M: Marius
S: SPUR
S 今月はドイツの実家で過ごしているマリウスさんにリモート取材です。現在、東京は夕方5時、ドイツは朝9時。朝からありがとうございます!
M よろしくお願いします。今朝は6時半に起きて、朝日が昇る中、テラスでジャーナリング(自分の考えていることを書き出す作業)をしました。それから散歩して、朝ごはんを食べたところです。
S めちゃくちゃ健康的ですね!
M 東京だと刺激が多すぎて神経が疲れてしまうので、ときどきドイツに来て自然の中に身を置いて、頭も体もデトックスしている感じです。で、今日のテーマですけれど、最近、日本でも芸能人が大きい事務所から独立して個人事務所を立ち上げることが増えていますよね。自分のやりたいことを大事にしたいと思う人が増えているのだろうなと思って。そこで、そのようなアーティストの権利を僕たちは消費者としてどう守っていったらいいかということを考えてみたいと思います。
S なるほど。推し活ブームなだけに、これは私たちみんなが考えたい問題ですね。
M 実は僕がこの問題を取り上げようと思ったのにはきっかけがあって、Raye(レイ)というイギリスのミュージャンに今ハマっていまして。
S あのパワフルなボーカルの女性ですね! ビヨンセらに楽曲を提供するなど才能あふれる人で、2024年にはイギリスのブリット・アワードで史上最多の6冠を獲った今注目の歌手です。
M 彼女はもともと大手のレコードレーベルと契約していたんですけれど、そこでは自分が思うような活動ができなかったんですね。それで独立して、自分のレーベルを作って、自分のクリエイティビティに忠実に音楽を作ったことで大成功を収めたんです。R&Bやクラブミュージック、ゴスペルなど、音楽の垣根を越えたサウンドが新しくて、たくさんの人たちから支持されました。
S 歌詞も個性的ですよね。メンタルヘルスとか、エンパワメントを歌っていたりして。
M そうなんですよ。自分のやりたいことだけをやったら失敗するかもしれないけれど、そのリスクを冒しても彼女は自分のクリエイティビティを優先したわけです。すごい勇気ですよね。もうひとつ。カナダ発のBLドラマで、プロのアイスホッケーの世界を舞台にした「ヒーテッド・ライバルリー」という熱い作品があるのを知っていますか? これが今、世界中で盛り上がっていて。
S はい。ライバル関係にある男性のホッケー選手二人が、やがて恋人関係に発展していくというストーリーで、話題になりましたよね。日本では現時点で未配信なのが残念です。
M この作品、最初はハリウッドの大きな制作会社で作られる予定でした。ところが「濃厚なキスシーンはダメ」「ラブシーンは、あまり見せないで」といろいろ規制されたそうで、ゲイ当事者でもある監督のジェイコブ・ティアニーが、「それでは脚本のよさが出ないし、ゲイの恋が伝わらないから」とハリウッドとの契約をやめて、カナダの小さな制作会社と契約しなおしたそうです。
そのせいで製作費はめっちゃ少なくなったんですが、「あなたの好きなように作ってください」と言われたそうで、おかげで濃厚な愛のドラマを生み出すことに成功したんですね。有名な俳優が出ていないのも新鮮でした。「作品をヒットさせるには有名な俳優を出さないといけない」というビジネスモデルはおかしい。そうじゃなくて、キャラクターに合った俳優を起用するべきだというメッセージを感じました。
S 監督、すごく闘っていますね。「売れること」より、「自分が表現したいこと」を大事にしている姿勢は素晴らしいと思います。
M 結局、たくさんの人にウケようとすると、内容は薄まってしまうんですよね。だからどこかのっぺりと平坦で、特徴のないものになってしまう。オリジナリティを感じないんですよ。最近、そういうものが増えているように感じます。その一方、現代はランキング重視の社会だから、好きなことだけやって売れなければ自分の存在はないに等しいと感じてしまう。お金を稼げなければ食べていけないし、続けることもできない。そのジレンマに悩むアーティストは少なくないでしょうね。
S かつてミュージシャンのPrinceは、やはり大手レーベルともめて、自由な創作活動のために独立して自分のレーベルを作ったんですね。Princeという名前も捨てて、シンボルマークになった時期がありました。彼は真の芸術家で、ヒットではなく、創造が音楽活動の目的だったからそれができたけれど、そこまで吹っ切れる人は少ないでしょうね。
インスタントに消費するだけではアートから個性はなくなる
S では、そんな現代社会で、私たち消費者はどうしたらアーティストを守ることができるのか。ちょっと考えてみましょう。
M この前、香港のアート・バーゼルに行ったんです。インフルエンサーや有名人が来ていて、「アート・バーゼルに来てま〜す! イェイ‼」みたいな写真をSNSにアップしているんですね。展示はサラッと見て、「うわぁ、すごい!」でもう終わり。もちろん主催者側も宣伝してもらうために彼らを招待しているので、文句は言えない。そして彼らのフォロワーもそれを見て、反射的に「いいね」を押している。
S これはアート業界だけじゃなくて、音楽もファッションも似たような感じになっていますね。
M 僕はたくさんの人にアートに触れてほしいと思っているから、アートの情報が広まるのはうれしいけれど、これだとアートを応援するというより、インスタントに消費するだけになっているような気がして。大切なことは、たくさんの人に見てもらうことだけではなく、社会として、本当の意味でアーティストのクリエイティビティをサポートすることだと思うんですよね。
そのためにもアートにちゃんと向き合うことが大事だなと。インフルエンサーも、好きなアートがあったら、そこから何を感じたか伝えてほしいし、フォロワーも「これがトレンドなのね」と情報を受け取って終わりではなくて、たとえばアートフェアのテーマに沿って美術史を勉強してみるとか、一歩踏み込んでほしい。自分の目が少しでも肥えれば、アートを見る目も厳しくなります。結果的に、それがアーティストのクリエイティビティを育てることになるんじゃないかと思います。
アルゴリズムではなくて、自分の感情で判断して
S なるほど、自分の目で見て自分の感性で判断するのが大事だということですね。
M はい。人からすすめられたからとかではなくて、自分でその音楽を聴いたり、アートを見たりして、本当に心が動いたのか——という感情を明確にするところが消費者として大事なことだと思います。なぜなら今の時代、アルゴリズムによって自分の趣味まで決められてしまうことがあるから。
S 悲しいけれど、それは真実かも。
M 自分の趣味じゃない音楽でも、アルゴリズムの上位に来て紹介されると「これが流行っているのか」とまるで自分で選んだかのように聴いてしまいますよね。実際は違うのに。SNSとかYouTubeの登場で、アクセスは民主化されて、何でも選び取れるようになったはずなのに、実際は、ただおすすめされたものを聴いたり、観たりしているにすぎない場合もあると意識することが大切かなと。
S 特にわれわれは流行りに乗り遅れまいとする傾向が強いし、むしろみんなが聴いている音楽を聴いて安心する傾向がありますね。楽しい側面もありますが、より自覚的にならないとダメですね。
M はい、そう思います。そうしないと音楽もアートもどんどんマスにウケるものばかりになっていって、個性や多様性が失われていくと思います。だから、消費者としてアルゴリズムの外に出る勇気を持っていたい。そうすることでオリジナリティ豊かな音楽やアートを育てることができるし、有意義な推し活人生を歩むことができるのではないかと思っています。



