太平洋戦争の終結から81年。NHKの特集ドラマ「手塚治虫の戦争」が8月12日に放送される。

物語の舞台は、1973年の東京。自身の会社が倒産し、少年誌の連載も打ち切られ、手塚治虫さんは漫画家人生最大の苦境に陥っていた。世間には「手塚はもう終わった」とささやかれ、自信を失いかけていた。そんな時、彼の中によみがえったのは、漫画を描くことすら許されなかった戦時中の記憶だった。今の自分に何が描けるのか――手塚さんは迷いながらも、少年時代の戦争体験をもとにした作品『紙の砦』を描き始める。

時は遡り、太平洋戦争末期の大阪。『紙の砦』の主人公で、手塚さんの分身でもある中学生の大寒鉄郎は、厳しい戦時統制下でただひとり、隠れて漫画を描くことに情熱を注いでいた。周囲から「非国民」と蔑まれ、原稿を取り上げられても、鉄郎は命懸けで描き続けた。しかし、戦火は容赦なく広がり、日常を踏みにじっていく。

手塚さんの少年時代を自伝的に描いた漫画『紙の砦』と『ゴッドファーザーの息子』の2作品を原作に、連続テレビ小説「舞いあがれ!」で知られる桑原亮子さんが脚本を手がけた。

手塚治虫と大寒鉄郎、現実と作品の世界が交錯し、響き合う中で、一つの物語が紡がれていく。手塚さんはなぜ、逆境の時期に戦争を描こうと思ったのか。決して楽しいものではない戦争の話を漫画で伝える意味は何か。手塚治虫役を務める主演の高良健吾さんに話を聞いた。

2026.08.05

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さんと考える、戦争を伝える意味

太平洋戦争の終結から81年。NHKの特集ドラマ「手塚治虫の戦争」が8月12日に放送される。

物語の舞台は、1973年の東京。自身の会社が倒産し、少年誌の連載も打ち切られ、手塚治虫さんは漫画家人生最大の苦境に陥っていた。世間には「手塚はもう終わった」とささやかれ、自信を失いかけていた。そんな時、彼の中によみがえったのは、漫画を描くことすら許されなかった戦時中の記憶だった。今の自分に何が描けるのか――手塚さんは迷いながらも、少年時代の戦争体験をもとにした作品『紙の砦』を描き始める。

時は遡り、太平洋戦争末期の大阪。『紙の砦』の主人公で、手塚さんの分身でもある中学生の大寒鉄郎は、厳しい戦時統制下でただひとり、隠れて漫画を描くことに情熱を注いでいた。周囲から「非国民」と蔑まれ、原稿を取り上げられても、鉄郎は命懸けで描き続けた。しかし、戦火は容赦なく広がり、日常を踏みにじっていく。

手塚さんの少年時代を自伝的に描いた漫画『紙の砦』と『ゴッドファーザーの息子』の2作品を原作に、連続テレビ小説「舞いあがれ!」で知られる桑原亮子さんが脚本を手がけた。

手塚治虫と大寒鉄郎、現実と作品の世界が交錯し、響き合う中で、一つの物語が紡がれていく。手塚さんはなぜ、逆境の時期に戦争を描こうと思ったのか。決して楽しいものではない戦争の話を漫画で伝える意味は何か。手塚治虫役を務める主演の高良健吾さんに話を聞いた。

INDEX

「漫画の神様」の知られざる姿

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さの画像_1

「手塚治虫の戦争」 ©︎NHK

高良さんが手塚作品に初めて触れたのは、小学生のとき。中でも『ブラック・ジャック』は、図書室で取り合いになるほどの人気ぶりだったという。「子どもの頃から敬愛していた手塚さんを演じられる。一生に一度の役だと思いました」


「漫画の神様」と称された手塚治虫さんにも、不遇の時代があった。本作は、そんな意外な事実から始まる。

「僕が知っている『手塚治虫』は、スマートで穏やかで、かっこいい印象でした。でも、それらは外向きのイメージだったとわかりました。今回のドラマでは、もっと泥くさくて人間味のある、これまであまり知られていなかった手塚さんの一面が描かれています。名声が凋落し、漫画人生で一番苦しいときに、子どもの頃の凄惨な過去と向き合う。その物語自体に強度があると思いました」

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さの画像_2

「手塚治虫の戦争」 ©︎NHK

人前に出るときはベレー帽をかぶり、相手がどんな立場の人であろうと、礼儀正しく敬語を使う。アシスタントや年下の編集者に対しても、傲慢になることはない。その一方で、漫画を描くときは原稿用紙に極度に顔を近づけ、執筆に没頭する。短いカブラペンを握り、貧乏ゆすりをしながら、鬼気迫る勢いで描く。

「どんな役でも、その人格が自分の中を通っていく感覚がある」という高良さんの演技は説得力があり、まるで手塚さんが憑依したかのようだ。今回の役を演じるにあたり、さまざまな書籍を通じて入念なリサーチを行ったという。

「手塚さんの創作現場を関係者の証言で再現する『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』という漫画を全5巻熟読し、こんな人だったんじゃないかとイメージを膨らませていきました。いろんな作品を読み込んでわかったのは、執筆への圧倒的な情熱と執念です。普通なら正気を保てないような壮絶な状況で、誰の心にも寄り添う名作を数多く世に残しました。それこそが“神様”といわれる所以なのだと思います」

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さの画像_3

「手塚治虫の戦争」 ©︎NHK

手塚さんは生きている次元が違う。そう感じながらも、演じる際に意識したのは神様に見えすぎないようにすることだった。

「アニメ制作会社の虫プロダクションが倒産して、多額の借金を抱えてもなお、自分にとっての誠意は漫画を描き続けることだと手塚さんが明言するシーンがあります。僕たちには想像できないような悩み方だけれど、だからといってまったく理解できないわけでもない。実際の演技では、天才的で尋常じゃない部分と、人間らしい部分の両方を素直に見せることを大事にしました。演出の鈴木航さんとイメージを擦り合わせることで、みんなが知らない手塚さんを表現できたんじゃないかと手応えを感じています」

戦渦でも夢を諦めず、守り抜く強さ

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さの画像_4

「手塚治虫の戦争」 ©︎NHK

物語は、二つの時代を行き来しながら進んでいく。

手塚さんの自伝的作品である『紙の砦』の主人公で、原田琥之佑さん演じる大寒鉄郎のパートでは、戦渦を生き延びた少年時代の記憶が描かれる。自由を奪われながらも描き続けた鉄郎少年の漫画は、自分自身や周囲の人たちの生きる支えとなっていく。しかし、仲間たちとのかけがえのない日々は、空襲によって打ち砕かれてしまう。

「漫画を描くことさえも許されなかった時代に、漫画家になる夢をまっすぐに持ち続けた鉄郎の純粋さは、狂気にも感じられるほどでした。自分が本当に好きなもの、これだと思ったものをやり続けるのは、そう簡単なことではありません。そして、そのためには何としてでも生き続けなければならない。鉄郎に投影した手塚さんの生き方を通して、大切なものを守り抜く強さを感じていただけると思います」

祖父の戦争体験を受け継いで

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さの画像_5

日本の敗戦から今夏で81年が経つ。世界各地で戦争や紛争が繰り返される中、このドラマが放送されることを、高良さんはどう受け止めているのか。

「戦争体験者の高齢化が進み、生の声が聞けなくなっています。これからは、戦争を経験していない僕たちが記憶を継承していかなければならない。だからこそ、こうして終戦の月にさまざまな特集が作られ、戦争の悲惨さを伝えるのは、とても重要なことだと思っています。そして、僕自身がそういった作品に携われていることが、本当にありがたいです」


20年以上の役者生活の中で、戦争を題材にした作品にも真摯に向き合ってきた。その背景には、戦争を体験した亡き祖父の影響が大きいという。

「祖父は10代後半か20代前半の頃、2年ほど旧満州にいました。生前は戦争中の話をよくしてくれて、長崎や鹿児島などの戦争遺跡や資料館にも連れて行ってくれました。子どもの頃は正直よくわからなかったし、ちょっと嫌な時間でもありました。でも、そのおかげで得た知識もたくさんあります。祖父が亡くなってからは、自分が役者として伝えていかなければという思いがいっそう強くなりました」

何も変わらないと思っても、それでも伝え続ける

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さの画像_6

プライベートでは昨年、一児の父になった。戦争の記憶を次世代へ引き継ぐことに、使命感のようなものを抱くようになったと述懐する。

「昔、広島の原爆資料館に連れて行ってもらったとき、皮膚がたれ下がった人形の展示を見たのを覚えています。原爆が落ちたらこんなことになってしまうのかと、子どもながらに衝撃を受けました。それをいまだに忘れられないでいることが、僕は大事なんじゃないかと思っています。だからこそ、こういったドラマに関わらせていただくことで、戦争を繰り返してはならないと伝えていくしかない。そして、子どもにはちゃんと“ノー”が言える人に育ってほしいです。混沌とした世界で、何が起きるかわからない時代です。でも、この先何があっても、未来ある子どもたちには生き続けてほしいです」

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演の高良健吾さの画像_7

ドラマの中で、『紙の砦』の執筆に悩む手塚さんは言う。「今さら戦争を描いて、意味があるのか」「これまでだって何度も描いてきましたけど、 何も変わらなかった」。戦争が絶えない現代に生きる私たちにも、共鳴する言葉だ。


「戦争に限らず、多くの人に何かを伝えようとするとき、『どうせ何も変わらない』という諦めの心理に陥ることはあります。僕自身、16歳から役者の世界に入って、これまで何度も立ち止まることがありました。それでも、ここまで続けてきた。それが良いか悪いかはわかりませんが、とにかく頑張ってきたという自負があります。積み重ねてきた時間は、僕にとってのかけがえのない『砦』です。だから、本当にやる意味があるかなんて、答えを探さなくてもいい。今回の役を通じて、『それでも、やるんです』と先生に背中を押されたような気がしています。手塚さんの平和への願いや、戦渦を生きた人びとの思いが、多くの人に届くことを願っています」

特集ドラマ「手塚治虫の戦争」
特集ドラマ「手塚治虫の戦争」の画像_8

【放送予定】
「総合」「BSP4K」 2026年8月12日(水) 夜10時~11時13分
「Eテレ」 2026年8月30日(日) 午後3時30分~4時43分(再放送)
※NHK ONEでも同時・見逃し配信あり
©︎NHK

高良健吾さんプロフィール画像
俳優高良健吾さん

1987年11月12日生まれ、熊本県出身。 

『ハリヨの夏』で映画デビュー。『M』で第19回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門特別賞を受賞。『軽蔑』で第35回日本アカデミー賞新人俳優賞、『苦役列車』で第36回日本アカデミー賞優秀助演男優賞、『横道世之介』で第56回きたちブルーリボン賞主演男優賞などを受賞。近年の出演作は、NHK『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』『BREAK SHOT』(2026)、Hulu『八神瑛子 -上野中央署組織犯罪対策課-』(2026)などがある。