《手紙を書く女》羽根ペンから万年筆へ。愛を込めた言葉を綴る道具

オランダでは17世紀初頭に郵便制度が整い、手紙を送り合う習慣が定着。恋人たちの間でも恋文をやり取りするのが流行したという。イマジネーションを刺激し、秘密を暗示させる手紙は、絵の題材としては格好のモチーフ。フェルメールも数多くの絵に手紙を登場させた。《手紙を書く女》に描かれた羽根ペンは、時代が巡った今なら万年筆につながるのかもしれない。ブルーのボディが印象的なペリカンの万年筆は、1955年に世に出たM120の限定復刻モデル。1889年の価格表に描かれていた模様がペン先に施され、胴軸にはインクののぞき窓が。インクは吸入式。

万年筆〈クラシック M120 アイコニックブルー〉¥25,000/ペリカン日本(ペリカン) 一番下の便箋(8枚セット)¥680/パピエラボ(印刷加工連)

ー Written by 原田マハ ー

 

窓辺の画家へ、一通のラブレター

 

拝啓 フェルメール様
 あなたが、いま、この手紙をそっと開くのは、絹のようになめらかな光の差し込むあの窓辺。群青のクロスが掛かったテーブルの上には、銀の盆に載せられて、光の粒をとどめたグラスがひとつ。馥郁とした葡萄酒と、ひとかけらのパン。あなたはひとり、小さな部屋の食卓に憩っている。そして、差出人の名前のないこの手紙を開いたところなのでしょう。
 きっとあなたは、私が誰かといぶかっておられるはず。それでも封を開けて手紙を広げずにはいられなかったあなたの好奇心を、うれしく思います。
 ついさっきまで、よく働くあなたの右手には絵筆が握られていた。イーゼルの上にはさほど大きくないカンヴァスが掲げられ、その表面に、花の蜜を吸う金色の蜜蜂のように、絵筆がとまり、離れ、またとまり、深く、また深く、色が加えられていきました。
 カンヴァスの向こう側には、白貂の襟がついた水仙色の絹の上着を羽織った女性が佇んでいた。彼女は、窓からの明かりを頼りに、真珠の首飾りをつけようとしていました。あなたは、何度も、彼女に注文をつけていましたね。もう一度、ゆっくりと両手を上げて……もっとゆっくりだ……たったいま、君の首元を真珠が輝かせた、それに君は満足している……そう、そういう感じで、もう一度。彼女の恍惚とした表情を、あなたの絵筆が少しずつ、少しずつ、カンヴァスに写し取ってゆく豊かな時間。あなたは気づかなかったかもしれないけれど、私にはわかりました。画家の筆によってカンヴァスに閉じ込められ、永遠の命を与えられる、そのことにこそ、彼女は恍惚を覚えているのだと。
 ひとり、またひとり、あなたの絵筆によって、永遠の命を与えられた人々、そして物たち。召使いがミルクを注ぐピッチャー、穏やかに談笑する男女がくつろぐ椅子、手紙をしたためる女性が手にしたペン。――そして、私。
 私は、あなたの仕事の一部始終をみつめ続けてきたドア。あなたの背後に沈黙して佇んでいるドアなのです。私もまた、あなたの絵の中で生き続けるさだめ。はるかな未来、あなたの絵を見いだした誰かに向かって、あなたの世界を存分に見せるために、私自身を開いておきましょう。
 その日を夢見て、今日も、私はあなたの後ろにひそやかに佇んでいます。どうか、私を忘れないでください。
 敬愛を込めて   ――アトリエのドアより

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