縛られない黒 by 辰巳JUNK

ファーストルックとフィナーレを飾った永遠の名品、スモーキングジャケット。大きめのラペルがメンズライクなダブルジャケットに、70年代らしいブラウスを開襟でレイヤード。グラマラスな女性らしさをプラスした。パンツは60年代のテーラリングに着想を得たタイトなウエストまわりがアイコニック。

ジャケット¥540,000・ブラウス¥140,000・パンツ¥140,000・ストール¥45,000/イヴ・サンローラン(サンローラン バイアンソニー・ヴァカレロ)

イヴ・サンローランのル・スモーキングは、つねにスターとともにあった。着想源からしてその一つが大女優マレーネ・ディートリッヒであったし、初期の支援者にはカトリーヌ・ドヌーヴやローレン・バコールが名を連ねた。この「女性のためのタキシード」が当時のフェミニズム的エンパワーメントとして機能したことは言うまでもないだろう。男性の夜の正装──ある意味では男性のものとされてきた「黒」を女性が纏うこと、その行為自体に大きな意味があったのだ。1960年代にムッシュ サンローランが創造した「革命」は、それを着た女性スターたちによって広まった。

 女性のパンツスーツが珍しくなくなった21世紀においても、スモーキングの「黒」は特別であり続けている。カンヌ国際映画祭でドレスコードへの反抗を示したスーザン・サランドン、国連安保理で性暴力問題についてスピーチしたアンジェリーナ・ジョリー、そのどちらも大舞台の衣装に黒のスモーキングを選択した。女性スターによるパンツスーツの着用は、今なおそれ自体が声明となる。「女性の正装にドレス以外の選択肢もあること」を伝えられるためだ。しかしながら、スモーキングが永遠たる所以は、そうしたシンプルな論に留まらないだろう。エレン・ペイジやカーラ・デルヴィーニュといったクィアなスターたちが揃って袖を通したことは非常に示唆的だ。このコレクションには、ジェンダーロールをものともせず己のセクシュアリティを愉しむ甘美な神聖さが漂っている。既存の抑圧から抜け出して「縛られない存在」になれる衣服、それこそがスモーキング、そしてブラックのレガシーなのではないだろうか。

辰巳JUNKライター、ブロガー。雑誌やウェブ媒体を中心に活躍中。ファッション、映画、セレブリティを社会情勢とともに独自の視点から分析するブログ「辰巳JUNKエリア」が人気。

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