動画での表現力がものを言う、パリ初のデジタル・ファッションウイーク

7月前半、パリ初のデジタル・ファッションウイーク(以下FW)が開かれました。興味深いことに、オフィシャルの日程(6〜8日がクチュール、9〜13日がメンズ)の前後を彩ったのは、若手による実際のショー。まずは5日、前夜祭のごとく、バルマンのクチュールが発表されたのです。ランウェイはセーヌに浮かぶ船。河岸からは、ソーシャル・ディスタンスを保ちつつ一般客もショーを観られるという形式で。

翌日6日には、ナオミ・キャンベルによる“開会宣言”と共に、デザイナー協会によるデジタル・プラットフォームがオープン。会期中は協会のカレンダーに従って次々ブランドの動画が解禁となりました。ルックブックからイメージビデオ、ミニ・ショーまで、形態は様々。中でも面白かったのは、ショー形式で見せたヴィクター&ロルフです。ミュージシャンのミカによるナレーションでは、まるでスポーツの試合の解説のようにアップテンポの口調でそれぞれのドレスが語られたのでした。また、1月に盛大なさよならショーを開いてコレクション展開にピリオドを打ったジャンポール・ゴルチエは、オンラインで返り咲き。自社ビルの内外でクチュールのアーカイブスを若手のモデルやトランスジェンダーがまとって遊ぶというシナリオの、破天荒なビデオを発表しました。私の一番のお気に入りは、オリヴィエ・テイスケンスをアーティスティック・ディレクターに迎えて初シーズンの、アザロ。協会のサイト掲載のインタビューを読むと、フィーチャーしているのはベルギーのアンダーグラウンド・ミュージックシーンの新生、Sylvie Kreusch。ビデオクリップの形式のプレゼンテーションでは、オリヴィエがアップデートしたアザロのアイコニックなドレスの数々を彼女がまとい、「Seedy Tricks」という曲を歌います。映像ディレクターはなんと、Lukas Dhontではないですか!2年前に性同一性障害のダンサーの苦悩を描いた映画「Girl /ガール」でカンヌ映画祭「ある視点」グランプリを獲得した監督です。彼による幻想的な動画は、何度見ても飽きません。

クチュールに続いたメンズのデジタル・ファッションウイークでも、私はコレクションそのものよりもビデオのアート性に注目してしまいました。そんな視点で見た主観的なベストは、若手のアーネストダブルベーカー。癒される鳥のさえずりと花のクローズアップに始まり、ノスタルジックな映像を絡めつつきちんとルックを見せているのですから。

その他、協会のプラットフォームではデザイナーのインタビューからこの時期に出た雑誌の抜粋など、周辺素材が盛りだくさん。なかでも面白かったのはジョナサン・アンダーソンが封鎖時期〜その後を語るインタビューや、デヴィッド・シムズの動画ポートレート集、“ルーブル美術館抜粋作品に見るファッション”のビデオなど。

こうしてパソコンやスマートフォンに釘付けになった1週間強から3日経った今日、ほんの一握りのゲストを迎えてパリ郊外の麦畑で開かれたジャックムスのショーで、デジタルFWは幕を閉じました。9月には半年ぶりに、実際のFWが開かれる予定です。

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ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

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