自分が関わったシューズで練習に行けると思うと本当に楽しみ

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鳥海さんは高校2年生のときから11年間、日本代表として戦い続けている車いすバスケのトップアスリートだ。2023年秋にプロ宣言し、プロパラアスリートとしては初めてアシックスと所属契約をした。今回の協業はそのときから始まっている。
「そのときから、もう2年半も経っていると思うと意外な感じがしますね。最初にシューズの開発を一緒にやりましょうというオファーがあったときにはとても光栄なことだと思いました」と鳥海さん。もともと、商品開発に携わりたいという気持ちはあったのだろうか。
「ありました! もともとアシックスのファンで、商品が好きで所属契約もしていますから。以前、所属しているクラブチーム(神奈川VANGUARDS)のウェアのデザインや素材をミーティングを重ねて決めていったことがあって、服を作る過程を見ることができ、すごくワクワクしました。その経験がまたできる。自分が関わったシューズを自分で履いて、街を歩いたり、練習に向かったりできると思うと本当に楽しみでしたね」
しかもアイテムはアシックスの主力商品であるシューズだ。
「めっちゃいいなと思いました。いつもサポートいただいているアシックスの商品作りに、自分の生活上の体験や、自分の感性みたいなものを活かしてもらえるというのがうれしかったですね。機能面でもデザインでも意見を言わせていただきました」
鳥海さんは、競技用車いすでバスケットボールをプレーしているが、日常生活では車いすと義足を併用している。靴は義足を履くためのものだ。ふだんはどのように靴を選んでいるのだろうか。
「まず『かっこいいかどうか』ですよね。そこから入って、次に自分が歩きやすいかとか、リアルなところで言うと、僕の場合は『転倒しにくいか』とか、そういうところをチェックして、クリアしたら購入するっていうプロセスです」
義足で下り坂を歩くとき、かかとが高い靴だと膝が前に出て、膝からガクンと崩れてしまうことがあるという。「義足を履くユーザーとしてはフラットなものがよかったりします」
「Design for everyone」多くの人が快適に履けるシューズを

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「GEL-DS TRAINER LOOP(ゲルディーエス トレーナー ループ)」は、インクルーシブな視点をデザインプロセスに取り入れ、障がいのある人も含め、多くの人が快適に履けるように、というコンセプトでアシックススポーツスタイル統括部とパラスポーツ企画部にて、開発されている。キーワードは「Design for everyone」だ。アシックス商品開発チームの奥村勇紀さん、岸本雅貴さんにも、今回のプロジェクトについて聞いた。
「アシックスが掲げる理念のひとつに『スポーツを通して、すべてのお客様に価値ある製品・サービスを提供する』という言葉があります。今回のプロジェクトは“本当にその理念どおりに『すべてのお客様』に履いていただけているだろうか”というところからスタートしました」(岸本さん)
本プロジェクトでは、身体に障がいのある人にも履きやすい、着脱しやすいシューズを作ることをゴールとし、上肢、下肢などにさまざまな障がいがある人たちへのインタビューを重ねた。
「鳥海さんもそのお一人だったんですが、最初のミーティングで出た最初のリクエストが『かっこいい普通の靴が履きたい』だったことが衝撃でした」(奥村さん)
障がいのある人にも履きやすい靴、となると、ファスナーや面ファスナーで着脱し、全体に柔らかい素材のものが多い。デザインもその機能がわかりやすく、クリーム色や肌色などの中間色で、いかにも「福祉用」というイメージのものが多いのが現状だという。今回も、最初のサンプルはファスナーを開閉するタイプだった。
「それは鳥海さんだけではなく、ほかのアドバイザーの方々にもばっさり却下されました。『普通の靴が履きたい。機能を前面に出しているものは履きたくない』と」(奥村さん)

GEL-DS TRAINER LOOP(ゲルディーエス トレーナー ループ) ¥18,700/アシックス ©︎アシックス
そこでデザインチームは「機能をむき出しにしない」という方針に大きく転換する。「機能があるからデザインが犠牲になるんじゃなくて、普通の靴として店頭に並んで、かっこいいものを目指しました」(奥村さん)
カラーのチョイスも最初の想定とは違っていた。「ブラウンのコンビネーションとか、マットなブラックとか、シンプルで目立たない無難な色のサンプルを用意しても全然選ばれないんですね」。たどり着いたのはブラックとシルバーをメインにしたメタリックなコンビネーションの2色だ。
カラーについて鳥海さんは「僕一人の意見で決まったわけではないと思うんですけど、僕がサンプルから選んだのもこの2色。シルバーに関してはシンプルに僕の義足に似合うから。メタリックな要素がテックな感じと合うし、今、日本や韓国でもそういうテックなシューズが流行ってるっていうのもありますね。黒はどんな服装の方たちにもかっちりと似合う、足もとを引き締める黒っていうのがいいなと思って選びました」。ファッションをこよなく愛する鳥海さん。「機能性がどれだけすごくても、かっこよくなかったら買わないし、履かない。1日の始まりに選ばない、という気がします」と話す。
「『タン』を硬く」。開発者にとっては驚きのリクエスト

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「僕からは、甲の『タン』の部分が硬いほうがいいということを伝えました」
これも開発チームにとって重要なターニングポイントとなった。
「足の甲ってけっこう敏感なところで、そこを硬くするっていう発想がなかったので、それがまず一番の驚きでした。履きやすくするためには足を入れる開口部が大きく開く必要があり、素材もよく伸びる柔らかいものがいいだろうと。でも柔らかいと広げるのに両手が必要になる。これも開発側のエゴというか、思い込みだったんですね。『こういうのがいいんでしょう』と押しつけようとしていた」。(岸本さん)
鳥海さんの場合、「タン」が柔らかいと足を入れたときに巻き込んでしまい、それを引き出すのに苦労するという。「タン」を硬くすることが機能面での最大のリクエストだった。
「『タンを硬くする。ただ、硬くすると足当たりが悪くなるので、足に当たる部分は柔らかくし、開口部はもちろん思いっきり開くことができるように』という意見を初めにもらって、そこをすごく意識して作りました。
また、開発にご協力いただいたパラアスリートの方の中には、動かせる指が1本だけの方や、つまむ・握るといった細かな動作が苦手な方もいらっしゃいました。」(岸本さん)
そこで、開発チームはファスナーや面ファスナーの案を捨て、着脱のシステムを一から考え直した。「開けやすく、締めやすく、緩まない」。理想のシステムを求めて試行錯誤する中でたどり着いたのが、リュックの口を締めるためのパーツだった。
「通常はシューズに使うパーツではないですし、締めるのに両手が必要だったんですが、向きを逆にすると、紐を左右に交互に引っ張るだけで締まっていくことを発見したんです」(岸本さん)
紐をループにすれば、指を引っかけて左右にスイングするだけで開口部を締められる。離しても緩まない。さらに逆側に引っ張ると一気に緩めることができる、というところまで改良し、ついに、片手どころか指1本で脱ぎ履きができる、魔法のようなシューズが誕生した。この画期的なレーシング(靴紐)のシステムは特許を出願している。

GEL-DS TRAINER LOOP(ゲルディーエス トレーナー ループ) ¥18,700/アシックス ©︎アシックス
「この機構ができて一気に完成に近づきました。アドバイザーの皆さんにお見せしたときは、機能がどう、というよりは『かっこいい』とまず言っていただいて、僕らとしては『やった!』ですよね。そのあと履いていただいて、すごく履きやすいと。また、片腕が不自由で、人生で初めて一人で靴紐を締める靴が履けたという方もいらっしゃって、その場面に立ち会えたことがうれしかったし、目指しているところに近づけたのかなと。一度や二度ではなく、何度もインタビューをして、生の声を聞いて学んだことはとても多かったです」(岸本さん・奥村さん)
鳥海さんはこう振り返る。「ミーティングは毎回ワクワクしました。僕が要望したことに対して、新しい部品を作り、反映したパターンを3パターンくらい用意してくださって、その中で使いやすいものを選んでいく。希望した以上のものができてくるし、言ったことがどんどん実現してプロダクトになっていく。
完成した最終サンプルは、まずかっこよかったし、僕やほかのアドバイザーの方たちがお伝えしたことがちゃんと形になっていました。僕は上肢と下肢に障がいがあるけれど、僕とは違う障がいのある方の目線というのは、僕にもないものなので、僕もハッとするような意見が出たりしました。それが全部吸収されひとつのシューズになっていたのが、本当にすごいなと思いました」
かっこよくて、履けばよさがわかる、『じゃない』シューズ

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「このシューズは『障がいのある人にも履きやすい』靴ではあるんだけど、『障がい者用の靴』じゃないんですよね。『じゃない』のがいいんです。『かっこいい』っていうところから選んでもらって、履いてみたら劇的に履きやすいっていうことがみんなにわかってもらえる。そういうシューズなんじゃないかなと思います」と鳥海さん。
実際、この「指1本レーシング」が活躍しそうな場面は多い。赤ちゃんを抱えているパパやママ、買い物で手がふさがっているとき、向かい側から誰かに履かせるとき、リラックスしたい飛行機の中……。
「特に日本は屋内で靴を脱ぎますから、脱いだり履いたりすることが多い人は、だんだん靴紐をルーズに締めて、そのまま着脱するようになってしまう。でもそれは疲れやすい靴の履き方なんです。本来は、甲を締めてかかとにフィットさせる、というのが長い時間歩いて疲れにくい履き方なので。そのフィット調整を簡単にすることで、障がいの有無にかかわらず、皆さんに疲れにくく履いていただける靴を作り出せたと思います」(岸本さん)
現在、愛知県で開催中の2026年アジアパラ競技大会には、アシックスから、この「GEL-DS TRAINER LOOP(ゲルディーエス トレーナー ループ)」を履いたボランティアメンバーが参加している。その足もとと、2連覇を狙う男子車いすバスケットボールでの鳥海さんの活躍にも注目だ。