ジャック・ル・コーの「リスボン」 ― 記念になる服 ―

 30歳になったとき、一生の記念になるものを何か手に入れようと決めた。“何か”とは何か? 欲しいものはたくさんあったけれど、結局そのときわたしが手に入れたかったもの、かつ手に入れられたものは、夫でも、アクセサリーでも、子どもでも、歳相応のキャリアでもなく、カバンだった。

 なんでも入って、満員電車にも耐えられて、どんな服装にも合って、誰と会っても、どこに行っても、胸をはって出かけられるようなカバンが欲しかった。しかしなかなか納得できるものに出合うことはできなかった。銀座に行っても、新宿に行っても、渋谷に行っても、ネットを徘徊しても、アウトレットに行っても見つからなかった。そうこうしているうちに1年が経ち、31歳になってしまった。

 わたしが住む街には本屋がない。正確には、その1年の間に本屋がなくなった。隣町の立派な百貨店まで行かないと、本さえ手に入らなくなった。いつもの日曜日、自宅から歩いていけるその百貨店まで、化粧もせずに適当なジーンズでフラフラと出掛けた。本屋へ向かうエスカレーターから、ショーウィンドウに並ぶマネキンが見える。“今日は洋服は買わないけれど、ちょっと覗いてみよう”という気持ちの小汚いわたしを見透かすように、店員さんは「いらっしゃいませ」とすら言ってくれない。悲しいなあ、侘しいなあ、と店から店を彷徨っていると、あったーーーーー! 探し求めていた理想のカバン。持ち手の長さもポケットの位置も数も完璧。ファスナーも頑丈。床に置いても自立する。そのカバンにはポルトガルの首都の名前がついていて、これさえ手に入れれば世界中どこにだってひとりでも行けるような気がした。

 うっとりながめる小汚いわたしに、店員さんはやさしく「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。予算オーバーの、家賃以上の値段だったけれど、その場で「お金をおろしてきます!」と言って、見つけてから5分後には手に入れてしまった。店員さんは丁寧にメンテナンスの仕方を教えてくれた。あれから3年が経とうとしている。わたしは今でも毎日そのカバンを持って、リングに上がる気持ちで電車に乗っている。

(東京都 33歳 K.O.)

※この企画は毎週日曜日20時に公開していきます。次回は4月16日(日)20時公開予定です

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