【マルタン・マルジェラ個展レビュー】『MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE』が語りかけるもの

1990年代からモードの最先端を走りながらも姿は一切明かさず、取材もほとんど受けなかったことで知られているマルタン・マルジェラ。2008年にファッション界を去るが、彼の視座や哲学は残されたアーカイブスや作品を通して解読を試みるものが後を絶えず、今もなお影響を与え続けている。2011年からアーティストに転向した彼の初の大規模個展「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」がついに東京で開催された。

1990年代からモードの最先端を走りながらも姿は一切明かさず、取材もほとんど受けなかったことで知られているマルタン・マルジェラ。2008年にファッション界を去るが、彼の視座や哲学は残されたアーカイブスや作品を通して解読を試みるものが後を絶えず、今もなお影響を与え続けている。2011年からアーティストに転向した彼の初の大規模個展「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」がついに東京で開催された。

INDEX

場所と作品の融合

【マルタン・マルジェラ個展】『MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE』 外観

会場となったのは登録有形文化財・九段ハウス。あいにくの雨のなか、皇居からほど近い立地の歴史的な邸宅で行われる内覧会に参加することができた。この展覧会ではマルジェラ自身が場所選びから参加し、作品の選定、会場設営、細かなディレクションまで携わっているという。地下1階から3階までの空間に24作品が展示されており、彼の姿は見えないが、隅々まで彼の美意識が貫かれており、どこかに彼がいるような親密さも感じられる。

マルジェラが作家として興味をもって取り組んでいる主題は人間の身体や痕跡、時間、不在について。本展を主催した群馬の現代美術ギャラリー「rin art association」の代表、原田崇人氏の解説によると、展覧会のために掲げた2つのテーマがあるという。1つ目は「オブセッション(執着)」、2つ目は「世界は仮固定」であること。思えば、彼が作っていた服を今でも私たちは大切に着ているし、彼の作る服は主体に合わせて変容してきた。そのことを改めて思い出させるテーマだと感じた。

「世界は仮固定」——制作途中の美「Grey Steps」

【マルタン・マルジェラ個展】実際のカーペットで表現された1枚の絵のような大型作品「Grey Steps」

1 Grey Steps Ⅰ& Ⅲ 2023 Carpet on canvas on wooden frame

「世界は仮固定」であるというテーマは、ドキュメンタリー映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』でも語られていた「work in progress(制作途中)」に美しさを見出したことにも通じる部分だろう。展覧会は彼のクリエイターとしての火種からスタート。1階のエントランスをくぐると、ビニールシートで養生された空間が目に飛び込んでくる。財界人であった5代目山口萬吉の私邸として1927年に建築された九段ハウスは当時の流行りをとりいれた洋風建築で、アーチ型のエントランスやゴシック調のアイアンワークが施された瀟洒な内観だが、あえてそれを覆い隠すことで、クラシックな洋風建築空間としての役割は取り払われ、何かの設営途中のようにも感じられる。出迎えてくれた作品は「Grey Steps」(作品No.1 No.3)。実際のカーペットの生地で構成されたコラージュは、さっきまで誰かが通ったかもしれないという想像力をかきたてられるものだった。

不在が語りかける「Phantom」

【マルタン・マルジェラ個展】そこに何があったのか思いを馳せる「Phantom」

Phantom XV(No Title)2000 Wood, paint white

「Phantom」(作品No.15)も不在を意識させる作品。白く塗られた壁や台座の上には何かがあった痕跡だけが鉄粉で描かれている。No.15のキャプションに「廃材の白い石膏の顔のない胸像。そこに巨大な叫ぶ口のカラーコピーが貼られている」とある。私たちは作品キャプションを読むことで、ここにあったものについて想いを馳せる。

匿名性が生む余白と官能「Barrier Sculpture」「 Barrier Mural 」

【マルタン・マルジェラ個展】工事現場のバリケードから生まれた「Barrier Sculpture」

9 Barrier Sculpture (Black) 2024 Polypropylene, synthetic fur
10 Barrier Mural (Black)  2024  Polypropylene, synthetic fur

前述の原田氏は「世界は仮固定」であることについて、「世界は無常であり、自分を固定しないことで自分の汎用性が生まれる」と語っていた。マルジェラ自身がランウェイコレクションを手がけていた頃、モデルの顔をウィッグで隠したり、街行く人をモデルとして採用したりと、服をまとう人の匿名性にもこだわっていた。そうすることで生まれる余白のなかに、見ている観客自身を投影できる面白さや見えない部分の官能性を提示するなど、ラディカルな手法をとっていた。今回の展示でも日常のものの見方を一変させる作品が多数ある。「Barrier Sculpture」(作品No.9 10)もそのひとつ。日常的に目にしている、どこにでもある工事現場のバリケードや柵をフェイクファーで包み込むことで、愛らしいオブジェにうつる。外にあるべきものが室内に侵入してくるアイデアにも驚いた。

「オブセッション」——髪と時間に宿る執着「Asian Black Head」

【マルタン・マルジェラ個展】アジア人の人毛を植毛したオブジェ「Asian Black Head」

4 Asian Black Head 2025 Silicone, natural dyed hair

日常にすこし違った視点を取り入れる彼のユニークさに触れる一方で、もうひとつのテーマ「オブセッション(執着)」は、彼の職人らしい側面を垣間見ることができる。「Asian Black Head」(作品No.4)はこれまで制作していた「Vanitas」を日本人の髪で作ったもの。シリコン製の球体に人毛を1本1本植毛したオブジェだ。経年変化を追って複数のオブジェを並べたものもあった。歳を経るにつれ、髪の毛は美しさを失っていくが、そこも含めて長い時間が経つことについての彼の静かな眼差しが提示される。

【マルタン・マルジェラ個展】長い年月を経て変わりゆく髪の色を、4つの球体で表現した「Vanitas Ⅱ」

5 Vanitas Ⅱ 2024  Silicone, natural dyed hair

見立ての名手、マルジェラ「Shore shoe」

【マルタン・マルジェラ個展】劣化した廃材のビーチサンダルにマテリアルを組み合わせた「Shore shoe」

13 Shore shoe 2022-2024 Washed-up plastic, reversible plexi glass case

長い時間を経たものに対する眼差しは「Shore shoe」(作品No.13)の一連からも感じられる。浜に打ち上げられたビーチサンダルとさまざまなマテリアルを組み合わせてプレキシガラスケースに収めることで想像上の靴が出来上がるという作品。マルジェラのアイコニックなタビシューズも日本を訪れていた際に職人たちの足もとをみて思いついたと言われているし、それを履いていた人への想像力や靴自体へのオブセッションを感じさせる一例かもしれない。このほかにも爪にフォーカスした「Black Nails Model」や人体の一部をかたどった「Torso」シリーズなども展示され、マルジェラの身体への独自のオブセッションを辿ることができる。

【マルタン・マルジェラ個展】「Black Nails Model」

12 Black Nails Model 2021 Nymphenburg porcelain,enamel

別の用途のものから新しい価値を見出してしまう“見立て”は日本文化に深く根付いている感覚だと思うが、マルジェラはまさに“見立て”の名手だと思う。そして、自らの手で触って、形をつくるという職人的な部分も日本人の共感を得る部分だ。この感覚を分かち合おうと、自身の内部に招き入れてくれるような展示を日本で開催してくれたことに嬉しく思いながら会場を後にした。

「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」
「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」

会期:2026年4月11日(土)〜2026年5月5日(火・祝)
会場:九段ハウス(東京都千代田区九段北1-15-9)
開館時間:10:00〜19:00(最終入場18:00) ※最終日のみ最終入場16:00/閉館時間17:00
観覧料:一般 ¥2,500/事前予約制 
photo © Pierre Anton

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