古代ローマのセレブのライフスタイルを疑似体験 #72

「ポンペイ展」に行ってから、ポンペイのことばかり考えています。古代ローマのタイムカプセルと呼ばれるポンペイは、西暦79年のヴェスヴィオ火山の大噴火によって、一夜にして火山灰に覆われて死の街になってしまいました。山から約10キロの距離だったそうです。

後世に発掘されたらあまりにも素敵な街だったということがわかり、世界的に注目されています。古代ローマのセレブが集まる避暑地のようなスポットだったとか……。そのポンペイの名品の数々を集めた「ポンペイ展」が東京国立博物館で開催されています(その後、京都、宮城、福岡に巡回予定)

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「俳優(悲劇の若者役)」「俳優(女性役,おそらく遊女)」劇場付近の住宅の庭園の入り口に飾られていた像。顔の表情が味わい深いですが、男女間に不穏な空気が漂います。

約2000年前のポンペイへのタイムトリップは、ヴェスヴィオ山の噴火のCG映像から始まります。ちょうど展示開幕直後にトンガの海底火山が噴火していましたが、人間は大自然の前には無力な存在であることが畏敬の念とともに実感できるリアルな映像でした。火山のCGの部屋に展示されていた「バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山」という62~79年に描かれた絵からしておしゃれで素敵で、導入から心がつかまれました。全身ブドウのワインの神バックスと、噴火前の峰が一つだった頃の山、ヘビや鳥たちが描かれていて、楽園のような豊穣な土地だったことが想像できます。

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「ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)」小さなヒョウとブドウの房を持った男性は酒神バックス。見上げるヒョウのなつき具合がかわいいです。
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「ブドウ摘みを表わした小アンフォラ(通称「青の壺」)」紺青色のガラスに白いガラスを重ねたカメオ・ガラスと呼ばれる技法で制作。ブドウ摘みやワイン作りに勤しむクピドたちの姿が精巧なレリーフで表現。訳2000年前に作られたものとはにわかには信じがたいです。
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「ビキニのウェヌス」沐浴する直前のウェヌスが着用しているのは金色のビキニ。こんなに優雅でおしゃれなビキニが約2000年前にあったとは。人の頭を手すりかなにかのように押さえたり、女神様としか言いようがない存在感。

さらに展示を見るうちに、当時弥生時代だった日本とは生活レベルや文化レベルが違いすぎることがわかってきて驚嘆。ポンペイの街は道路も整備され人口は約1万人。水道が整備され、公共施設、大劇場や円形闘技場、体育施設までありました。「スタビア浴場」というスパ的な施設やテイクアウトのデリもあったみたいで……もはやラクーアや東京ドームがある文京区のような暮らしだったのかもしれません。「水道のバルブ」も展示されていましたが、現代のものと比べても遜色ない精巧な作りでした。「フォルムの日常風景」という絵を見ると、ポンペイのフォルム(公共広場)で、布や鍋を販売したりしている日常のワンシーンが描かれていました。現代の朝市と大きく違うのは服装くらいです。

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ポンペイの住人は、製造業、建設業、不動産業、小売り業、飲食業、サービス業、その他肉体労働などに従事していました。銀行家の記録もあるので金融業も存在していたのでしょう。「パン屋の店先」という絵や、「職人仕事をするクピドたち」と題された、鋳造工、土地測量官、靴職人、家具職人などに扮したかわいい天使たちの絵も展示されていました。ちなみにパン屋は、ペリカン(都内の人気のパン屋)のように同じ形のシンプルなパンばかりが並んでいました。さすがに菓子パンやおかずパンまで発展していなかったようです。

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「料理保温器」鍋や水差し、皿など当時から多種多様な食器がありましたが、驚いたのはこちらの料理保温器。燃料を入れるための穴が開いています。今でもパーティ会場のビュッフェで使えそうです。
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「エウマキア像」ポンペイで活躍していた女性の像。広場に巨大な回廊を建造し、毛織物業者によって肖像が捧げられたそうです。服のひだの多さが布の面積を表し、セレブ感を匂わせているようです。

詩人や哲学者といった文化人もいた洗練都市ポンペイ。もしこの街にワープしたらどんな生業で暮らしていけそうか想像してしまいます。最初は奴隷からスタートでしょうか。ポンペイは貧富の差が大きい格差社会で、上流層は終身議員として活躍。住民の多くが自由民でしたが、1/4ほどは奴隷だったそうです。展示品には奴隷の足首を固定する拘束具もあり、過酷な境遇に思いを馳せました。でも、読み書きができたり有能で主人に気に入られたりすれば、奴隷の身分から解放されることも。

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「ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスの肖像付ヘルマ柱」。男性のシンボルについ視線が引き寄せられるシュールなデザイン。

「ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスの肖像付ヘルマ柱」はポンペイの金融業者の家から出土したもので、解放奴隷だった親族へのリスペクトをこめて作られたと推測されています。柱の上部に頭部が乗っていて、柱の中程に男性器がついているというシュールな像。男性のシンボルとして外せないモチーフだったのでしょうか。しかしポンペイの大理石やブロンズの像を見ると「ポリュクレイトス(槍を持つ人)」「擬アルカイック様式のアポロ」「食卓のヘラクレス」「ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)」など男性の像は総じて性器が控えめで気になります。「竪琴を弾くアポロ」などもて。一説によると古代はその方が知的で上品とされていたそうですが……。日本の浮世絵の春画と比べても価値観の変化を感じます。

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「踊るファウヌス」「ファウヌスの家」のアトリウムで発見された像。ギリシャ神話のサテュロスではないかという説もあります。本気の表情で踊っています。

ポンペイのタイムトリップは、せっかくなら富裕層の暮らしに感情移入したいです。ブルガリとかハイブランドで売っていそうなゴールドのヘビモチーフのアクセサリー、真珠のイヤリングや石付き指輪、カメオなどどれも精巧で美しいです。

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「猛犬注意」のモザイク画は、侵入者に番犬の存在を知らせます。黒い犬で目が血走っていてかなり危険です。

ポンペイには富裕層の豪邸もありました。通称「悲劇詩人の家」は、壁に神話が描かれていました。戸口のそばには「猛犬注意」と題されたモザイク画が。古代ローマでは、不審者を追い払うホームセキュリティの目的で、黒い犬のモザイク画が玄関前の床に飾られていたようです。現代だとセコムやアルソックのステッカーのようなもの。

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「ネコとカモ」猫好きには嬉しい作品。古代の猫もいたずら好きで食料庫でやりたい放題です。今回は「猛犬注意」の絵の方がフィーチャーされグッズ化していましたが……。

玄関を入ると「踊るファウヌス」の像がある「ファウヌスの家」は約3000平米のポンペイ最大の邸宅です。部屋の数も40以上……。ワニやカバ、カモにヘビとマングースなどが描かれた「ナイル川風景」、食材がバトルする「イセエビとタコの戦い」、戦争シーンを描いた「アレクサンドロス大王のモザイク」、猫が食糧貯蔵庫に忍び込む「ネコとカモ」などの緻密なモザイク画の傑作が飾られていました。これだけ発注できる財力も半端ないです。

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「スフィンクスのテーブル脚」古代エジプトのスフィンクスとはまた違った、様々な生物が合体しているスフィンクス。テーブルの脚とは畏れ多いような気も……。
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「ファウヌスの家」で発見された「ナイル川風景」。当時の動物を知ることができる貴重なモザイク画です。ヘビとマングースの対決はこの時代からあったとは……。

この邸宅で豪華絢爛で酒池肉林な暮らしを繰り広げていた上流階級のセレブも噴火で犠牲になってしまったのでしょうか。ローマ社会にはどの階層にも平等に死が訪れるというメメント・モリの思想があり、巨大なドクロとお金持ちと貧乏人のアイテムを描いたモザイクのテーブル天板「通称メメント・モリ」もポンペイで発見されています。誰もがいつか死ぬことを意識しながら、噴火のその時まで地上の楽園のような場所で暮らしていたのでしょうか。古代ローマのタイムカプセルは現代の人に様々なメッセージを伝えてくれているようです。どうせ死ぬんだから人生を楽しめ、ということと、自然の脅威を忘れるな、という教えを古代セレブの先人たちから受け取った展示でした。

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「炭化したパン」をモチーフに作られたクッションやポーチがショップで販売されていました。古代ローマの食生活を身近に感じることができ ます。

「特別展 ポンペイ

期間:〜2022年4月3日(日)
時間:9:30~17:00 (入館は閉館30分前まで)
休:月曜日、3月22日(火)※ただし、3月21日(月・祝)、3月28日(月)は開館

※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の状況により変更の可能性もあるので、公式HPなどでチェックしてください。

会場:東京国立博物館 平成館(上野公園)
東京都台東区上野公園13-9
https://pompeii2022.jp/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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