妄想とアートの関係を描く型破りなドラマ、『アイ・ラブ・ディック』


『アイ・ラブ・ディック』なんて、まず挑発的なタイトルがいい! そしてクリエイターのひとりにドラマシリーズ『トランスペアレント』のジル・ソロウェイの名前が。原作がフェミニズム小説だと聞く前に、きっとセクシーで型破りなドラマなんだろうな、と思った期待は裏切られませんでした。とはいえ、観る人のユーモアや女性観をギリギリまで試すドラマかもしれません。

映画作家として行き詰まっている主人公のクリス(キャスリン・ハーン)は、研究機関に招待された学者の夫についていき、NYから砂漠の町マーファに移ることにします。その研究機関を牛耳っているのが有名アーティストのディック(ケヴィン・ベーコン)。カウボーイハットをかぶった男くさい彼にクリスは一目で惹かれます。彼女の性的ファンタジーは爆発し、それは停滞していた夫婦関係に火をつけ、さらにアーティストとしての欲望も一気に高まって、クリスはディックへの手紙を次々書きはじめるのです。

このドラマが面白いのは、誰と誰がくっついてどうなるのか、みたいなプロットは二の次で、性的欲望がアーティストをどう駆り立てるのか――がクリスを中心に描かれるところ。男性アーティストが女性のミューズを得て、作品をものにする姿はこれまでいろんな映画やドラマで見ましたが、その逆となるとあまりありません。

しかも、その姿が美化されていない。創造に思い悩み、ディックに悶々と焦がれるクリスはどこまでも生々しくて、滑稽なのです。昨年のイギリスのドラマ『フリーバッグ』でも、情けなくて痛くて、そこに共感してしまう女性主人公が新しいと思いましたが、『アイ・ラブ・ディック』は、それをさらにアートの世界と重ねているのがミソ。頭にも心にも響く、かなり大人向けのドラマです。


『アイ・ラブ・ディック』
クリエイター/サラ・ガビンズ、ジル・ソロウェイ
出演/キャスリン・ハーン、ケヴィン・ベーコン、グリフィン・ダン
Amazonプライム・ビデオにて配信中

映画ライター 萩原麻理プロフィール画像
映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。