあふれたスタッフたちが、その日が来るのを待っている。飛行機に乗って旅立てる日がやってきたときには、未曽有の危機を乗り越えた彼女たちの努力にも、ぜひ思いを馳せたい。

日本の翼は今の画像_1

1・2 ANA成田エアポートサービス旅客サービス部の千葉ゆかりさん。地上係員(グランドスタッフ)として空の旅をサポート。
3・4 ANAラインメンテナンステクニクス成田整備部の楢田仁美さん。「航空整備士は圧倒的に男性が多い。みなさんやさしいですよ」
5 ・6 ANA客室センターで客室乗務員として働く井本悠里恵さん。「マスクをつけるので、所作や目もとでの笑顔をより意識しています」

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