手仕事のぬくもり、自然の飾らない様子。加速するデジタル社会の中で、人々を魅了したのは正反対のオーガニックな美しさだった。人間賛歌や自然回帰を目指したデザイナーたちが生み出した、新たなファッションを見つめて

2026.08.21

デジタル疲れの時代に。2026-27年秋冬ファッションは「自然回帰」へ

手仕事のぬくもり、自然の飾らない様子。加速するデジタル社会の中で、人々を魅了したのは正反対のオーガニックな美しさだった。人間賛歌や自然回帰を目指したデザイナーたちが生み出した、新たなファッションを見つめて

INDEX
2026-27年秋冬のMIUMIU

MIU MIU
会場を覆った青々とした苔の上を、裸足のモデルが闊歩。その演出から、「touch grass(ネットばかり見ていないで外へ出よう、という意味のスラング)」というメッセージを感じ取れる。ミウッチャ・プラダは、人間の本質的な体や心を愛するための衣服を提案した。

スクリーンから離れて人間賛歌、自然回帰の流れ - Tiffany Godoy

2026-27年秋冬のシャネル、クロエ

――ミュウミュウしかり、ルイ・ヴィトンしかり、自然へ還るセットデザインが多く見られたシーズンでしたね。
ティファニー・ゴドイ(以下略) ミュウミュウは2026年春夏から、ドメスティックレイバーに注目し、人の手で何かを作ることに言及していたと思います。"人間の役割"についての思索が、ミウッチャ・プラダの中にはあったのではないでしょうか。エプロンがその象徴です。26-’27年秋冬はより原形に近づき、"自然の中の人間"にたどり着いたのだと思います。社会の構造変化の中で、各メゾンは自分の居場所を構築し直すことを余儀なくされています。

また同時に、多くの人がスクリーンを通じて同じものを見て、均質化されたレファレンスに頼っている中で、自然に飛び出して、アルゴリズムとノイズから遠ざかろうというデザイナーの意志を感じます。改めてアーカイブスと向き合い、自分たちのオリジナルの物語を探している段階です。

カルチャーの動きを見てみましょう。一例ですが8月から横浜美術館でマリー・アントワネットの展覧会が開催されます。そこでは花と自然を礼賛するドレスを見ることができます。また映画では、『嵐が丘』(’26)が記憶に新しい。こちらも、ロマンスと人間性が主題です。こういった、ロマンティシズム、人間性、自然への関心の高まりが広がっているのでしょう。

スキャパレリ(2)やトム フォード(3)の、自分自身がアニマルになってしまうかのようなファーアウター、クロエらしいカントリールック(4)、ジバンシィのクラシカルな花柄(5)はそんなムードをくんでいます。

2026-27年秋冬コレクション

――なぜ今「Back to Nature」なのでしょうか?

人々は情報に疲れているんです。スマートフォンを見れば、すべてのファッションメディアが同じセレブリティの情報をいっせいに投稿しています。私たちは常にどこかにつなげられているからこそ、逆にそのつながりを断つ欲求が生まれる。自然に還ってリセットし、深呼吸したいという気持ち。コルチゾールを下げて、健康寿命を上げたい。デザイナーたちを含め人々が今探しているものは、より原始的な目的と、自らのアイデンティティなのだと思います。

――デムナが発表したグッチが大きな反響を呼びました。このショーをどのように受け止めましたか?

コレクションを見て私が感じたのは、オゼンピック・カルチャー(食欲抑制効果のあるGLP-1受容体作動薬をダイエット目的で使用するトレンド)の影響です。米国ではその流行で、人々が「望まれる体」を手に入れやすくなり、ボディ・コンシャスな服が売れていると聞きます。目下、ファッション業界全体にとってクリティカルな話題です。もちろん、トム・フォード時代のグッチの復活と呼ぶこともできると思います。しかし当時のグッチの官能性はセックスに向けられていましたが、現代の官能性の対象は実は愛やセックスではないことが多い。パートナーを探すためというよりは、スクリーン上で見えない大多数から承認されることにベクトルが向いている。だからこそ今回のショーを歩いたモデルたちはどこか非現実的で、画面上で最も映えるように感じました。

――なぜシャネル(1)は今、これだけ喝采を浴びていると思いますか?

マチュー・ブレイジーのファースト・シーズンから、「Humanness(人間らしさ)」を感じていました。バヴィータ・マンダヴァなど、起用するモデルと彼の関係性にもそれは垣間見えます。ガブリエル・シャネルはモダニティを追求し女性が動きやすいように服を作り変えた人ですが、マチューは同様のことを異なる方法で行なっています。たとえば彼が作る服には多くの布が用いられレイヤーされていますが、実際に着てみると驚くほど軽量で心地いい。近くで見ると、実に複雑な構造になっていて感銘を受けます。つまり着る人だけが体感できる親密なラグジュアリーです。

彼が2026年 メティエダール コレクションで、グランパレを飛び出して地下鉄でショーを行なったのも、現実の女性のあらゆる場面に対応するラグジュアリーを提供したいと願っているからでしょう。2010年代にデムナやヴァージル・アブローが成し遂げたのは、フォーマルスーツを着ない当時の富裕層の生活に適した服作りでした。たとえばDJがドレスアップするのにスーツを着る必要はなく、フーディでいい。マチューが今行なっているのは同様に、2020年代の女性のコンフォタブルウェアの定義を広げることなのだと思います。

Tiffany Godoyプロフィール画像
Tiffany Godoy

アメリカ出身のファッションエディター/ジャーナリスト。東京をベースに活動中。2025年10月まで『VOGUE JAPAN』のヘッド・オブ・エディトリアル・コンテントを務めたのち、現在は『W China』のコンサルティング・エディター・アット・ラージほか各メディア、ブランドのコンサルを行う。

業界を震撼させたデムナのグッチ

2026-27年秋冬コレクションのグッチ

photos: ©gucci

知性に語りかけるのではなく、感情に率直な服作りを、というデムナのファースト・ランウェイコレクションは、ファッションファンダムの論争を巻き起こした。デムナがアーカイブス研究のためフィレンツェを訪れた際、ウフィツィ美術館でボッティチェリの絵画《プリマヴェーラ》、《ヴィーナスの誕生》を観て、感動したことが起点となっている。会場には同美術館の協力を得て再現された大理石像を設置した。ストッキングのような極薄素材でできたドレス(6)や、スパークリングドレス(7)はいずれも体にフィットし、肌の質感まで浮き上がらせる。筋肉質なメンズモデル(9)が闊歩し、男性の肉体美にも言及。またショーにはFakemink(8)などZ世代のラッパーも出演した。「グッチはプロダクトを超えた文化である」というデムナのメッセージにふさわしく、ランウェイを歩きながらFakeminkがスマホを取り出しチェックするといった演出も。過熱するルッキズム時代にふさわしい挑発的な服への、市場の反応に注目したい。

演出にも広がるアナログ回帰

2026-27年秋冬コレクションのセリーヌ、プラダ

SNSの通知や終わりのないアルゴリズムから距離を置き、あえて手間や不完全さのある体験に価値を見出すムーブメントはファッションウィークでも顕著に。コレクションのポートレートをフィルム写真で収めたセリーヌや、経年変化を感じさせるインビテーションを送ったプラダなど、各メゾンはアナログな手法でゲストを魅了した。

 

CELINE
ショーのバックステージで、映画監督ガス・ヴァン・サントがポラロイドを撮影。あえてモノクロで統一された写真が、ぐっとシックに進化した新たなセリーヌ像を訴求する。

PRADA
染みや汚れを付着させるなど、「時の経過と経年変化」を感じる服を展開したプラダ。インビテーションは、表面の布が剥がれて中の生地が露出するデザイン。リンクしたドレスも登場した。

手仕事と先端技術の融合で生まれる新素材

2026-27年秋冬コレクションのサンローラン、ロエベ

新たな潮流として注目したいのが、手仕事の美しさを先端技術で表現する技法。サンローランは象徴的なレースをシリコン加工で表現(10)。レースの持つセンシュアルな趣はそのままに、ソリッドな光沢を生む新素材は、アンソニー・ヴァカレロならではのしなやかで力強い女性像に寄り添う。ロエベもまた、3Dプリントで製作した型を用いてレースやリボンを成形したラテックス素材のスリップドレスを発表(11)。クラフツマンシップとテクノロジーの融合を楽しむ姿勢が高く評価された。服を仕立てるだけでなく素材から創造することが、ファッションの新時代を生み出す。

自然と溶け合うクリエーション

2026-27年秋冬コレクションのディオール
2026-27年秋冬コレクションのルイ・ヴィトン

デジタル社会への反動から、自然への敬意を示す姿勢が目立った今シーズン。ディオールはパリのチュイルリー公園内にある池にランウェイを建設。睡蓮を模したドレスや、池の水面を思わせる光の表現のほか、チュールの花びらが連なるミニスカート(1)など庭園から着想を得たルックを多く打ち出した。メゾンを象徴する「バー」ジャケットにはジーンズ(2)を合わせ、自然あふれる環境下でもリラックスできる、美しくも軽やかな装いが観客を魅了した。一方、「自然こそが最高のファッションデザイナーである」と評したウィメンズ・アーティスティック・ディレクターのニコラ・ジェスキエールによるルイ・ヴィトンは「スーパーネイチャー」がテーマに。山々の崖を彷彿とさせる直線的なパワーショルダー(4)やフォークロアタッチのスタイル(3)などデジタル時代の文脈で自然を再解釈。ドラマ「セヴェランス」を手がけたプロダクトデザイナー、ジェレミー・ヒンドルによる抽象化されたランドスケープが、意欲的なコレクションの世界観を深化させた。

ミケーレは歴史を探求する

2026-27年秋冬コレクション ミケーレ
2026-27年秋冬コレクション アレッサンドロ・ミケーレ

アレッサンドロ・ミケーレはパリを離れ、ヴァレンティノ創業の地であり、自身の故郷でもあるローマの華麗な宮殿をコレクション発表の地に選んだ。テーマは「INTERFERENZE(干渉)」。ブランドが培ってきたコードに、異質な彼の美学が"干渉"することで新たな世界観を構築したのだ。創業者ガラヴァーニを象徴する真紅のドレス(5)や、ヴァレンティノをはじめ多くのメゾンが隆盛していた80年代を彷彿とさせるウエストバンド(7)やビッグボリュームのレザージャケット(6)を取り入れながら、センシュアルなディテールと華やかな装飾を組み合わせ、夢想的な自身の個性を反映。急進的な未来志向にも、単なる回顧主義にも偏らない。過去と現在、伝統と個性が複雑に絡み合うクリエーションこそこれからのヴァレンティノが目指すべきものであり、歴史あるメゾンを継承する彼自身の使命であるという姿勢を強固に示した。