――「これまで真実だと思っていたものが揺らいでしまった世界で、手探りしながら、何かひとつでも揺らがぬ “ほんとう”のものにたどり着きたい」今回のアルバムのタイトルには、そんな思いが込められているそうですね。
世界各地で、今この瞬間も、国籍や人種を理由に多くの罪なき人びとが殺されています。決して許されるはずのないことが正当化され、まかり通ってしまっている。これが現代社会で起きているということが、私はいまだに信じられません。この世界は緩やかにでも、自由と平等を目指す方向で進んでいくはずだと思っていたのですが、ずいぶん楽観的だったと思い知らされました。
そんな中で、自分は何を信じ、どんな世界を望んでいるのか、改めて問い直そうと思ったのが、このアルバム制作の出発点です。たとえば、仲間と演奏しているときに、言葉を交わさずとも息がぴったりと合う瞬間があったり、大切な友人と食卓を囲んで、繋がりを感じられる時間があったり。日々の生活の中で、信じられるもののカケラを拾い集めて、まずは自分の世界を“ほんとう”のことで埋めていこう。その上で、今のおかしな世界に対峙していこう。そんな思いでこのタイトルを付けました。
ガザの人びとの希望を歌い継ぎたい
2025年11月に配信されたデジタルシングル「If I must die」のジャケット
――2023年12月のイスラエル軍による空爆で命を落としたガザの詩人、リフアト・アルアライールさんの『If I must die(もし私が死なねばならないなら)』を歌ったナンバーが収録されています。美雨さんの優しい歌声と、美しいストリングスの演奏がとても心に響きました。
ガザで多くの人の命と尊厳が奪われているのに、自分は音楽をやっている場合なのだろうかと思い悩み、何を歌えばいいかわからない時期が長くありました。でも、リフアトさんの詩を原 摩利彦さんと一緒に曲にできたことが、前に進むための糸口になりました。
——リフアトさんの詩を歌おうと思った理由は何でしょうか。
作家であり、大学教授でもあったリフアトさんは、当時44歳でした。非営利組織「We Are Not Numbers(我々は数ではない)」の共同創設者として、ガザや難民キャンプの若者の声を伝える活動にも取り組み、「ガザの心を歌う人」とも言われていました。生前の映像を見たことがあるのですが、生徒や仲間に愛される、チャーミングな方だったようです。
彼は、自分が狙われているとわかっていたので、「If I must die」という詩を子どもたちに遺し、命を落とす直前にSNSに投稿しました。今やこの詩は世界中で読み継がれ、約70の言語に翻訳されています。冒頭の一節「わたしが死んでも、あなたは生きなくてはならない」には、自分の物語を受け継ぎ、希望にしてほしいという彼の願いが込められています。死を覚悟しながら、こんなにも優しい言葉を編むことができるなんて、本当に心の美しい人だったのでしょう。この詩を歌い継ぐことで、彼の人柄も伝えたいと思いました。
――しばらく歌えない時期があったとおっしゃいましたが、『Fog』という曲には美雨さんの葛藤が強く表れているように感じました。英語で歌詞を書いたことに理由はありますか。
『Fog』は、何も書けないと思っていたときの感情をストレートに表現した曲です。これまで、自分の中で整理できていないことを歌詞にすることはあまりなかったのですが、1曲ぐらいはいいかなと思って入れました。ありのままの気持ちを言葉にするとき、私の場合は英語の方が素直に書けます。また、「殺された」「助けを呼んでいる」などインパクトの強い言葉を使っているので、英語の方が音楽に乗りやすいというのも理由のひとつです。
――英語の歌詞にすることで、ガザの人たちに届けたいという思いもあるのでしょうか。
それはずっと意識の片隅にあります。ガザの友人たちが私のSNSを見てくれているので、遠い国でも彼らのことを思いながら生きていることを知ってほしいですし、音楽でそれを伝えたいとも思います。
ガザのジャーナリストたちも民間人も、不安定な通信環境の中でもどうにかSNSを通じて、自分たちの置かれている悲惨な状況を国際社会に伝えようとしてくれています。メディアではなかなか取り上げられませんが、私たちは今、現地で何が起きているかを知ることができます。
ガザの人びとは長年、自分たちの声が誰にも聞かれないと思ってきました。だからこそ、見て見ぬふりはしたくない。彼らから受け取ったメッセージを、自分なりの方法で最大限に示したいと常に思っています。
「私の場合、声を上げないことの方がしんどいんです」
美雨さんが自宅の前で保護した子猫とともに
――停戦が発効されてから、パレスチナに関する報道はずいぶん減ってしまいました。そんな中でも美雨さんは情報発信を続けていらっしゃいます。ガザは今、どんな状況なのでしょうか。
停戦後も、イスラエル軍はガザの約6割を制圧していると報道されています。しかも制圧地域を拡大し続けているため、住民たちは強制避難を余儀なくされています。イスラエル軍の攻撃も続いていて、毎日のように人が亡くなっていると聞いています。人道援助も妨げられ、壊滅的な状況は停戦前と何も変わっていません。以前よりも食料が手に入りやすくなったところもあるようですが、決して必要な量には届いていない状況です。新鮮な野菜や肉は特に手に入りづらく、一部の人しか買えないような値段で売られているそうです。
私のガザの友人は、十分な栄養が摂れず免疫が下がっているせいで、感染症になったり、しょっちゅう体調を崩したりしています。今後、そういった二次的な健康被害がもっと明らかになってくるんじゃないかと思います。ガザの人びとは依然として厳しい生活を強いられ、助けを求めています。でも、とても強い人たちなので、助け合いながら精いっぱい生きようとされています。
――美雨さんは、ガザの人道支援にも積極的に取り組まれてきました。
2024年に「Watermelon Seeds Fundraiser」というチャリティオークションを立ち上げました。さまざまなアーティストに出品していただき、売上金から実費を差し引いた総額1,000万円以上を、ガザで苦しむ子どもたちのための義援金として寄付しました。
直近で関わったのは、ガザの深刻な水不足を解消するために、パレスチナの大学生が立ち上げた井戸水プロジェクトです。絵本作家の古知屋恵子さんが主催した資金集めを、私もお手伝いしました。全国から目標額の1,400万円が集まり、現地の2ヵ所の井戸で給水が再開しました。
ほかにも、今年4月のアースデイ東京でブースを出展し、日本国際ボランティアセンターの皆さんと一緒にパレスチナ民芸品のチャリティーグッズ販売や、写真パネルの展示などを行いました。
2026年4月のアースデイ東京で出展したブースの様子(提供写真)
――支援を続ける中で、困難に感じていることはありますか。
正直なところ、ここ1年くらいは日本国内の状況に危機感を募らせています。そのため、ガザのことにあまり力を注げなくなっていて、心苦しく感じています。憲法9条改正やスパイ防止法制定など、現政権がさまざまな政策を強引に推し進めようとしていることに対して、どうにか止めなくてはという思いです。殺傷能力のある武器輸出の解禁や、皇室典範改正、国旗損壊罪法など、次々といろんなことが出てくるので、混乱しています。
――2026年3月25日に国会議事堂前で行われた「平和憲法を守るための緊急アクション」にも参加されました。平和への思いを訴える美雨さんのスピーチが印象に残っています。
武力によらない平和が可能だと信じ続けたい。諦めずに言葉にして伝えたいし、私たち一人ひとりがそれぞれの立場で声を上げる時だと訴えました。私自身もどうするべきかわからないですが、とにかく今は抗議デモに参加するしかないのかなと思っています。現場に行けないときはオンラインで参加したり、SNSでハッシュタグを広めたり。最近はいろんな方法でデモに参加できるので、その時その時で自分ができることをしています。
――知らない方が幸せだという人もいる中で、美雨さんは自ら知ろうとし、積極的に声を上げ続けています。その原動力は何でしょうか。
私の場合、声を上げないことの方がしんどいです。誰かが傷つけられそうだったり、自分たちの生活が脅かされそうだったり、権利が奪われそうだったり、そういう納得のいかないことに対して何も言えないことの方がストレスなんです。あとはやっぱり、娘の存在がとても大きいですね。子どもたちの未来を考えると、嫌なことは何が何でも嫌だと言いたいです。