ギンズバーグさん、こんにちは

 ビート文学がカッコいいらしいという不純かつ真っ当な動機でギンズバーグをかじって挫折した過去があります。翻訳された詩は、韻もリズムも変わってしまい、言葉の手触りや芳醇な意味も薄れ、日本人には時代背景もよく分からない。つまりは受け入れるこちら側の素養が圧倒的に不足しているから仕方が無い。英語の勉強をしなければ、などと挫折の理由をこねくりまわしていたら、すべてを飛び越えて、しかも最高のやり方で飛び越えて、きたんですよ。ギンズバーグさんが。

 先日、フィリップ・グラスとパティ・スミスによる「THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ」を見てきました。現代音楽の巨匠フィリップ・グラスの曲にのせて、パンクの女王であり詩人のパティ・スミスが、アレン・ギンズバーグの詩を朗読。日本では村上春樹と柴田元幸による新訳がつく贅沢な仕掛けで、満席の会場には尖った若者カップルもいれば上品な白髪の紳士の姿もある不思議な光景が、開演前から公演のユニークさをうかがわせていました。

 舞台に登場した二人は、スクリーンに映し出された写真のギンズバーグに挨拶して、パティが短く親しみのあるトークをしたあとオバマ大統領の広島訪問に触れて反戦を語り、そして、詩の朗読が始まりました。

 
スクリーンには日本語訳。耳にはパティの声、グラスのピアノ。パティ本人がまさに「『THE POET SPEAKS』は音楽、朗読、翻訳が、錬金術のように反応を生み出していくもの」と表現している通りに、三者が聴く人のカラダの中で混ざり合って反応を起こしていく。パティの朗読は、詩の「音」の側面と翻訳でこぼれ落ちてしまう意味の広がりを捕まえ、でも技巧的ではなく、まっすぐ、力強い。しかも69歳(!)の、鎧を必要としない開け放った姿には、強さとともに確かな可愛さがあって、チャーミングで見ていてキュンとするほど。グラスのピアノは、これまた79歳(!!)とは思えない鮮やかさでもって、今そこで音楽が生まれているというリアルな響きを会場いっぱいに。加えて、素晴らしい翻訳。

 個人的には「ウィチタ渦巻きスートラ」がいちばんで、一言でいうと涙腺崩壊でした。ギンズバーグの代表作のひとつ「吠えるへの脚注」では、詩の一節に「Holy Tokyo!」と特別なアレンジを加えて朗読され、その瞬間に会場の温度が上がったのが分かり、ラストはパティが手に持って朗読していた紙を天に投げて最高潮をむかえ、拍手が沸きあがりました。

 終演後、
言葉を伝える/受けとることはこんなにも可能性があるのだなと幸せな気持ちで、歳をとったらパティ・スミスのような白髪のロングヘアにしようと考えながら家路についた夜でした。

 

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エディターIWAHANA

日々、モード修行中。メンズとレディースを行ったり来たりしています。書籍担当。どうぞよろしくお願いします。