
©1998「リング」「らせん」製作委員会
女性の幽霊には男性の願望が表れている
――ホラー映画を多く手がける安里さんと作家の背筋さんは、お仕事を通じて交流があるそうですね?
背筋 はい。昨日も連絡をしていたんです。二人とも普段ジェンダーを気にして作品を作ってないから「明日の対談、どうしよう?」って話していました。
安里 実は以前、ヨーロッパのソフトウェアの会社から取材を受けたときも「日本では江戸時代の幽霊画なんかを見ると、女性の幽霊が多いけれどなぜか」と聞かれて。言われてみると、そうなんですよね。
背筋 『四谷怪談』のお岩さんとか、『番町皿屋敷』のお菊さんとかですね。
安里 そう。で、考えてみると、昔は社会の中で女性は虐げられていたので、ひどい目にあって亡くなった女性が恨めしや~と出てくることにリアリティがあったんじゃないかと。そして男性のほうも女性に悪いことをしたという自責の念があったから、幽霊が女性の姿をしていることが多かったのではないかと思いました。
背筋 それと、昔は怪談を作るのも語るのも男性だったわけですよね。だから「女の人にはこうあってほしい」という男性の視点や願望が、無意識かもしくは自覚的に女性の幽霊に託されていたんじゃないかと。たとえば恋人に身請けされる約束をしていた遊女が裏切られて川に身投げした。その遊女の幽霊が、夜な夜な柳の下に現れるみたいな話がよくあります。そこには、女性は亡くなったあとも自分のことを思い続けてほしい……という男性の願望が投影されているんじゃないでしょうか。
安里 女性からしたら「そんなことあるんかい!?」って感じですけれど(笑)。現代でもホラー作品の監督は、男性が多いから、そういう男性の願望が定型化しているところがあるのかもしれないですね。

背筋著 KADOKAWA/1,430円
『近畿地方のある場所について』
背筋さんのデビュー作。現実と物語の境界を曖昧にした構成により恐怖がより身近なものに。自ら謎解きする感覚も味わえる。
女性のほうがビジュアルで幽霊らしさを出しやすい
――作品を作るときにジェンダーは意識しないというお話でしたが、あえて性別にこだわった作品はありますか?
安里 『劇場版 零~ゼロ~』(2014)という作品は、学校の寮で生徒が集団で呪いにかかるという話でした。このときは幽霊をホラーっぽい印象ではなくて、白昼夢のようなイメージで、美しく描写したかったんですね。それで男性ではなくて中条あやみさんをはじめ、少女たちをたくさん使って撮りました。
背筋 安里さんの話を聞いていて思ったんですけれど、女性の幽霊が多いのはビジュアルをつくりやすいというのもあると思います。女性は男性に比べると普段から身ぎれいにしていることが多いから、洋服や髪型などの装いを崩すことで奇妙さ、不穏さを演出しやすいんですよ。
安里 確かに髪の毛をボサボサにするだけで異常な雰囲気が出るし。
背筋 黒髪ロングの女性が前傾姿勢になっただけで不穏に見えてしまう。一方、男性の場合、服装では変化を出しづらい。だから日本の幽霊描写で男性が出てくるときは、だいたい制服を着ているんです。警察官とか警備員とか。
安里 女性の幽霊のほうが圧倒的にコスパがいいかも(笑)。小説でもそうですか?
背筋 私はデビュー作『近畿地方のある場所について』を書いたとき、女性の霊、男性の霊、子どもの霊と、あえてさまざまな性別・年齢の霊が出てくるようにしました。偏りがないほうが幽霊になった理由が多様になると思ったからです。
ただやっぱり文章でも女性のほうが幽霊らしさを描写しやすいんですね。白いワンピースの女性が泥だらけになって井戸から出てきた――と書けば、みんなが頭の中に同じ像を思い描くことができるけれど、男性だと服装ひとつとってもひと手間かかるように、段取りや説明が必要になるので。
安里 わかります。でも、女性の幽霊のほうが怖さを出しやすいからとか、それを狙って性別を決めることはないですよね。
背筋 ですね。あくまで描きたいテーマがあって、それを表現するにはどんなキャラクターがいいかを考えるのが先ですね。
――お二人が影響を受けたホラー作品で、ジェンダーの要素が感じられるものは何かありますか?
背筋 私はやっぱり映画『リング』(1998)です。主人公の女性は、呪いのビデオを観てしまった息子を助けるために、最後、恐ろしい決断をするんですね。一方、呪いのビデオに出てくる貞子も、生前は母との関係に複雑な事情を抱えています。母と子の絆の強さや歪みは、ホラーとすごく相性がいいなと思いました。
安里 『リング』は、原作の小説では父親が主人公なんですよね。映画では主人公を母親に変えたことで世界観がガラッと変わって、一気にホラー味も増したし、物語が普遍化したように感じます。
背筋 そうですね。父性が母性より劣るとか、そういうことではなくて、母と子が深い愛情のシンボルとして社会の中で記号化されているということでしょうね。
安里 私は黒沢清監督の映画『CURE』(1997)がすごく好きなんです。催眠術によって人々の心の奥底に眠る憎悪が呼び覚まされるというサスペンス映画です。その中に女性の医師が出てきて、小さい頃から「女のくせに」「女は男より劣っている」と言われ続けてきたために、潜在的に男性に対して憎しみを抱えていたことが催眠術で露わになっていくんですね。それがすごく真に迫っていて。ホラーやサスペンスは、人の心の闇を描きやすいんだなと思いました。
今の時代でも女性が生きる中で受ける圧迫感とか恐怖って、男性が受けるものより深いような気がするんです。いくら女性が強くなったとはいえ、体力的には男性に劣るし、暴力はやはり弱者に向かうので。
背筋 だから女性や子どもが追いつめられる場面に多くの人は共感するんでしょうね。それは母子の絆同様、時代を問わないものだと思います。とはいえ、ホラーにおける性別の役割が固定化されないように作り手は気をつけないといけないと思っています。
『CURE』
安里さんの師匠でもある黒沢清監督のサイコ・サスペンス。連続猟奇殺人事件を追及する刑事と、事件に関わる謎の男を描く。