シンメトリーの言語芸術とファッションの出合いがもたらすのは、どこまでも自由な解釈と、無限に広がるイマジネーション。唯一無二の創作を続ける美術家が紡ぐ神秘的な作品に身をゆだね、未知の世界へ

福田尚代と回文ワンダーランド 「世界は言葉でできている」

シンメトリーの言語芸術とファッションの出合いがもたらすのは、どこまでも自由な解釈と、無限に広がるイマジネーション。唯一無二の創作を続ける美術家が紡ぐ神秘的な作品に身をゆだね、未知の世界へ

INDEX

ブシュロン

福田尚代の回文

「セルパンボエム」イヤリング〈ホワイトゴールド、ダイヤモンド〉¥3,762,000〈予定価格・5月5日発売予定〉/ブシュロン クライアントサービス(ブシュロン) ブラウス¥108,900/トーテム クライアントサービス(トーテム)

出典: 福田尚代『ひかり埃のきみ 美術と回文』(平凡社)

心から消えない恋に涙するのは今日で終わり。ティアドロップ形の美しいきらめきに悲しみを閉じ込めて、前を向く。パヴェダイヤモンドの周りをゴールドビーズの装飾が取り囲む繊細なデザインが、揺れる乙女の横顔を彩る。

ディオール

福田尚代の回文

シャツ¥320,000(参考価格)・スカート¥430,000・リボンタイ¥135,000・帽子¥1,400,000/クリスチャン ディオール(ディオール)

出典: 福田尚代『ひかり埃のきみ 美術と回文』(平凡社)

明日もこの青い空が守られますようにと、高く舞うカイトに想いを託す。純真な心を思い出させるのは、素朴な愛らしさが光る“Check’n’Dior”モチーフのセットアップ。ジョナサン・アンダーソンの故郷を彷彿とさせるタータンチェックに現代的な解釈を加えた柄だ。スティーブン・ジョーンズが手がけた彫刻的なハットをかぶり、平和の騎士はゆく。

ロエベ

福田尚代の回文

コート¥1,366,200/ロエベ ジャパン クライアントサービス(ロエベ)

出典: 福田尚代(本特集のための書き下ろし)

作家がSPURに書き下ろした回文が導くのは、淡い幻想が立ち上る水辺の光景。ひまわり色のステンカラーコートと追いかけるのは、まばゆい日差し。ナッパレザーにレーザーカットを施せば、まるで作中の水鳥の羽のような質感に。

バレンシアガ

福田尚代の回文

トップス¥396,000・スカート¥1,243,000・グローブ(参考色)¥161,700・靴(参考色)¥177,100(すべて予定価格)/バレンシアガ クライアントサービス(バレンシアガ)

出典: 福田尚代『ひかり埃のきみ 美術と回文』(平凡社)

悪いことも次第に“嘘”になる。幸せの鳥が教えてくれるのは、時には立ち止まることの大切さ。再び羽ばたく日を待つのにふさわしい、シルクとウールの混紡にフェザーのようなディテールをあしらったスカート。レザーのクロップドトップスにグローブというフレッシュなバランスで。

プラダ

福田尚代の回文

コート¥869,000・トップス¥125,400・ショーツ¥105,600・グローブ¥203,500・靴¥192,500(すべて予定価格)/プラダ クライアントサービス(プラダ) 傘/スタイリスト私物

出典: 福田尚代『ひかり埃のきみ 美術と回文』(平凡社)

予想外の方向に流れていく傘と、遠のく恋の記憶。意表をつくデザインのハイブリッドコートが抗えない出来事とリンクする。表には着古した風合いのピケ素材と、裏にはギャバジンを張り、まったく異なる素材を組み合わせたユニークな仕立てに。体を締めつけない軽やかなトップスとショーツが、モダンな女性像を形成する。

ルイ・ヴィトン

福田尚代の回文

シャツ¥359,700・スカート¥874,500・マフラー¥632,500・ソックス¥77,000(参考価格)・靴¥247,500(参考価格)/ルイ・ヴィトン クライアントサービス(ルイ・ヴィトン)

出典: 福田尚代(本特集のための書き下ろし)

際限のない回文の可能性に圧倒される、書き下ろしの長編作。作品を受け取った瞬間に目に浮かんだのは、ルイ・ヴィトンのルックと花々が乱れ咲く情景。そのイメージを現実にした。コットンポプリンのすがすがしいセットアップは、“ボタンと襟”と“裾をからげ”たようなバルーンスカートを合わせて。立体的なフォルムを引き立てるのは、帯のように巻きつけたストライプのマフラー。

ジル サンダー

福田尚代の回文

ドレス¥682,000・靴¥217,800/ジルサンダージャパン(ジル サンダー)

出典: 福田尚代『ひかり埃のきみ 美術と回文』(平凡社)

この世に優しく存在する青とは。夜明けの街を通り抜ける風? それとも揺らめく静かな湖の水面? 服で考えるなら、それはきっと体にやわらかく沿うブルーのニットドレスのこと。トランスペアレントな生地をレイヤードし、軽やかでありながらも奥行きのある表情を演出している。静謐だけど優しい。そんな温度感を持つ青に身をゆだねる。

インタビュー / 福田尚代 “言葉は雲のように”

言葉と戯れ、その概念を広げるアーティストに、クリエーションの起点や動機を聞く

制約があるから見えてくる新しい景色を求めて

――回文をはじめ、文字や言葉にまつわる作品を生み出し続けている福田さん。その関心の原点を教えてください。

「小さい頃から本を読むことが好きでした。文字を読むと、そこにはない景色が目の前に現れる。まるで魔法のようで、自分だけの秘密を持っているような感覚があったんです。中でも一番衝撃を受けたのが、小学3年生のときに出合ったジュール・ヴェルヌの名作『海底二万海里』。魚の名前がずらっと並んでいるページがあって魅了されたのを覚えています。今思えば、このときから“世界は言葉でできている”と考えるようになったのかもしれません。私の創作の根本を築いた原体験ともいえます」

――そんな読書好きの福田さんと回文との出合いはいつ頃ですか。

「皆さんと同じく子どもの頃です。“さかさ”のような言葉遊びに出合うたびに人一倍驚き、そこには言葉の謎が潜んでいるのではないかと感じていました。その後20代になり、いくつかの偶然が重なって、自分でも回文を書くようになりました」

――回文のどういった点に強く惹かれたのでしょうか。

「回文には、始まりから読んでも終わりから読んでも同じにならなければいけないという制約があります。ですから、書きたいことをそのまま書けるわけではありません。でも、それがよかった。もともと私は自己表現には興味がなく、文章でも美術でも、自分を前面に出したいとは思わない。むしろ若い頃から、自分から離れたいという気持ちがありました。そうした中で、制約に身を置くことで私などには思いもよらない景色に出合える回文こそ最も適した表現方法だったんです」

――今回SPURでは、福田さんの回文作品から着想を得て、ファッションストーリーを撮影しました。

「自分の回文をもとにビジュアルが作られるという試みは初めてで、とてもうれしく思っています。過去作をピックアップしていただいたほか、この企画のためにふたつの書き下ろし作品を用意しました。編集部からは、 ファッションアイテムや纏うことにまつわるキーワードを回文に入れるというリクエストをいただきましたが、このようにお題をもらうのも初めてのことです。新鮮な気持ちでペンをとり、書かせていただきました」

――その作品を受け取り、SPURがビジュアル化。第三者が自身の作品に新たな解釈を加えることについてはどのように感じますか。

「過去にこんなことがありました。私にとって人生で一番つらい時期に生まれた作品を、ある展覧会に出品した際、カップルが話しながら笑顔で鑑賞していたんです。その姿を目にしたときに作品が浄化されたような、私自身も癒やされるような感覚があって、今でも深く心に残っています。作品を受け止める人の心の中に起きていることは、誰にものぞくことも知ることもできません。ですので、作品の受け取り方について、私から何かを求めるのはおこがましいと思っています」

――編集部が掲載する回文を選定する過程で、イメージは浮かぶものの、意味を正しく受け止められているのかと迷う瞬間もありました。そのお話を伺い、より自由な気持ちで作品に向き合うことができました。

「言葉は通常、人が何かを伝えるための便利な道具ですが、私は、人がいないところに言葉そのものが存在していると思っています。回文を書くとき、前から読んでも後ろから読んでも同じになるように言葉を並べていると、ひらがなは意味のまとまりを失い、一文字一文字に分解されていく。その断片がたまたまある組み合わせになったとき、雲のようにぼんやりとしたイメージが立ち上がる。でもそれは一瞬のことで、すぐに別の組み合わせへと変わっていく。だから、書いている私自身でも最後まで意味がわからないこともある。解釈は人それぞれでいいのだと思います」

制作に向き合う時間が自身を保つ術だった

――現在、神奈川県立近代美術館の鎌倉別館にて、初期の大作から新作までを展示した企画展『福田尚代 あわいのほとり』が開催中です。展示作品の中には、回文のほかに、膨大な量の消しゴムを船やベッドなどの形に彫刻して制作された《漂着物/波打ち際》や、〝蓮〟という文字を何十万回も書き込んだ《不忍、蜘蛛の糸》など、いずれも膨大な時間をかけて制作された作品が並びます。効率やスピードが重視される時代に、あえて時間をかけて制作し続ける理由を教えてください。

「時間をかけて作り続けることは、私の中でごく自然に大切にしてきたことでした。若い頃はさまざまな事情で美術に専念できない時期もあり、自分のためだけに使える時間は限られていました。だからこそ、その合間にできる消しゴムの彫刻を始めたのだと思います。消しゴムは柔らかくて削りやすく、小さいので、少し早起きすれば一日1個くらいは作れる。どんなに大変なときでも、それを自分に課して続けてきました。回文に関しても、最初の20年ほどは誰にも認められないまま続けてきました。それでも続けられたのは、誰かに見せるためというよりも、『そうしている時間そのもの』が自分にとって必要だったから。その時間に助けられて、自分を保つことができていた。メディテーションのようなものかもしれません。生き延びるための糧として作っていたものが、今こうして見てもらえるものになり幸運ですね」

――最後にSPUR読者へのメッセージをお願いします。

「お好みの服を纏って、ぜひ作品に会いにいらしてください。きっと何かを受けとっていただけると思います。また、丹精を込めた本『あわいのほとりのひとり』も、近しい感性を持つ未知の方々に、手にとっていただけたらうれしいです」

『福田尚代 あわいのほとり』

『福田尚代 あわいのほとり』

会場/神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
会期/開催中〜5月17日

初期から新作を含む主要な作品と併せて、美術と言葉を往還するアーティストの創作世界を紹介。作品を肌で感じられるインスタレーションや書き下ろしの回文も展示。見どころは、近年、作家が関心を寄せる「あわい」をテーマにした《漂着物/ひとすくい》や《漂着物/波打ち際》だ。

《漂着物/波打ち際》部分 撮影:髙橋健治

『あわいのほとりのひとり』

『あわいのほとりのひとり』 福田尚代

平凡社/3,300円

回文と美術作品を収録した最新作品集。作家・詩人の池澤夏樹の特別寄稿による解説「福田尚代論のためのメモ」や、著者インタビューも収録する。

福田 尚代 / Naoyo Fukudaプロフィール画像
美術家福田 尚代 / Naoyo Fukuda

1967年埼玉県生まれ。「世界は言葉でできている」という独自の思索を、言葉と美術を通して探求。回文に取り組むほか、本や栞紐、手紙、鉛筆、消しゴムなど、いずれも言葉に関わり、人の手に触れられた記憶を宿す物を素材に、削る、折る、切り抜く、ほどく、糸で縫うといった技法を用いて作品を制作する。