2026.05.20

相撲界の鉄人も夢中! 玉鷲一朗関や中田クルミさんが語る手芸の魅力

自らの手で何かを生み出す、手芸の魅力に取りつかれた人たちに、創作について聞いてみた。いつの時代も色褪せない、ハンドメイドの世界へ飛び込もう

自らの手で何かを生み出す、手芸の魅力に取りつかれた人たちに、創作について聞いてみた。いつの時代も色褪せない、ハンドメイドの世界へ飛び込もう

INDEX

1.【手縫い・編み物】玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)

玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)

所属する片男波部屋の稽古場にて。制作中の「いもむし」の編みぐるみを掲げる玉鷲関。完成したら、次はアゲハチョウに成長した姿を刺しゅうかタペストリーで作りたいと構想中

玉鷲関は、41歳の今も活躍する現役最年長の幕内力士。19歳での初土俵から、怪我などで休まず出場していること自体、相撲の世界では考えられないくらいの偉業だ。"鉄人"と呼ばれ尊敬されているが、実は趣味が手芸という意外な一面も。途方もない完成度の高さと可愛らしさで注目を集めている。

「去年の冬、公園でいもむしを見つけて、それが蝶々になったんです」

玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)

1・6 「いもむし」の編みぐるみパーツを編み上げる玉鷲関。相撲では強烈な突きを繰り出す指先はかぎ針を持つと超・器用!

玉鷲関がただいま制作中の編みぐるみのモデルは、アゲハチョウの幼虫。自宅に連れ帰り、家族で世話をして成長を見守った。サナギから蝶になって1カ月も生きたのだそう。

「家族の一員になったよね。2週間しか生きられないと聞いていたけど頑張ったの。最後はおじいさんだよ、死んだときはみんなめっちゃ悲しくて」

玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)の手芸作品

2 これまでの手芸作品の数々。右上から「100万円入る富士山柄ポーチ」、部屋の若い衆にプレゼントした「ペンギン」と初期作品の羊毛フェルトの「パンダ」、「カルシファー」のマスコット、「化粧まわしポーチ(裏側)」と「家族の似顔絵マスコット」、玄関マットを作るためのパーツとして試作した「まっくろくろすけ」。妻のミシェルさんとふたりの息子、テルムンくんとエレムンくんへの愛が詰まっている

それで、元気だった頃の記憶を作品として残すことに。手芸好きのSNSアカウントを見ながら、色合わせやデザインを考え、かぎ針編みも独学で手を動かしながらマスター。目の前で足のパーツを編んで見せてくれた。189㎝、176㎏の関取の大きな手から、小さな編み玉が次々と生まれてくる!

「やり始めたら周りが全然見えなくなっちゃう。だから家族と一緒のときよりも、地方場所や巡業で一人の時間にやりたいね。自分、あんまり飲み歩かないんで」。夜中の2時、4時まで熱中することもあり「時間を忘れすぎて相撲に影響しちゃう」と笑う。しかも既存のパーツや型紙などを使わずに、一から作るのが玉鷲流だ。家族の顔そっくりにキャラクター化したマスコットや、化粧まわしと自分のお尻を裏と表に描き出した小物入れ、100万円分のお札を入れたくて作ったポーチは、パッチワークの配色もオリジナル。思いつくアイデアから形にするまで、遊び心が詰まっていて抜群にセンスがいい。

玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)の裁縫セット

3 地方場所や巡業に「自分の荷物に入れて持って行きます」という裁縫セット。道具の大部分が100円ショップで買ったもの

「小さい頃から想像して作るのが好き。発明家にもなりたかった! ものを見て、どうやってできているのかを自分の頭の中で組み立てて、失敗していいから作ってみる。完璧にしようとか、お手本通りにしなきゃと思うと、もう楽しみではなくなってきますね。あと、人のことを観察するのも好きなんです。服とか持ち物を見て、これ作れるなとか、この人はこれが好きで、こんなことで笑顔になるんだな、とか、楽しんでる」と玉鷲関。相撲の取組でも同じ? とたずねると「相撲は全然逆なんですね。違う世界ですね。自分AB型なんですよ。だからもしかしたら、裏と表がある」とニヤリ。

玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)の手芸作品「化粧まわしポーチ」
玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)の手芸作品「化粧まわしポーチ」

4・5 話題になった「化粧まわしポーチ」の裏と表。大相撲の幕内土俵入りのときの、玉鷲関自身の下半身(笑)を忠実に再現!

そんな玉鷲関に、いつも健やかでクリエイティブでいる秘訣を聞いた。

「自分で見て感じて、匂いを嗅いで、音を聞いて、口で食べて、ちゃんと体鍛えて、これが全部できてるだけで幸せだと思うこと。毎日お水が出て、お米を食べられるのが"普通"ってことが恵まれてる。あとは素直でいることですね。41歳なのに10歳と同じだと勘違いしない。41歳はどう楽しめる?っていつも考えていると落ち込まないし、やりたいことがどんどん思いつく」

体と心で実際に感じる確かな喜びが幸福だと語る、太陽のようにでっかくて温かい答えが返ってきた。

玉鷲一朗関(大相撲力士・片男波部屋)

観察して想像するのが楽しみ、と語る
相撲界の器用すぎる鉄人!

玉鷲一朗関プロフィール画像
大相撲力士・片男波部屋玉鷲一朗関

たまわし いちろう●1984年生まれ。モンゴル・ウランバートル市出身。2003年に来日し、相撲未経験で入門。’04年1月場所の初土俵以来、通算連続出場回数1778回でギネス世界記録を更新中。幕内優勝2回。

2.【編み物】中田クルミさん(俳優)

中田クルミさん(俳優)

正方形にモチーフを編み、それをつなげて作品を作る。中田さんは色の組み合わせなども日々研究している

取材当日、自身が制作したニットアイテムをスーツケースいっぱいに持ってきてくれた中田クルミさん。かぎ針編みの魅力にハマってから10年以上がたっているという。

「2015年頃に事務所を移籍して、プライベートでも変化がありました。キャリアが変わるタイミングで時間ができたんです。その頃にイラストレーターの友達が、Instagramでグラニースクエアというかぎ針で編む四角いモチーフをアップしていたのを見て、作り方を教わりました。『YouTubeを見ると簡単に作れるよ』とアドバイスしてもらって。グラニースクエアを600枚作って、つなげたソファカバーが初めての作品でしたね」

中田クルミさん(俳優) 自作のニットキャップやビスチェなど

7・8 中田さんが普段のスタイリングにミックスしている自作のニットキャップやビスチェなど。モチーフ編みはもちろん、くさり編みのアイテムも色合わせがきれい。普段からオンラインで毛糸をチェックしつつ、海外に行くと必ず大量の毛糸を入手している

ひとつ完成したところで勢いがつき、気がつくとブランケットや帽子、植木鉢のハンギングカバーに至るまで身の回りのものをひと通り編むように。一番身近な洋服を作って着たいと思うのも自然な流れだった。

「ハイブランドのコレクションを見ているとインスピレーションが刺激されますね。もしかしたら自分でも作れるかも、と参考にすることも。どんなブランドでも誰かがこうして手で作っているのだと想像するようにもなりました。かぎ針編みを始めてから、手の込んだ洋服の価値がわかるようになりましたし、自分で使うものを自分で作ることの大切さを感じます」

中田クルミさん(俳優) 自作のセーター

かぎ針編みの世界に夢中になったのには、携帯しやすい手軽さも理由のひとつと教えてくれた。

「たまたまグラニースクエアからかぎ針編みを始めたのですが、とにかく道具があればどこでも作業できるのが続けられている理由のひとつですね。撮影中の待ち時間でも、移動中でも巾着にかぎ棒一本と毛糸、小さなハサミを入れておけばどこでも始められるんです。パーツを作っておいて、家に帰ってからつなげていけばいいだけなので。編み物をしていると、ぐちゃぐちゃだった自分の気持ちが整理されていって、ひとつの作品になったときにスッキリするんです。海外の俳優さんが『編み物をするのはヨガと一緒』と言っていましたが、納得できます」

中田クルミさん(俳優)の編み針やハサミ

9 小さなポーチに編み針やハサミを入れて携帯。どこでもできるのが編み物のよさ。いつかは映画館でみんなで映画を観ながら編み物をするのが夢。初心者にもおすすめの毛糸は「EVERY DAY」だとか

プロ並みの腕前に商品化を望む声もあるというが、そこは慎重に考えているのだそう。

「自分が作ったものに対して値段をつけるのが難しくて。普段使いできるけど時間もかかっているし。手が込んでいるものだから、いつか作ったものをまとめてアートのように見ていただける機会があるといいなと思っています。将来的には、かぎ針編みをできる人が集まってみんなで編む運動が広がってほしいと思っているんです。五輪で、フィンランドの選手たちが思い思いのモチーフを作って、会期が終わる頃にそれらを組み合わせてひとつの作品にしていたのを見たことがあって、憧れています。自分の気持ちを整えて、メンタルを保つのに役立つので広まるとうれしいですね」

ニットブームの立役者は
台詞の暗記も編みながらこなす

中田クルミさんプロフィール画像
俳優中田クルミさん

なかた くるみ●1991年生まれ。NTV『ブラッシュアップライフ』、TBS『フェイクマミー』、ABC『50分間の恋人』、FOD『こないだおばさんって言われたよ』など、数々のドラマに出演。

3.【ミシン洋裁】コカド ケンタロウさん×塚本直毅さん(お笑い芸人)

コカド ケンタロウさん×塚本直毅さん(お笑い芸人)

——二人ともミシンを始めたのはコロナ禍。ただしたどり着いた理由は180度違うという。

コカド 自分は40歳のときに没頭できる趣味を見つけたくて、ゴルフとかギターとかいろいろ試したけどハマらんくて。でも、服が好きだし手を動かすのも得意だからミシンに挑戦したら、すぐに夢中に。バッグ作りから始めて、手が止まらなくなった。

塚本 たくさんの趣味の中から選び抜いたんですね。僕はまったく逆。相方がコロナに感染して10日間休みができたときに、テレビゲームで遊び倒そうと買いに行ったら、たまたま真っ黒のカッコいいミシンを見つけたから購入して。

コカド ゲームの代わりなんや!

塚本 サイズアウトしたTシャツを家にたくさん保管していたので、10日間で35着リメイクしました。

コカド イカれた才能あるやん(笑)。

コカド ケンタロウさん×塚本直毅さん(お笑い芸人)のジャケット

10 古着のMA-1とハンティングジャケットをそれぞれ袖つけ辺りで裁断し、ドッキング! 「胸と腰のポケットは一度外してつけ直すなど細部にもこだわった一着です」(Made by 塚本さん)

——それからコカドさんはSNSでつながるファンや知人から洋裁と型紙を学び、服やバッグを生地から仕立て始める。一方塚本さんは、お気に入りの服のサイズ調整やドッキングなどリメイクの方向で経験を重ねていく。独自の感性で制作した作品を見せ合いながら、気になるポイントの質問を交わす。二人に幸せそうな笑顔があふれる。

コカド ミシンを始めたら無敵感が出ましたね。「これさえやっておけば、きっとずっと幸せに過ごせるんやろな」というものをひとつ生活にプラスできたから、仕事で失敗したり悩んだりしても全然心がブレなくなった。

塚本 わかります! 芸人なんて不安定な仕事だから、夢中になれるものに出合えた時点で幸せ。しかも、ミシンは電子機器だけど、"デジタルデトックス感"もあるし。コカドさんの作品を見て型紙、勉強したくなりました。

コカド ケンタロウさん×塚本直毅さん(お笑い芸人)のブランケット

11 「愛娘が幼少期に着ていた服を使ってブランケットに」。表は正方形にカットした生地をパッチワークにし、裏は市販のガーゼの布巾を採用した(Made by 塚本さん)

コカド むしろ型紙じゃなく直感でここまで作れる塚本のほうがすごいやろ。うちらみたいに服が好きな人にとって、洋裁って楽しい瞬間だらけよね。縫ってるとき、出来上がったとき、着たとき、人にあげて喜んでくれたときなど。

塚本 服に愛着が湧きますし、相手への愛情も伝わると思うんです。

コカド 既製品も買うけど、今はものづくりの楽しい時間を誰かにやらせるなんてもったいないって思っちゃう。

塚本 そこまで行っちゃったか(笑)。

コカド ケンタロウさん×塚本直毅さん(お笑い芸人)のジャケット

15 ハワイ旅行でお気に入りのナイロンジャケットを紛失したのでオリジナルで製作。「気分が落ちたけど、『作ればいいや!』と一瞬で心のダメージを回復できました(笑)」(Made by コカドさん)

コカド 服に限らず何か買いたいものがあったら、まずは「これ自分で作られへんのかな」って思うようになりました(笑)。同じく服が好きな芸人仲間のネゴシックスに教えてもらって、シルクスクリーンプリントでオリジナルのTシャツも作ったし。

塚本 手芸をやっていると周りに仲間が増えるし、実はそんなにお金をかけずに自分で作れるものが多いって気づく。好きなものへの視野が広がります。

コカド そうね。梅干し、味噌、野菜も作れる。ネギとかはもう全然、ね。

塚本 「ネギとかはもう全然」? ホント、どこまで行くんですか!(笑)

コカド ケンタロウさん×塚本直毅さん(お笑い芸人)のバックパック

16 塚本さんも驚いた、完成度の高いバックパック。「いろいろなモデルを研究して完成。手作り感をなくすためにコーデュラナイロンを使いました」(Made by コカドさん)

服が好きな人にとって
洋裁は楽しい瞬間だらけ

コカド ケンタロウさんプロフィール画像
お笑い芸人コカド ケンタロウさん

こかど けんたろう●1978年生まれ。2005年に中岡創一と「ロッチ」を結成。愛機はJUKIの職業用ミシンとロックミシン。自分にベストな形のジャケットやパンツの型紙を作り、生地を変えて仕立てるという洋裁強者。

塚本直毅さんプロフィール画像
お笑い芸人塚本直毅さん

つかもと なおき●1984年生まれ。2009年に溜口佑太朗と「ラブレターズ」を結成。「キングオブコント2024」優勝。JANOMEの家庭用ミシン、babylockのロックミシンを操る。刺し子も好きで推しは「サシコギャルズ」。

4.SPUR手芸部員が気になっている編み物教室「AMIt」って?

「ピリングス」のデザイナー・村上亮太さんが主宰する「アミット」は神戸のニット工房「アトリエ K’sK」とタッグを組み、編み物の基礎から素材研究、作品発表などを通して、ニットの可能性を探るニットスクール。卒業生の中にはアーティストとして独立する人も。現在は8期生を募集中だ。

AI時代へのカウンター。 手編みの強さを広げていく

Nagisa Yamamotoのセーター

17 4本の袖のあるセーターを作成したNagisa Yamamoto。初めて編み物に挑戦し"手もとの作業に適した袖"がテーマに

「ピリングス」を率いる村上亮太さんが2020年に立ち上げた編み物教室「アミット」が話題だ。

「僕たちのブランドのハンドニットの分野を任せている『アトリエ  K’sK』という会社があり、そこの職人さんたちは普段から地域向けの編み物教室をやっているんです。そういう場だと仕上がりのきれいさや編み図を正確に表現することが目的になるのですが、もう少し編み物で自由な創作ができないかなと思っていて。僕自身は編み物ができないので『アトリエ  K’sK』と一緒にアミットを始めました」

編み物教室「AMIt」の作品展

18 1年に一度行われる作品展の模様。村上さんとの対話を経て生み出される自由な発想で作られる作品が並ぶ

ホームページはないがInstagramで参加者を募っており、卒業展示の作品も見ることができる。謎に包まれたスクールの中身について聞いた。

「基本的には1年間を通して、編み物で作品をひとつ作るというのがゴール。1回につき4時間ほどの授業を年間で11〜12回行います。ベースとなるカリキュラムは決まっていて、1回の授業で前半はデザインやクリエーションについて学び、後半は実技です。生徒のレベルは服飾の専門学校生、未経験者、街の編み物教室の先生、とさまざま。最初はワークショップのように同じモチーフを描いてみる、という日もありますね。授業を通じて、ものづくりって意外と自由なんだよということを伝えたいんです。そういう入り口になるような機会をつくりたいですね」

編み物教室「AMIt」の授業風景

19 アーティストの江頭誠さんを迎えた授業風景

編み物教室「AMIt」の卒業生アーティスト、ポルトニットの作品

20 ニットの編み地の中にコブを入れてリズミカルなフリンジを生み出した卒業生アーティスト、ポルトニットの作品。私生活でも2つ揃えることにこだわり、卒業制作も2体分の作品を作った 

村上さん自身もユニークなファッションスクール「ここのがっこう」を卒業し、講師を務めている。教える時間も好きなのだそう。

「1年の最後に作品展をやることは決まっています。最初の1年で学んだあとに、もう少し続けたいという方たちのために次のクラスも用意しています。基本は一対一で教えるのですが、人によって向き合い方や学びたいことが違うので、結構大変なんですよ(笑)。でも続けているのは、こちらもすごく勉強になるから。洋服のデザインからものづくりへの向き合い方までひと通りを教えていますが、僕自身ができていないことに気がつくんです。だから、教えるというよりはアシスタントをしているという感覚が近いです」

編み物教室「AMIt」のアトリエ風景

21 アトリエの片隅では、常に誰かが編み物をしている。別注コラボの試作中

卒業生は洋服ブランドに就職したり、舞台衣装のクリエイター、趣味で続ける人、とさまざま。アナログなハンドニットの魅力を介して出会った人々とのつながりは今も途絶えない。

「ピリングスの別注制作などを手伝ってもらった方もいます。生徒たちと関わってみて思ったのは、今の若い人たちがクラフトに興味を持つのは、彼らはデジタルネイティブだから。手で作ることが結構カウンターカルチャーになっているんですよね。僕らの世代では当たり前だったことが今は新鮮に映っているのではないでしょうか」

編み物教室「AMIt」のアトリエ風景

22 ピリングスのコレクションピースが並ぶアトリエの一角

村上亮太さんプロフィール画像
ピリングスデザイナー村上亮太さん

むらかみ りょうた●1988年、大阪府生まれ。上田安子服飾専門学校を卒業後「ここのがっこう」を経て、2014年にRYOTAMURAKAMIを設立。2021年に「pillings」とブランド名を変更。全国のハンドニッターとともにハンドメイドの美しさやぬくもりを伝える。