世界的に有名なレストランの天才シェフが、かつて厨房でパワハラをしていたことが発覚し、店を去ることに。厨房と暴力、そして過ちと償いにマリウスさんが斬り込む。
M: Marius
S: SPUR
M 今日は、デンマーク・コペンハーゲンのレストラン『noma(ノーマ)』について話ができたらと思います。今、ノーマがあるトラブルに巻き込まれていて、それについて話せたらと思って。
S ノーマといえば、世界一予約の取れないレストランのひとつとして有名なお店ですよね。
M はい。英国の「世界のベストレストラン50」で5回も1位になったり、『ノーマ、世界を変える料理』(’15 )という映画が作られたりと、世界中の美食家から愛されてきたレストランです。
S マリウスさんは行ったことはありますか?
M いえ、ないです。予約が困難だし、とても高いんですよ。コース料理が20万円以上するので気軽に行けなくて。春になるとほかの国でポップアップをやっていて、京都でも開催していたし、今年もLAでやっていたんですけれど、予約が3分足らずで売り切れたらしいです。
S 大人気ですね! ノーマの料理は、実験的な面白さがありますよね。
M とにかくヘッドシェフのレネ・レゼピが料理の天才で、「食の革命家」と呼ばれています。25歳でヘッドシェフになると、既成概念にとらわれない独自の北欧料理を作り出していったんですね。その土地の食材だけを使うことにこだわって、現地の道端に咲いた色とりどりの花を使ったり、蟻や苔を採取して料理に使ったり。
S 蟻や苔には驚きましたね。
M また、さまざまな発酵の技術を使うのもノーマの特徴です。さらにノーマの魅力は料理だけじゃなくて、レストランの雰囲気も一般的な高級店とは違うんですね。かしこまったところがなくてカジュアルで、厨房でも若いスタッフたちが和気あいあいと働いている。そういうところも新しいレストランの在り方として評価されていました。その土地や自然へのリスペクト、自由な発想、そして働く人たちとのコミュニティのつくり方など、レストランには「ノーマの哲学」が詰まっていて、そのすべてにみんなが夢中になっていたんです。
ひと昔前は厳しい修業をしてこそ、一人前になれると思っていた
M ところが今年になって、かつてレネが従業員に日常的にパワハラをしていたという告発が相次いで、結局この3月にレネはお店を辞めることになってしまったんです。
S レネのパワハラの話は事実なんでしょうか?
M 2月にノーマの元従業員のひとりが告発したのをきっかけに、『ニューヨーク・タイムズ』が元従業員35人に取材したところ、2009年から2017年にかけて、レネが肉体的・精神的な暴力を振るっていたということが明らかになったんですね。
S お店を辞めなければならないほど、パワハラはひどいものだったんでしょうか。
M 証言によると従業員を殴ったり、壁にたたきつけたり。また人格を侮辱したり、世界中のレストランで働けないようにしてやると威嚇したり。生理が止まるほどストレスだったという女性や、心に傷を負った従業員もいたことがわかりました。
S さっきの話だとお店の雰囲気はフランクで若いスタッフも働きやすそうな感じだったのに、その裏でそんな恐怖政治が敷かれていたとは。
M ただ、レネがパワハラをしていたのは10年くらい前までなんです。2015年に彼が出版したエッセイによると、それまで従業員を乱暴に扱ってきたことを悔いていて、自分は身体的・精神的虐待の中で仕事をするのが普通という環境で育ってきたけれど、これを変えていかなければならないと言っているんです。ノーマを「最高のレストラン」というだけでなく、従業員たちが存在意義を感じられる環境にしたいと考えて、実際にセラピーを受けて変わっていったんですね。
S なるほど。過去のことは反省して、理想の実現のために努力していたんですね。
M そうです。それでここからが僕の問いです。過去の過ちについて、人はどこまで責任を負わないといけないのだろうか——ということです。それをこの前から、ずっと考えていて。
S とても重い問いですね。それぞれの事案によって答えが変わってくると思いますが、一緒に考えてみたいと思います。
M 僕がそんなことを考えたのは、今の時代、価値観がすごいスピードで変化しているからです。たとえば現代、パワハラはもちろんタブーです。でも振り返ると、ひと昔前は料理人だけでなく、職人の世界では徒弟制度的なものがあって、そこでは師匠に怒鳴られたり、どつかれたりしながら、仕事を覚えていくのが当たり前でした。
僕はそれを肯定しているわけではなくて、そういう厳しい修業をしてこそ、一人前になれるという価値観の時代があったということです。そして、そういう時代に起きたことを今の時代の価値観で裁いていいのだろうか——という疑問がひとつ。
S この疑問は、今起きているさまざまなことに当てはまりますよね。たとえば歴史の評価。アメリカ大陸を発見したコロンブスは、以前は英雄でしたけれど、今は先住民の大量虐殺に加担した犯罪者として、アメリカではその銅像が次々と撤去されています。悩ましい問題ですよね。
M 本当に。もちろんレネのしたことはよくないし、元従業員たちへ償いや謝罪が必要だと思います。だけど、彼ひとりが背負うべき問題なのだろうかと考えてしまうんですね。
ちなみに今フランスで話題になっている本があって、タイトルが『厨房の暴力』。いまだにハラスメントが横行するレストラン業界の実態を浮き彫りにした本です。それによるとフレンチレストランの厨房にヒエラルキーがあるのは、フランス料理の父と呼ばれるシェフが、自らの従軍経験をもとに、軍隊式の組織運営を厨房に取り入れたことが元になっているとか。厨房がパワハラの温床になるのは、そういう背景もあるようですね。
一度、過ちを犯したら、一生許されないのだろうか
M レネのことを少し気の毒に思う反面、元従業員たちの気持ちもよくわかります。彼らの心の傷は何十年たっても癒えないと思うし、当時は当たり前のことだと思って耐えていたけれど、何十年もたって、「いや、あれは異常だった」と気づく場合もあるだろうし。
S 特に加害者が成功している場合は、「裏の顔を告発してやる!」という怒りに駆られる人が現れるのは、仕方ないことのような気もします。韓国ではK-POPアイドルや人気アスリートが学生時代のいじめを告発されて、活動できなくなったりすることがありますけれど、かつての過ちを暴露する人の気持ちは理解できます。
M そうですね。有名人を告発することで、社会全体がいじめやパワハラについて考えるきっかけになるとしたら、それは単に個人的な恨みを晴らすという以上の意味があると思うし。
で、そこでまた僕の問いが生まれます。だとすると、一度過ちを犯したら、それは一生許されないのか——ということです。もちろん「罪の重さ」によっても違ってくるからケースバイケースですけれど、レネの場合、かつての自分を反省してやり直していたのに、お店を辞めるまで追い込んでしまったら、彼の努力は無意味になってしまうような気がして。健康的な厨房の環境づくりに貢献することで、過去の償いをするという方向もあったんじゃないかと思ってしまうんです。
S 確かに、反省したからできることもあったかも。
M 一度失敗したら許されない社会、やり直しのきかない社会というのは、誰にとっても厳しくて生きづらい社会だと思うんです。特に今はデジタルタトゥーといわれるように、一度の失敗が永遠にネット空間に残り続けていつまでもみんなが忘れてくれない。そういう時代に自分の過去とどう向き合い、人の過去をどう受け入れていけばいいのか。正解のない問題だけど、僕なりに考え続けていきたいと思います。



