イスラエル軍による攻撃時だけでなく、昨年の停戦合意後も人道的危機が続くパレスチナ自治区ガザ。その経緯に関心が薄い人より、むしろ知っている人のほうが『ヒンド・ラジャブの声』を観るのを躊躇するかもしれない。2024年1月に起きた事件が衝撃的だったからだ。親族7人が乗っていた車が銃撃され、6歳のヒンドが電話で助けを求める一部始終を映画化したのはカウテール・ベン・ハニア監督。残された少女の声をそのまま使い、西岸地区の赤新月社で働く人々が彼女を救おうとするさまを再現した。
「当時ガザでは毎日虐殺が行われ、ネットにもひどい映像が次々と流れていました。でもヒンドの声を聞いてからはそれが私の頭から離れず、ネットで見ていた映像以上にガザで起きていることのメタファーに思えたんです。ガザは包囲されていて、誰も中に入れない。外側にいる私たちには人々が助けを求める声は聞こえても、何もできずにいると。彼女の声は私にとってガザの声で、不正や痛み、世界中の人々が感じている無力感を象徴し、怒りや行動することへの呼びかけでもありました」
これまでフィクションとドキュメンタリーを手がけ、その境界で実験してきた監督は、それらを両立するアプローチを取った。
「すべてはヒンドの声から始まり、私はその音声記録の周りに映画を構成しようと考えました。その声が"メインキャラクター"です。そして赤新月社の人々のリアルな音声記録を聞いたときに、その瞬間に戻るような感覚があったんです。私は感情的に時間を遡りました。そのときまさにヒンドは生きていたし、彼女を救う可能性は残されていた。過去を説明するドキュメンタリーを作るのではなく、彼女の声が発された、その瞬間に立ち戻ろうと思ったんです。俳優たちと話し合って、会話をセリフとして覚えてもらい、音声記録も渡しましたが、ヒンドの声は削除しました。撮影のときに、彼らは初めてそれを聞いて、応答したんです」
エグゼクティブ・プロデューサーにはブラッド・ピットやホアキン・フェニックスら、本作に賛同する人々の名前が並び、ヴェネチア国際映画祭ではグランプリを含む8冠を受賞した。
「彼らから資金的な援助は一切受けていませんが、この映画をニッチなものにしたくなくて。世界中で上映したかったんです。公開後、私はずっと映画の力について考えさせられています。本作はパレスチナに同情的な人たちだけでなく、何も知らない人たちやイスラエル支持の人たちにまで影響があるのを目にしたので。ガザでは死傷者の数が語られますが、数字は抽象的ですよね。人は数字を視覚化したり、感じたりしにくい。でもひとりの子どものストーリーを観れば、ほかの大勢の殺された子どもたちのことも想像できるんです」
最後に、ガザに関心はあるけれど、だからこそ『ヒンド・ラジャブの声』を観るのが怖いと思っている人へメッセージをもらった。
「この映画では一滴の血も流れません。生々しいシーンもないし、銃も出てこない。ただ人としての体験を伝えている。これまでいろいろな国でQ&Aをやりましたが、大勢が日本のアニメ『火垂るの墓』でも同じように感じた、と話してくれました。日本の人たちもすでに知っていることなんです。怖いものは直視するまで、ずっと怖いままです。直面して見据えれば、気持ちが落ち着くはず。この映画には本当に人を変えるものがあります。考えられる最善の形で」