アントワープ・ファッションの未来は? ジュリ・ケーゲルと 『The Antwerp Six』展を見る

ドリス・ヴァン・ノッテン、アン・ドゥムルメステールら6人が、彼らの街とアントワープ王立芸術アカデミーを世に知らしめて、はや40年。これを記念する展覧会にアントワープきっての新星、ジュリ・ケーゲルと訪ねた。「6人のストーリーを知ったとき、衝撃を受けました。驚きはクリエーションの原動力です」そう語るジュリは同校で“シックス”のメンバーから学んだことを回想し、この街の創造的土壌を分析。彼女にとっては、アントワープに住み続けてクリエイトする意味を再認識する機会となった

ドリス・ヴァン・ノッテン、アン・ドゥムルメステールら6人が、彼らの街とアントワープ王立芸術アカデミーを世に知らしめて、はや40年。これを記念する展覧会にアントワープきっての新星、ジュリ・ケーゲルと訪ねた。「6人のストーリーを知ったとき、衝撃を受けました。驚きはクリエーションの原動力です」そう語るジュリは同校で“シックス”のメンバーから学んだことを回想し、この街の創造的土壌を分析。彼女にとっては、アントワープに住み続けてクリエイトする意味を再認識する機会となった

INDEX
アントワープ・ファッションの未来は? ジの画像_1

Julie Kegels

ベルギー・アントワープ生まれ。2021年にアントワープ王立芸術アカデミーを卒業後、地元のアパレルメーカーやメリル・ロッゲ、次いでパリでピーター・ミュリエ率いるアライアで経験を積む。その後アントワープに戻り自身のブランドを設立。2024-’25年秋冬パリ・ファッションウィークでデビュー。ウィットをきかせつつ、多様な女性のアイデンティティを描くコレクションで高く評価されている。9月に最終審査結果が発表される本年度のLVMH賞では、ファイナリストの一人に。

「アントワープの6人」の軌跡が教えてくれること

1970年代終盤、アントワープの街には若い世代の創造力がマグマのようにふつふつと湧いていた。ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクがアントワープ王立芸術アカデミーのファッション部門に入学したのは1976年。翌年にはドリス・ヴァン・ノッテン、アン・ドゥムルメステール、ダーク・ビッケンバーグ、ダーク・ヴァン・セーヌ、そしてマリナ・イーが続く。彼らの間に友情と呼べるもの以上の結束が生まれるのにそれほど時間はかからなかった。コンサバで頑固な先生と学校のシステムに対する反骨精神が、彼らの共通点だったのだ。スタイルは異なり、デザインユニットでもない彼らが“アントワープの6人”と呼ばれるようになったのは、1986年のこと。学校を卒業後、フリーでの経験を経て自身のブランドを築いた彼らは、この年一緒にロンドンに向かった。

陰で彼らを支え、ロンドン遠征を企画したのは、アートディレクターで、アントワープのセレクトショップ「ルイ」を立ち上げた、ヒェールト・ブリュロートだ。展示ブースの条件の悪さのため期待外れだった初日にめげず、6人はすぐにフライヤーを作って配布。そうしてバイヤーやプレス陣が訪れると、瞬く間に評判は広がった。それ以来、今年で40年がたつ。アントワープのモード美術館MoMuではこれを記念して『アントワープ・シックス』展を開催中。本展は単に歴史を振り返るのではなく、ジュリをはじめ、アントワープ・ファッションを担う次世代にインスピレーションと勇気を与えている。

ザ・ビートルズの『アビイ・ロード』アルバムカバーを真似て戯れる、ロンドン初遠征時の6人

1 ザ・ビートルズの『アビイ・ロード』アルバムカバーを真似て戯れる、ロンドン初遠征時の6人

『アントワープ・シックス』展のイントロダクションコーナー

The Antwerp Six at MoMu – Fashion Museum Antwerp, 2026, © MoMu Antwerp, Photo: Stany Dederen

2 『アントワープ・シックス』展のイントロダクションコーナー。6人の学生の頃から卒業後のそれぞれの活動、ロンドン・デビューからそれぞれが違う道を歩み始める頃までの足跡をビデオやデザイン画、写真や資料で詳細に解説。また6人にとって大切だった当時のサブカルチャーの年表も並列

インビテーションのコーナーより、ダーク・ヴァン・セーヌのアーカイブス

3 インビテーションのコーナーより、ダーク・ヴァン・セーヌのアーカイブス

MoMu– Fashion Museum Antwerp
MoMu– Fashion Museumの画像_5

Nationalestraat 28, 2000 Antwerpen
開演:10時〜18時
定休日:月曜
電話番号:+32 3 339 4700
本展のポスター・ビジュアルに使われたのはアンの夫、パトリック・ロビンが撮影した若かりし頃の6人のポートレート

(左)Photo: Patrick Robyn (右)Photo: Courtesy of MoMu

Julie Kegels invites Hannelore Knuts ジュリがハナロアと語る「アントワープ・シックス」

彼らのデビュー当時にはまだ生まれていなかったジュリが「アントワープ・シックス」談議に招いたのは、同郷のレジェンドモデル、ハナロア。世代の異なる二人は、いまだ息づくこの街のエネルギーについて意見が一致した

 ジュリがハナロアと語る「アントワープ・シックス」

自身の最新コレクションに、ボーイフレンドのセーターを合わせたジュリと、マイク・ケリーのTシャツにマリナ・イーのジャケットをまとったハナロア。MoMuの階段にて

エネルギーとシナジーは、今でもこの街に根づいている

SPUR(以下S) ジュリ、あなたは「アントワープ・シックス」のストーリーをよく知っていましたか?

ジュリ(以下J) 両親からざっくりと聞いていました。私は小さい頃からファッションに興味があり、人形に布を当ててドレープを試して遊んでいたんです。そうしたら、地元のデザイナーたちの話も知りたいでしょうって「アントワープ・シックス」のことを話してくれたんです。10歳頃でした。その後、彼らの仕事についてさらに調べて衝撃を受けました。驚きは大事ですね。心臓がドキドキすると、クリエーションのモチベーションが上がります。

 ハナロア、あなたはシックスの面々、特にドリスやアンと長年仕事を共にしましたよね。

ハナロア(以下H) ええ。なので展覧会を見たら家に帰ってきたような、懐かしい気持ちになりました。ところでシックスといえば、最近面白いことに気づきました。6はいい数字だと。息子が小学生なんですが、クラスで男の子が6人だけで、結託してるんです。6人いれば、グループの中で性格やスタイルが多様だから、退屈しない。それに一人が仲間外れになることもないし、いつも誰かしら行動を共にする相手がいるでしょう。でもそれなりに自由があって、とてもいい関係。

 確かに6人いると多様ですね。

 植物に例えられるかもしれません。同じ種から同じように育てられても、咲く花はそれぞれが微妙に違う。

 展覧会では、何が一番心に残りましたか?

 一つだけ挙げるのは難しいですが、アンのインスタレーション。彼女は作品だけでなく、人としても大好きです。しかも、パトリック(アンの夫のフォトグラファー)は月の光を真似たくて、影ができないライティングを意図したという話を聞き、詩的なセノグラフィーに納得しました。そしてもちろん、マリナ! 展覧会のオープンを待たずに、去年の11月に病気で亡くなってしまったので追悼の意味もありますが、デザインスタジオにしていた自宅の部屋が再現されたのを見たときは、感激もひとしおでしたね。

 私が一番好きなのは、ダーク・ヴァン・セーヌです。彼のコレクションは写真でしか見たことがなく、前から実物を見たいと思っていて。クラフト紙のゴミ袋にゲストの顔を描いたユーモラスなセノグラフィーも面白い。とにかく、感情を掻き立てる服ってすごいですよね。彼は私の修士課程の先生だったので、個人的な思い入れもあるかもしれません。私の服作りの基本にあるユーモアのセンスは、少なからず彼のクリエーションと共通しています。

 私もアカデミー在学中は、先生から大切なことを教わりました。視線を向けるだけでなく、目をちゃんと使って〝見る〟ことが大事だ、と。「ここでは技術を教えますが、大事なのは直感です」と言われたのを覚えています。アイデアを実現させるための技術的なヒントはくれるけれど、すべての手ほどきはわざとしてくれませんでしたね。「自分で見つけなさい」と。手探りで少しずつ私なりの写真を作っていく感じでした。

 私も学校では自身を探求し、直感を信じることを教わりました。入学時は深い暗闇にいるように感じましたが。アート史のコースはあったけれどファッション史の授業がなかったのは、かえってよかったと思います。感化されずに無から始められましたから。先生たちは自分らしいものづくりができるようになったと感じるまで寄り添ってくれます。つまり、正しい方向に導いてくれるのです。特に3年生のときに先生だったウォルターは、まさに私の個性を伸ばしてくれました。

 ダーク・ヴァン・セーヌとウォルターは、アカデミーの先生でもあった……。アントワープは小さな街だから、皆どこかでつながっていますね。

 展覧会ではインビテーションのコーナーも楽しみました。特にグラフィック・デザイナーのアンヌ・クリスによる、それぞれのスタイルに合わせたデザインをまとめて見られたのが面白くて。アカデミーのファッション部門ではグラフィックのコースもあり、彼女は私の先生でした。

 小さな街なだけに、ネットワークが発展しやすいんですね。

 ここでは手に入らないことやものも多くて自分たちでなんとかしなければいけないし、ビジネスの規模も小さいので、次のステップとして自然に外に目が向きます。〝ベルギーで成功するだけでは不十分〟という表現があるように。

 それにアントワープはとてもグレーでラフだから、逆にイマジネーションが膨らみます。

 同感! とにかくこの街はエネルギーを絶やしませんね。最近は都市計画でグリーンが増えた一方、ギャラリーやアンダーグラウンドなカフェもたくさんあるし。

 インターネットもなかった当時とは環境が激変していますが、今でもクリエイティブな人たち同士のシナジーが感じられますか?

J&H もちろん! それがアントワープなんです。

 

Hannelore Knuts

ハナロア・クヌッツ●ベルギー・ハッセルト出身。アントワープ王立芸術アカデミーの写真部門1年生だった1998年、ヴェロニク・ブランキーノのショーでランウェイ・デビュー。瞬く間にモデルとしてのスターダムに躍り出て、学校を中退。シックスの面々(ビッケンバーグを除く)と頻繁に仕事をし、パフォーマンス力を磨く。モデルを辞めて俳優やクリエイティブ・ディレクター、テレビのプレゼンターなどを経験した後、メディテーションを習得してインストラクターに。最近ではモデルも再開すると同時にベルギー・ファッションを代表するパーソナリティとしてトークショーなどのイベントで活躍。昨年は自伝『HK & IK』を出版した。

The Antwerp Six at MoMu 6人6様の世界観

The Antwerp Six at MoMu – Fashion Museum Antwerp, 2026, © MoMu Antwerp, Photo: Stany Dederen

1 Marina Yee

マリナ・イーの展示は、彼女のスタジオの再現

マリナ・イーの展示は、彼女のスタジオの再現

2 Dirk Bikkembergs

Dirk Bikkembergs

ダーク・ビッケンバーグは、自分の作品は実際にまとってこそ生きるもの、と服は展示せず、ビジュアル・インスタレーションに徹した

3 Ann Demeulemeester

Ann Demeulemeesterの展示

アン・ドゥムルメステールの、モノクロームな世界。サウンドトラックは、彼女が愛するパティ・スミスの歌声

4 Dries Van Noten

Dries Van Notenの展示

ドリス・ヴァン・ノッテンは代表作をルックとマルチスクリーンで見せた集大成。反対側の壁の側面には、ジュエリーを陳列

5 Walter Van Beirendonck

Walter Van Beirendonckの展示

社会派のウォルター・ヴァン・ベイレンドンクは中央のルックに自身の顔の動画をはめ込み、本人がしゃべっているような設定

6 Dirk Van Saene

Dirk Van Saeneの展示

ダーク・ヴァン・セーヌの展示では、動く歩道を各シーズンのキールックが巡る。画家でもある彼は、著名エディターたちの似顔絵を描いてゲスト席のマネキンに配した