INTERVIEW 玉城絵美さんに聞くボディシェアリングの可能性

他者と体の感覚をシェアするという「ボディシェアリング」は、玉城絵美さんが作った造語でもある。本当にそんなことは可能なのか。また、それによって社会はどう変わるのだろうか?

ボディシェアリングの概念は、10代の入院経験から生まれた

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 ボディシェアリング(身体共有)という独創的な研究で、世界から注目されている工学者の玉城絵美さん。そもそもどんな研究なのだろうか。
「今私たちの社会では、新聞、テレビ、ソーシャルメディアといったさまざまな媒体を通じて、視覚や聴覚に訴える、たくさんの情報が共有されていますよね。そんな中で新しいメディアの技術として、体の動きや感覚までも共有しましょうというのが、ボディシェアリングの概念なんです。方法としては、人の動きを電気信号化してコンピューターに取り込み、それを第三者に伝えるというものです。他者と体の感覚をシェアすれば、同じ80年の人生でも経験を2倍、3倍に増やすことができる。誰もがより豊かな人生経験を得られるようになると考えています」
 このような発想に思い至ったのは、実は玉城さんが10代の頃、病気で長く入院していた経験が関係している。
「入院中は外出もできなくて退屈ですし、楽しみにしていた家族との海外旅行にも行けず、とても残念でした。外部と映像や音声のやりとりはできましたが、物理的なインタラクションがないので、物足りなさを感じていたんですよね。たとえば私が木をさわったら、木からしなりが返ってくる――というように、自分が外部環境に作用したら、その反応が返ってくるという感覚が体験には必要だと感じました。そういうシステムやサービスを探したのですが、当時はまだなくて、自分で研究するしかないと思いました」
 こんな切実な思いから誕生したのが、人間の手指をコントロールする装置「ポゼストハンド」だ。電極のついた二本のベルトを腕に巻きつけ、筋肉に電気刺激を加えることで、手指を自在に動かすことができる。東京大学大学院在籍中にこの装置を開発し、世界の注目を集めた。
「この機能を使うと、たとえばサクソフォンができる人の手の動きを電気信号として伝えることで、サクソフォンの演奏をしたことがない人も『このように指を動かせば演奏できるんだ』ということを体験することができます。琴も実験ではミスが少なく、指の動きをうまく教えてくれますが、楽器によっては難しいものもあり、ピアノは研究段階です。ピアノは弾くときに結構腰を使うので、今はまだ短い音域しかできません。
 また達人の手の動きをデータベースに入力することは可能ですが、彼らの手の腱や筋肉の動きは特別に訓練されたもので、言ってみれば、スーパーハイスペックロボットアームみたいなもの。一般の人にその信号を伝えても同じようにはできません。私はマジシャンの手の動きをシェアしたことがありますが、やはり手がつりました(笑)」

 

時間や空間、身体の制約がなくなる未来を目指したい

 もともと動きがとても複雑といわれる手指。その感覚を再現するうえでは、さまざまな苦労があったという。
「みなさん、手の感覚というと、手ざわりとか温度とか、“触感”のことを思う方が多いと思いますが、その前に“固有感覚”がとても大事になります。固有感覚とは重量感覚や抵抗感覚、位置感覚のことで、固有感覚がないと、抵抗を感じられないので、物をつかんだり、持ったりする感覚が得られないんですね。
 現在、固有感覚はかなり再現できるようになりましたが、30gくらいの軽いものになるとなかなか感知が難しい。スマホが1台なのか、2台なのか、その差はわかってもタブレット菓子くらいになるとわからなくなるので、そこが今後の課題です。また、現段階では、ふわふわしてるとか、温かいというような触感の部分はシェアできないので、そのあたりの研究が進んでくれば、体験はよりリアルで臨場感のあるものになると思います」
 研究はまだ道半ばだが、少しずつその機能は、私たちの生活に入ってきつつある。特にゲームなど仮想空間との相性は抜群で、最新のプロダクト「ファーストブイアール」(1)は、自らの手や腕の動きで、VR(バーチャルリアリティ)空間を自在に操作することが可能だ。
「VRの中でバーチャルキャラクターになって、さまざまな冒険を経験することができますし、なかには動物と体験を共有するという商品も開発されています。たとえば『アンリミテッドハンド』(2)を使い、牛の体と同調させて、授乳を体験できるというコンテンツがあります。私も試してみたのですが、おなかが搾られるような感じで、本当に牛になったような気分になりました。とんでもないことを考える人がいるなと思いました(笑)」
 こうした技術を使って、玉城さんが目指すのは、「時間や空間、身体の制約がなくなる未来」だ。
「ボディシェアリングの研究が進めば、東京の研究室にいながら山登りが楽しめたり、病院のベッドにいても犬と遊んだりできるようになるかもしれません。場所や時間、性別や年齢などに関係なく、誰もが自由にいろいろな経験ができる――そんな平等な社会を作りたいと思っています」

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1 一般にも発売されている「ファーストブイアール」
2・3 「ポゼストハンド」を進化させた「アンリミテッドハンド」。開発者向けのもので、センサーによって筋肉の動きを感知し、電気刺激によって触感を再現する。3は筋肉の動きの入出力を行う部分

たまき えみ●1984年、沖縄県生まれ。2006年に琉球大学を卒業後、筑波大学大学院、東京大学大学院学際情報学府でロボットやヒューマンインターフェースの研究を行う。’11年には「ポゼストハンド」が『TIME』誌の「The 50 Best Inventions」に選出される。’13年、早稲田大学人間科学学術院助教に就任。H2L株式会社の創業者、主任研究員でもある。

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