服好きのみならず、ファッション・デザイナーたちからも尊敬する人物としてその名が挙がるルイ・ヴィトンのウィメンズ アーティスティック・ディレクター、ニコラ・ジェスキエール。2025年春夏コレクションを発表したのち、東京に滞在したニコラにSPURが独占でロングインタビューを実施。なぜ彼の服はいつも未来へ向いているのか? その秘密に迫る
服好きのみならず、ファッション・デザイナーたちからも尊敬する人物としてその名が挙がるルイ・ヴィトンのウィメンズ アーティスティック・ディレクター、ニコラ・ジェスキエール。2025年春夏コレクションを発表したのち、東京に滞在したニコラにSPURが独占でロングインタビューを実施。なぜ彼の服はいつも未来へ向いているのか? その秘密に迫る
ソフトパワーで新たな10年の幕を開ける
ロワール渓谷で幼い頃眺めた城がルネサンス文化への興味に
——他方で、重要な影響源としてルネサンス期を挙げています。この時代のどこにインスピレーションを感じたのですか?
まず、年齢を重ねるにつれて私が歴史を振り返ることの面白さを実感するようになったことが関係しています。2018年春夏コレクションでは18世紀にインスパイアされて、当時のコスチュームをスポーツウェアと融合させましたし(3)、今の時代、歴史的なコスチュームとコンテンポラリーなワードローブを隔てる境界をなくす必要があると示したかったんです。
そして第2に、ルネサンスはヨーロッパの人々がファッションに関心を抱き始めた時期なんです。人々はそれまでは、ただ習慣的に衣服を着用していたにすぎなかった。しかしルネサンス到来に伴い、新しいシェイプや色彩を衣服に求めてワードローブを揃えるようになり、ファッションのコンセプトが浸透し始めました。これは極めて興味深い出来事です。もちろん当時の写真は存在しないので、そういう変化が起きたことを私たちは絵画や文学からうかがい知るしかないのですが、そこに描かれている洋服の華やかさから十分に伝わってきますよね。あの時代のカルチャーには強い未来志向が感じられますし、イタリアで興ったルネサンスがフランスに伝わり、さらに英国へ渡るという具合に、ファッションを通じてヨーロッパ全域を結ぶコネクションが築き上げられたという点にも惹かれます。
さらに3つ目の重要な点は、私がロワール渓谷地方で生まれ育ったということですね。ロワール渓谷は代々フランス王家の人々が暮らしてきたエリアで、ルネサンス期に建立された多数の城が点在しています。この歴史的事実は、世の中について知識を広げ始めた子どもの頃の私に、精神面で大きなインパクトを与えました。身近に美しい城の数々があったがゆえに、私はルネサンス文化に緊密なつながりを感じるんです。
現代の女性のために機能性のある洋服を作る
——2025年春夏コレクションは、実際に身にまとう女性たちに何を与えてくれるのでしょう?
現代社会において必要な機能性を女性たちに提供する洋服が生まれたと、私は自負しています。最近は東京でも気候が変化しつつあって、秋が深まっても暑かったりしますよね。従って女性たちは、容易に調整できるレイヤリングを主軸に洋服を選ぶ傾向にあるんです。また必要に応じて着脱しながら、美しいシルエットを維持できなければなりません。今回用いた素材の大半はコットンやシルク、もしくは非常に軽やかに仕上げたウールといった自然素材ですから、環境に適応させやすく、その時々の天気に合わせて心地よく過ごせるはずです。またルックに関しては、まさに“ルイ・ヴィトン・シルエット”と総括できます。やわらかく流れるようなシェイプでもショルダーはパワフルですし、ボトムはショート丈で(4)。それに、ひとつの同じ型のブラウスを、コレクション共通のシルエットと位置づけたようなところがあるのも興味深いですね。何もかもがブラウスの延長というか(5)。
パーソナルなコレクションを世界と共有する
——それ以来発表してきたコレクションの中で、あなたが特に仕上がりに自信を持つシーズン、もしくは重要な転機となったシーズンはどれでしょう?
やはりデビューコレクションを取り上げないわけにはいきませんし、うれしいことに今でも話題に上ります。特にファーストルック(7)を挙げたいですね。モデルはフレジャ・ベハ・エリクセン、70年代スタイルのレザーコートとブーツのスタイリングで、手にしているバッグは“プティット・マル”。極めてタイムレスな女性像だと言えます。私はより実験的なデザインで知られていただけに、あのコレクションは人々を驚かせもしました。しかしルイ・ヴィトンでは人々をリアリティとつなげなければならなかった。「現実」は、ファッションの世界においてはネガティブに捉えられかねませんが、実は美しいものになり得るというのが、私が描いていた方向性だったんです。
また、滋賀県にあるミホ・ミュージアムで行なった2018年のクルーズコレクション(8)も印象に残っています。自然の美と建築のモダニティが共存するひそやかな聖域のような場所で、そんなコントラストが日本について多くを物語っていると感じました。私には、“旅”というブランドの出自を象徴するクルーズコレクションに特別な思い入れがあります。ルイ・ヴィトンのトランクを抱えて旅をするかのように、コレクションを携えて世界中を旅するわけですからね。そしてもうひとつ忘れられないのが、昨年3月に発表した10周年記念コレクションです。アーティストのフィリップ・パレーノが作り出した会場の景観(9)は本当に素晴らしくて、私が科学やSFや自然に抱く関心に深い部分でつながっていました。フィリップは自然を模倣し、照明の技術を駆使してひとつの宇宙を作り出し、あのコレクション(10)を大切に包む最高の環境を用意してくれたと言えます。
毎シーズンのコレクションは私の心の中で芽吹きます。だから非常にパーソナルで、場合によっては孤独な状態で始まりますが、次にアトリエのスタッフとそのアイデアを共有し、「これを形にする作業は楽しそうだな」と思ってもらえたら、いいアイデアだと確認できる。そしてさらに多くの人を巻き込んで完成させて観客の前で披露するわけです。今の時代はストリーミングで世界中の人が見ることになりますから、ひとつのエンターテインメントと化していますよね。従って、出発点では極めてパーソナルなものでありながら最終的には世界と共有するという、非常に美しい旅路をたどるんです。そんなコレクションの旅の一部始終を私は愛しています。
ファッションを通じて希望のメッセージを発信
——時代の変化といえば、昨今はメンズとウィメンズのファッションの境界線が薄れ、ジェンダーフリュイディティというコンセプトが浸透しました。あなたは早くから着目し、コレクションに取り入れていましたね。
現実に、今私が着用しているジャケットもウィメンズのアイテムで、ほぼ毎日のように着ていますからね。女性たちがルイ・ヴィトンのメンズのブティックに行って、ファレル・ウィリアムスがデザインしたクールなアイテムを購入するケースも多々ありますし、人々にとってオープンで自由な状態にあることは素晴らしい。私にとってジェンダーフリュイディティは、選択の自由と障壁の解消を意味しています。2021年春夏コレクションは、女性と男性の狭間に位置するゾーンにこそ、新たなワードローブが存在するのだというアイデアに根差していました。それは単にカジュアルな洋服だというわけではなく、ドレスやテーラリングも含まれています(14・15)。それにウィメンズウェアを語る際に、“メンズ風ジャケット”といった言葉を使うのもおかしなことで、男女で分ける必要はない。女性が力強さを備えているとしたら、それは彼女のアティチュードに関係していて、その延長に洋服の選択があるわけですから。そういう多様性を反映させた現代社会の様相を、うれしく思います。
2024-’25 年秋冬コレクションでモデルを務めてくれたStray Kidsのフィリックス(16)は、まさに象徴的ですよね。彼は、何だろうと好きなものを着ることができる自由を体現していて、だからといって私たちはフィリックスのマスキュリニティに疑問を抱いたりはしない。彼には繊細な側面があることを自然に受け入れています。考えてみるとジェンダーフリュイディティに関しては、日本が時代を先取りしていたのではないでしょうか。私は20年以上前から日本をたびたび訪れていますが、より自由に装う男性たちの姿を目にしてきました。アンドロジナスであるとか性別が曖昧だというわけではなく、日本の人々は以前からウィメンズとメンズの中間にある洋服を身につけていたように思いますし、日本人デザイナーたちも、選択の自由を広げる上で大きく貢献してきたように感じます。
80年代にさかのぼって若いニコラに会ってみたい
——たとえば今回のルネサンス時代しかり、コレクションの中で常にタイムトラベルをしているあなたが実際に過去や未来に旅ができるとしたら、どの時代を訪れたいですか?
私なら未来を選びます。この先何が起こるのかぜひ知りたい。先ほどお話ししたように私はポジティブな未来のビジョンを抱いていて、なんとか世界が修復されて正しい方向に進んでくれたらと願っていますからね。と同時に、80年代にさかのぼってみたいとも思います。80年代のスピリットは非常に興味深く、当時の世界は消費主義に走っていたというイメージもありますが、他方でアーティスティックな表現の自由が大きく花開き、ポップカルチャーが隆盛を極めました。まさに私が育った時代ですし、今の自分の目で、若いニコラがどんな気持ちでいたのか確認したいんです。あの時代の自分が、両親から、あるいは当時のカルチャーから何を受け取り、それがどんなふうに今の私を形作っているのか、掘り下げてみたいですね。
“リニューアル”こそが未来を形作っていく
——ちなみに、今のファッション界では空前のノスタルジーブームが起きているように思います。若者たちは過去のファッションに憧れ、ヴィンテージを買ったりインスパイアされた服を作ったりと「再生」を行うことに関心を寄せていますが、こうしたトレンドについてどう考えていますか?
それも素晴らしいことだと思います。ここ数年間に、殊に若い世代の洋服の買い方は変化を遂げました。私は25年前にバレンシアガで、ありったけの愛情を込めて使い捨てではなく長く着てもらえる洋服を作ろうと試みていましたが、今の若者たちは、私がそんな気持ちで作った洋服を含めてY2K時代のファッションに関心を抱き、熱心に買い求めています。洋服の価値はそうやって受け継がれることで維持されるのですから、デザインとして成功したと言えますし、“リニューアル”と呼ぶべきこの現象はファッションの未来を形作る要素のひとつだと思うんです。何かを作って世に送り出したら、それは長い間残るのだと最初から想定していなければなりません。最近の若者はこのことを心得ていて、気に入ったものには投資し、たとえ短い期間しか着なかったとしても、そこでサイクルを終わらせない。洋服が製造された工程にも注意を払っていますし、カスタマイズしたり、修復したり、単にリサイクルするのではなく何かをプラスするという動きも、コンセプトとして非常に興味深いですね。
——最後に、ファッション界最大のラグジュアリー・ブランドのアーティスティック・ディレクターを務めることに伴うプレッシャーにどう対処しているのか教えてください。
私が思うに、この仕事を始めた頃の身軽さとフレッシュさを何らかの形で維持する必要があるんです。そして重要なのは、私が描くビジョンを具現化してくれる才能豊かな人たちを集めること。彼らの存在が重圧を軽減してくれますし、今は慣れましたね。18歳でジャンポール・ゴルチエのもとで働き始めたときから、私の体はファッションショーのサイクルに順応しているんです。体内で時計の音がカチカチと鳴っているかのように。だからといって、締め切りに追われる生活だとは思っていません。常にクリエイティブな表現を行う余裕がありますし、プレッシャーを感じるときにこそ、このような自己表現の手段を持っていることの素晴らしさを噛みしめています。「ぜひあなた自身を表現してください」と請われているのですから、極めて恵まれた立場にあると思いますし、ハードワークは苦にはならないのです。

1971年、フランス生まれ。ジャンポール・ゴルチエのアシスタント・デザイナーを経て、1997年からバレンシアガでクリエイティブ・ディレクターを務め、ファッション業界内外から高い評価を確立。2013年にルイ・ヴィトンのウィメンズ アーティスティック・ディレクターに就任。