【ルイ・ヴィトン】ニコラ・ジェスキエールの服はなぜポジティブなのか。未来への希望をデザインする

服好きのみならず、ファッション・デザイナーたちからも尊敬する人物としてその名が挙がるルイ・ヴィトンのウィメンズ アーティスティック・ディレクター、ニコラ・ジェスキエール。2025年春夏コレクションを発表したのち、東京に滞在したニコラにSPURが独占でロングインタビューを実施。なぜ彼の服はいつも未来へ向いているのか? その秘密に迫る

 

服好きのみならず、ファッション・デザイナーたちからも尊敬する人物としてその名が挙がるルイ・ヴィトンのウィメンズ アーティスティック・ディレクター、ニコラ・ジェスキエール。2025年春夏コレクションを発表したのち、東京に滞在したニコラにSPURが独占でロングインタビューを実施。なぜ彼の服はいつも未来へ向いているのか? その秘密に迫る

 

ソフトパワーで新たな10年の幕を開ける

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール

——先シーズンの10周年記念コレクションを経て2025年春夏コレクションに着手するにあたり、どのような心境にありましたか?

ニコラ・ジェスキエール(以下同) 私は大きな喜びにあふれていましたし、未来に目を向けて新しい課題に挑戦できるというのは素晴らしい気分でしたね。と同時に、自分の手もとにはそれまでの10年間に築いた基礎があるのだという事実が、安心感を与えてくれました。私がデザインし、ルイ・ヴィトン・ウーマンのスタイルを形作ってきたアイデアの数々を参照することができるのですから。

——今コレクションのコンセプトである「ソフトパワー」にはどんな意味が込められているのでしょう?

洋服作りの構造における「ソフト」な「パワー」を指しています。ファッションの世界では、かっちりと形作られた、堅苦しいアプローチで強さを表すことがありますよね。しかし私は、ピュアなやわらかさを用いて力強さを表現しようと試みたんです。洋服の骨組みを保ち、複雑な作り込みを活かしながらも、流れるような印象を生み出したかった。パワーを失うことなく、洋服が体の周りを自由に動く状態です。概して構築的な服こそが私のシグネチャーだと言えますから難しい作業でしたが、これらの洋服は、相反する要素を共存させることによって生まれる非常に興味深いテンションを備えています。そこで、ショーの見せ方においても“ムーヴメント”という要素に徹底的にこだわりました。実際、ランウェイを歩くモデルたちの体は、一切拘束されていません(1)。

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール
1・2 「可動性がありながら構造的でもある」とニコラが語る、2025年春夏コレクションを象徴するルック

——そんな試みを実現させるために、ドレス製作を手がけるアトリエとテーラリングを手がけるアトリエに、あえてそれぞれの専門領域とは異なる作業を依頼したそうですね。職人の方々は困惑していたのでは?

ええ、当初は少しショックを受けていたようでしたね(笑)。でも私は確かな才能を備えた職人たちと仕事をしています。彼らは単にクラフツマンシップに卓越しているだけでなく、手仕事の美しさを洋服に与えてくれるのです。そこでドレス製作のアトリエのスタッフに、「あなたたちの手仕事でテーラリングを行なってください。スペシャリストの技術は素晴らしいけれど、あなたたちならではのビジョンをテーラリングに反映させてほしいんです」と伝えたんです。技術的にふたつはまったく異なりますし相いれない部分もあるので、最初は皆さん、「面倒なことになったぞ」と困惑していました。

同時に私は、かつてなく軽いテクスチャーのドレス的な素材を揃えて、今度はテーラリングのアトリエのスタッフに「皆さんの手仕事を駆使して、この柔らかい生地でジャケットを作ってもらえませんか?」と依頼したわけです(2)。非常に興味深いプロセスでしたし、困難を極めたにもかかわらず、これだけのレベルの精緻さとラグジュアリーを表現してくれたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。

ロワール渓谷で幼い頃眺めた城がルネサンス文化への興味に

——他方で、重要な影響源としてルネサンス期を挙げています。この時代のどこにインスピレーションを感じたのですか?

まず、年齢を重ねるにつれて私が歴史を振り返ることの面白さを実感するようになったことが関係しています。2018年春夏コレクションでは18世紀にインスパイアされて、当時のコスチュームをスポーツウェアと融合させましたし(3)、今の時代、歴史的なコスチュームとコンテンポラリーなワードローブを隔てる境界をなくす必要があると示したかったんです。

そして第2に、ルネサンスはヨーロッパの人々がファッションに関心を抱き始めた時期なんです。人々はそれまでは、ただ習慣的に衣服を着用していたにすぎなかった。しかしルネサンス到来に伴い、新しいシェイプや色彩を衣服に求めてワードローブを揃えるようになり、ファッションのコンセプトが浸透し始めました。これは極めて興味深い出来事です。もちろん当時の写真は存在しないので、そういう変化が起きたことを私たちは絵画や文学からうかがい知るしかないのですが、そこに描かれている洋服の華やかさから十分に伝わってきますよね。あの時代のカルチャーには強い未来志向が感じられますし、イタリアで興ったルネサンスがフランスに伝わり、さらに英国へ渡るという具合に、ファッションを通じてヨーロッパ全域を結ぶコネクションが築き上げられたという点にも惹かれます。

さらに3つ目の重要な点は、私がロワール渓谷地方で生まれ育ったということですね。ロワール渓谷は代々フランス王家の人々が暮らしてきたエリアで、ルネサンス期に建立された多数の城が点在しています。この歴史的事実は、世の中について知識を広げ始めた子どもの頃の私に、精神面で大きなインパクトを与えました。身近に美しい城の数々があったがゆえに、私はルネサンス文化に緊密なつながりを感じるんです。

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール
3 18世紀フランスの貴族の衣装から得たクラシカルで装飾的な要素とスポーツウェアのモダンな要素を融合させた2018年春夏コレクション

現代の女性のために機能性のある洋服を作る

——2025年春夏コレクションは、実際に身にまとう女性たちに何を与えてくれるのでしょう?

現代社会において必要な機能性を女性たちに提供する洋服が生まれたと、私は自負しています。最近は東京でも気候が変化しつつあって、秋が深まっても暑かったりしますよね。従って女性たちは、容易に調整できるレイヤリングを主軸に洋服を選ぶ傾向にあるんです。また必要に応じて着脱しながら、美しいシルエットを維持できなければなりません。今回用いた素材の大半はコットンやシルク、もしくは非常に軽やかに仕上げたウールといった自然素材ですから、環境に適応させやすく、その時々の天気に合わせて心地よく過ごせるはずです。またルックに関しては、まさに“ルイ・ヴィトン・シルエット”と総括できます。やわらかく流れるようなシェイプでもショルダーはパワフルですし、ボトムはショート丈で(4)。それに、ひとつの同じ型のブラウスを、コレクション共通のシルエットと位置づけたようなところがあるのも興味深いですね。何もかもがブラウスの延長というか(5)。

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール
4 大きく膨らんだパフスリーブとペプラムヘムのジャケットにルネサンス期の装束の影響を映している
5 パワーショルダーブラウスもソフトに表現

——ルーヴル美術館の中庭、クール・カレで行なったショーでは、1000個以上ものルイ・ヴィトンのトランクを並べて作り上げたランウェイも話題になりました。

今回は旺盛なクリエイティブスピリットを打ち出すとともに、ルイ・ヴィトンの礎を印象づけたかったんです。メゾンの礎といえば何をおいてもトランクであり、ブランドのストーリーは、旅をするためにトランクを必要とし始めたという人間の歴史と密接に関わっています。社会の進化がもたらしたニーズにこたえて、ルイ・ヴィトンのトランクは誕生したんです。そんなブランドの基盤をモデルたちが踏みしめて歩くという演出は、面白い発想でした(6)。しかもトランクは可動式で、ランウェイを動かすことで“ムーヴメント”という要素を表現しようと思ったんです。驚いて見守る人々の様子を想像するのも楽しかったですね。

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール
6 1000個以上のトランクを敷き詰めたランウェイ

——そもそもアーティスティック・ディレクターに着任したとき、あなたが定義しようとしたルイ・ヴィトンの美学とは、どのようなものでしたか?

今回と同じように、現代の女性のために、機能性のある洋服を作ることを強く意識したのを覚えています。社会と共振し、一定の水準のラグジュアリーを洋服に反映させて、ファンクションを与える必要がありました。ですから2014-’15 年秋冬のデビューコレクションでは、ほとんどのルックが1本のジッパーだけで着脱できる洋服で構成されていたんです。そして私は女性たちに自信を与えたかったんです。ルイ・ヴィトンの洋服を着ることで自分のパーソナリティに何かがプラスされるのだと、彼女たちに感じてほしかったんです。洋服が個性を隠してしまうのではなく、エンパワーするということですね。

パーソナルなコレクションを世界と共有する

——それ以来発表してきたコレクションの中で、あなたが特に仕上がりに自信を持つシーズン、もしくは重要な転機となったシーズンはどれでしょう?

やはりデビューコレクションを取り上げないわけにはいきませんし、うれしいことに今でも話題に上ります。特にファーストルック(7)を挙げたいですね。モデルはフレジャ・ベハ・エリクセン、70年代スタイルのレザーコートとブーツのスタイリングで、手にしているバッグは“プティット・マル”。極めてタイムレスな女性像だと言えます。私はより実験的なデザインで知られていただけに、あのコレクションは人々を驚かせもしました。しかしルイ・ヴィトンでは人々をリアリティとつなげなければならなかった。「現実」は、ファッションの世界においてはネガティブに捉えられかねませんが、実は美しいものになり得るというのが、私が描いていた方向性だったんです。

また、滋賀県にあるミホ・ミュージアムで行なった2018年のクルーズコレクション(8)も印象に残っています。自然の美と建築のモダニティが共存するひそやかな聖域のような場所で、そんなコントラストが日本について多くを物語っていると感じました。私には、“旅”というブランドの出自を象徴するクルーズコレクションに特別な思い入れがあります。ルイ・ヴィトンのトランクを抱えて旅をするかのように、コレクションを携えて世界中を旅するわけですからね。そしてもうひとつ忘れられないのが、昨年3月に発表した10周年記念コレクションです。アーティストのフィリップ・パレーノが作り出した会場の景観(9)は本当に素晴らしくて、私が科学やSFや自然に抱く関心に深い部分でつながっていました。フィリップは自然を模倣し、照明の技術を駆使してひとつの宇宙を作り出し、あのコレクション(10)を大切に包む最高の環境を用意してくれたと言えます。

毎シーズンのコレクションは私の心の中で芽吹きます。だから非常にパーソナルで、場合によっては孤独な状態で始まりますが、次にアトリエのスタッフとそのアイデアを共有し、「これを形にする作業は楽しそうだな」と思ってもらえたら、いいアイデアだと確認できる。そしてさらに多くの人を巻き込んで完成させて観客の前で披露するわけです。今の時代はストリーミングで世界中の人が見ることになりますから、ひとつのエンターテインメントと化していますよね。従って、出発点では極めてパーソナルなものでありながら最終的には世界と共有するという、非常に美しい旅路をたどるんです。そんなコレクションの旅の一部始終を私は愛しています。

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール
7 ニコラによるデビューコレクションのファーストルック
8 「豊かな歴史を備えながらモダニティと接点を保つ日本らしさ」にオマージュを捧げた2018年クルーズコレクション
9 約4000人の観客と10周年を祝った2024-’25年秋冬のランウェイ
10 同コレクションのオープニングを飾るアンバサダーのチョン・ホヨン

——アイコニックなシューズやバッグも次々に誕生させてきましたが、特に印象深いアイテムはありますか?

まずは“プティット・マル”(11)ですね。このバッグにはルイ・ヴィトンのトランクのビジョンが投影されていますが、現代の女性は大きなトランクを持ち歩いたりはしない。ならばそれと同等の価値とクラフツマンシップ、そして現代の女性にふさわしいモダニティを備えたバッグとはどんなものなのかと私は自問したんです。そしてスケッチを描き、ハサミとセロハンテープと箱を用意して、自分が面白いと感じる比率になるまで箱のサイズを縮めて、トランクを作り変えてみました。それが“プティット・マル”の始まりなんです。幸運のお守りのようであり、かつアイコニックな要素をたくさん備え、ラグジュアリーが尽くされている。極めて高度なクラフツマンシップを駆使して作られていますし、コレクションする方も多いですよね。

ほかに、2025年春夏コレクションで披露した“LVバイカー”(12)も私にとって非常に重要で、レザー・ジャケットを用いたカスタムメイドのバッグのように見えます。実は私自身、そういうものを作ったことがあるので自分らしいスタイルだと感じ、製品化を望んでいました。また、ルイ・ヴィトンの定番のバッグのデザインを時代に合わせてアップデートする作業にも日々取り組む一方で、“LVピロー”(13)のような布帛のバッグを手がけたこともあります。レザーを避ける方が増えていますし、時代の変化に伴って生まれる新たなニーズにこたえなければなりません。

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール
11 2025年春夏コレクションから"プティット・マル"の新作
12 同コレクションでお披露目した、ニコラが新しいイットバッグと呼ぶ"LV バイカー"
13 「ブランドの偉大な財産を斬新な視点で再解釈する」ことで生まれた"LV ピロー"。モノグラム・パターンが刺しゅうされている

ファッションを通じて希望のメッセージを発信

——時代の変化といえば、昨今はメンズとウィメンズのファッションの境界線が薄れ、ジェンダーフリュイディティというコンセプトが浸透しました。あなたは早くから着目し、コレクションに取り入れていましたね。

現実に、今私が着用しているジャケットもウィメンズのアイテムで、ほぼ毎日のように着ていますからね。女性たちがルイ・ヴィトンのメンズのブティックに行って、ファレル・ウィリアムスがデザインしたクールなアイテムを購入するケースも多々ありますし、人々にとってオープンで自由な状態にあることは素晴らしい。私にとってジェンダーフリュイディティは、選択の自由と障壁の解消を意味しています。2021年春夏コレクションは、女性と男性の狭間に位置するゾーンにこそ、新たなワードローブが存在するのだというアイデアに根差していました。それは単にカジュアルな洋服だというわけではなく、ドレスやテーラリングも含まれています(14・15)。それにウィメンズウェアを語る際に、“メンズ風ジャケット”といった言葉を使うのもおかしなことで、男女で分ける必要はない。女性が力強さを備えているとしたら、それは彼女のアティチュードに関係していて、その延長に洋服の選択があるわけですから。そういう多様性を反映させた現代社会の様相を、うれしく思います。

2024-’25 年秋冬コレクションでモデルを務めてくれたStray Kidsのフィリックス(16)は、まさに象徴的ですよね。彼は、何だろうと好きなものを着ることができる自由を体現していて、だからといって私たちはフィリックスのマスキュリニティに疑問を抱いたりはしない。彼には繊細な側面があることを自然に受け入れています。考えてみるとジェンダーフリュイディティに関しては、日本が時代を先取りしていたのではないでしょうか。私は20年以上前から日本をたびたび訪れていますが、より自由に装う男性たちの姿を目にしてきました。アンドロジナスであるとか性別が曖昧だというわけではなく、日本の人々は以前からウィメンズとメンズの中間にある洋服を身につけていたように思いますし、日本人デザイナーたちも、選択の自由を広げる上で大きく貢献してきたように感じます。

ルイ・ヴィトン ニコラ・ジェスキエール
14・15 ショーの会場にパリのデパート、ラ・サマリテーヌを選んだ2021年春夏コレクション
16 メゾンのアンバサダーを務めるフィリックス

——フューチャリスティックなビジョンもあなたのデザインと切り離せない要素です。しかも、近年は未来に不安を抱く人が少なくない中で、あなたが洋服を通じて描く未来は非常にユートピア的ですよね。

確かにそうですね。私はファッションを通じて希望のメッセージを発信する責任を負っていると感じるんです。ファッションは人間の命を救うことはできません。しかし私たちデザイナーはさまざまなビジョンを示し、人々に考えるきっかけを与え、エモーショナルになることを促します。たとえば、「こんなコンビネーションが可能だなんて考えたこともなかった!」と思わせて願望を生み出す——それは未来の到来を待ち望む気持ちであり、これまでに感じたことがないエモーションを抱かせることが、ファッションには可能なんです。また人は何かを見て「あんな服を着てみたい」とか「あれを使ってみたい」と感じ、着ること・使うことで気分が高揚することを期待する。そういう心理はユートピア的だと言えますよね。

私の場合、古典的なSF小説を読んできたことが、そうした考え方のルーツにあります。中にはディストピアンな展開を見せる物語もありますが、私はあくまでポジティブなスタンスで未来を想像し、人々に提示するんです。またSFの世界には力強い女性キャラクターが数多く登場しますよね。子ども時代の私はそうしたビジョンが大好きでした。それゆえにパワフルで賢い女性像を提示したいんです。

80年代にさかのぼって若いニコラに会ってみたい

——たとえば今回のルネサンス時代しかり、コレクションの中で常にタイムトラベルをしているあなたが実際に過去や未来に旅ができるとしたら、どの時代を訪れたいですか?

私なら未来を選びます。この先何が起こるのかぜひ知りたい。先ほどお話ししたように私はポジティブな未来のビジョンを抱いていて、なんとか世界が修復されて正しい方向に進んでくれたらと願っていますからね。と同時に、80年代にさかのぼってみたいとも思います。80年代のスピリットは非常に興味深く、当時の世界は消費主義に走っていたというイメージもありますが、他方でアーティスティックな表現の自由が大きく花開き、ポップカルチャーが隆盛を極めました。まさに私が育った時代ですし、今の自分の目で、若いニコラがどんな気持ちでいたのか確認したいんです。あの時代の自分が、両親から、あるいは当時のカルチャーから何を受け取り、それがどんなふうに今の私を形作っているのか、掘り下げてみたいですね。

“リニューアル”こそが未来を形作っていく

——ちなみに、今のファッション界では空前のノスタルジーブームが起きているように思います。若者たちは過去のファッションに憧れ、ヴィンテージを買ったりインスパイアされた服を作ったりと「再生」を行うことに関心を寄せていますが、こうしたトレンドについてどう考えていますか?

それも素晴らしいことだと思います。ここ数年間に、殊に若い世代の洋服の買い方は変化を遂げました。私は25年前にバレンシアガで、ありったけの愛情を込めて使い捨てではなく長く着てもらえる洋服を作ろうと試みていましたが、今の若者たちは、私がそんな気持ちで作った洋服を含めてY2K時代のファッションに関心を抱き、熱心に買い求めています。洋服の価値はそうやって受け継がれることで維持されるのですから、デザインとして成功したと言えますし、“リニューアル”と呼ぶべきこの現象はファッションの未来を形作る要素のひとつだと思うんです。何かを作って世に送り出したら、それは長い間残るのだと最初から想定していなければなりません。最近の若者はこのことを心得ていて、気に入ったものには投資し、たとえ短い期間しか着なかったとしても、そこでサイクルを終わらせない。洋服が製造された工程にも注意を払っていますし、カスタマイズしたり、修復したり、単にリサイクルするのではなく何かをプラスするという動きも、コンセプトとして非常に興味深いですね。

——最後に、ファッション界最大のラグジュアリー・ブランドのアーティスティック・ディレクターを務めることに伴うプレッシャーにどう対処しているのか教えてください。

私が思うに、この仕事を始めた頃の身軽さとフレッシュさを何らかの形で維持する必要があるんです。そして重要なのは、私が描くビジョンを具現化してくれる才能豊かな人たちを集めること。彼らの存在が重圧を軽減してくれますし、今は慣れましたね。18歳でジャンポール・ゴルチエのもとで働き始めたときから、私の体はファッションショーのサイクルに順応しているんです。体内で時計の音がカチカチと鳴っているかのように。だからといって、締め切りに追われる生活だとは思っていません。常にクリエイティブな表現を行う余裕がありますし、プレッシャーを感じるときにこそ、このような自己表現の手段を持っていることの素晴らしさを噛みしめています。「ぜひあなた自身を表現してください」と請われているのですから、極めて恵まれた立場にあると思いますし、ハードワークは苦にはならないのです。

 

NICOLAS GHESQUIÈREプロフィール画像
NICOLAS GHESQUIÈRE

1971年、フランス生まれ。ジャンポール・ゴルチエのアシスタント・デザイナーを経て、1997年からバレンシアガでクリエイティブ・ディレクターを務め、ファッション業界内外から高い評価を確立。2013年にルイ・ヴィトンのウィメンズ アーティスティック・ディレクターに就任。

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