ダブレットのデザイナー、井野将之が服作りにかける情熱の源とは。旧知のエディター、マスイユウが聞いた。
interview & text: Yu Masui photography: Takehiro Uochi 〈TENT〉, Ittetsu Matsuoka(集合写真) styling: Kaoru Watanabe
硬派な昭和男「ダブレット」のデザイナー井野将之は、あまり感情を表に出さない。しかし服作りには並々ならぬ情熱を持っている。そんな彼は昨年7月のパリ・メンズコレクションのデジタルスケジュールで2021年春夏の映像を公開、10月の楽天ファッション・ウィーク東京ではフィジカルショーを敢行した。フィジカルとデジタル、ふたつのプレゼンテーションを終えて大きな違いを感じたという。
「デジタルでの発表前は、フィジカルは狭く深い、デジタルは浅く広い海のイメージでした。でも配信を見るのはメディアや服に興味のある人のみで意外と少ない。一方でフィジカルの瞬間的な体験はそこで終わらない。その思いはジャーナリストの文章やSNSなどを通して、高い熱量で連鎖していきます」
メガブランドですらデジタルを通して、考えを伝えきれていないと感じる井野。コロナ禍で家族や友達と笑顔を共有できるよう、日常を描いた〝サザエさん〟的ムービーで’21 年春夏「なんでもない日おめでとう」を発表。そして東京ではパリとは違う方法で見せた と思い込ませる。実はゴーグルは目隠しでもあり、その間にフィジカルショーを準備。ちょっとしたハロウィンサプライズだったんです」
新型コロナの影響で縮小傾向だったハロウィンを、映像で楽しんでもらいたいとの思いも込められていた。さらに今回のショーでは、’21 年春夏だけでなく’20 年春夏や’20 -’21 年秋冬のアイテムも交えてスタイリング。
「コロナの影響を受けている取扱店をサポートしたかった。営業できなかった’20 年の春夏やまだお客さんが戻ってきていないであろう秋冬の在庫が少しでも売りやすくなればと」また、10月のショーに合わせて気になるコラボも発売された。そのお相手はロンドンベースの韓国人デザイナー、ロックだ。
「実は東京でジョイントショーをするはずだった3月に、発売予定でした。タイミングを逃してしまった商品にダメージ加工を加えたんです。自分の中で鮮度が落ちてしまったし、今欲しいものを届けたかった。ロックも『めっちゃいいね、兄貴!』みたいな感じで」
’18 年にLVMHプライズのグランプリと特別賞を受賞した間柄のふたり。以来お互いの展示会に顔を出したり、ダブレットのパリデビューではアドバイスをもらった。
「3月のショーの話が来たとき、誰とコラボしたいかと聞かれ、『ロック』がいいと返事。ジョイントショーでは互いのコレクションをミックスしてスタイリングする予定で、男性モデルがロックの服を着ることも考えました」
まったく違う服を作るふたりだが共通するものがあるのだろう。
共感を着ることや強い意志のある服がポスト・コロナのあり方だという井野。コロナ禍を経て感じたことを最後に聞いた。
「ズームの背景が選べるようにいずれ服も合成できて、画面上ではおしゃれに振る舞えるようになるかもしれない。けれど、服には着心地や肌ざわりがあり、何よりその服を着ていきたい場所や会いたい人がいるはず。そのときの背景や作り手の思い、購入した人の思い出がある服は、その感覚をより強く与えることができると思います。デジタルにはメモリーは作れるけど思い出は作れない。アナログからデジタルには移行できるけれど、デジタルをアナログには変換できない。モノ作りをしているひとりとして、工場の職人さん、取引先のお店や店頭のスタッフ、そして自分のチームと協力し、できるだけアナログな方法に取り組んでいきたい。そこに生まれるエネルギーこそがファッションの強さだと思うんです」
エディター YU MASUI
井野将之●2012年に自身のレーベル 「ダブレット」を設立。’18年にLVMHヤ ング・ファッション・デザイナー・プ ライズのグランプリに。’20年春夏メン ズコレ期間中にパリで初めてのプレゼンテーションを行なった。