【連載第2回】アートセレブのたしなみ/「リスクワインの会」

 所蔵作品2,000点にも及ぶアートコレクションで有名な精神科医・高橋龍太郎先生。実はアートだけでなくワインにもお詳しいという、アッパーな趣味を極めていらっしゃいます。その先生がアート関係の友人を招いて、ヴィンテージワインを飲み比べる「リスクワインの会」があると聞いて、お邪魔いたしました。その名の通り、保存状態が悪くて飲んだら当たりそうな危険なワインを皆で飲んで一体感を高める催しです。

 高橋先生のマンションを訪れると重厚感あふれるテーブルに10本ほどワインが並んでいました。Côte de Nuits-Villages、Charmes-Chambertin、Chateau HAUT BRION 、Château Margaux、Matanzas Creek Winery、Nichols Winery、PETRUS、Pinot Noir、CHATEAU CALON、Penfolds Grange、etc...。多分見る人が見れば、豪華なラインナップなのだと思います……。不肖私は貧乏性で普段ワインを頼むことがなく、赤ワインと白ワインとロゼの三種類しかわからないのですが、なんとなく「シャトー」という語感から貴族がお城で飲んでいそうなヴィジョンが見えます。

 まず、わりと新しめのCharmes-Chambertin2008から飲み比べスタート。このワイン会のために某レストランから派遣されてきたソムリエの男性がプロフェッショナルな手つきでコルクを空け、サーブしてくださいます。「ワインを飲む時は、向こう側に8回転、こちら側に8回転すると香りが広がるよ」と、高橋先生が教えてくれた通りやってみました。軽くこぼれましたが、それもまた香りが広がる感じです。

 一本目の皆さんの感想は……「フルーティで飲みやすいね」「まだふわって開かない」とのこと。若いワインはまだ固い蕾の味……女体のようです。
 

 次は絶対名前を覚えられなそうなCôte de Nuits-Villages (コート・ド・ニュイ・ヴィラージュ)1989。「粘着性があってグラスにまとわりついているね」「森の下草の香りがします」森の下草、たまに聞くワインの玄人っぽい表現です。こういう時に使うのだと心にメモ。フランスの森の下草はただの雑草ではなさそうです。

 

  そしてだんだんディープな領域に……。続いてCHATEAU CALON 1962という古いワインです。若干不安を感じていたらソムリエの方が「古いワインは消化器系に優しいので翌日残らないですよ」とのこと。飲んでみたら薬膳酒のような味わいでした。

 続いて1967年のChâteau Margaux。「香りがすごくいい。スモーキーです」という女性からの感想が。「味わいの半分以上は香りなんですよ」とソムリエ氏談。高橋先生も「素性が良いので飲めますね」と、結講手堅いです。「ボルドーの持っている固さがなくて広がりがあります」リスクワインの会と言いながら、どれも普通に芳醇なテイストです。素人として、ワインを飲んだら「広がりがありますね」と感想を言えば間違いないことを学びました。

 いよいよラベルがはがれて正体不明の緑色の瓶です。飲んでみて一同推測タイム。
「若い色してる」「メルローを感じますね」「ポムロールじゃない?」「ここまで熟成しちゃうとわからない」「昔の彼女と道ですれ違っても熟成しすぎてわからない、みたいな……」上品な大人のジョークも飛び交います。

 酔い覚ましにふと室内を眺めると、カラーボックスにさり気なく草間彌生氏の作品
が。 水玉や銀色の突起物が、まるで観葉植物のように飾られています。そして食器戸棚に森村泰昌氏の足の彫刻、村上隆氏の花のプリントなどがさり気なく置かれ、 アートが生活の中に自然ととけ込んでいます。廊下には合田佐和子氏の絵画、関根伸夫氏の彫刻作品などが展示されていました。その中で異彩を放っていたのは恐竜の卵です。「香港アートフェアの時に骨董通りで買った恐竜の卵です」と、高橋先生。次は恐竜の卵のコレクションが増えていくのでしょうか……。

 ワインやアート作品を買いはじめたきっかけについては、「20年ほど前は孤独で行くところがなくて……でもオークションは無名でも存在感を出すことができました」と、遠い目をする高橋先生。しかしそこで買った珠玉の品々がこうして人々を集め、社交の場ができたのだと思うと、貯金を溜め込んで孤独な人生よりも、いいものに投資してシェアする生き方の方が夢や希望があると感じました。手遅れになる前に、何か買っておきたいです…

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辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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