美しい服は、穏やかな日々とともに。乙女の祈り

特別な一着に袖を通して鏡の前に立ったときの、ときめく気持ち。心を豊かにするものは安寧の中にある。希望が込められた服をまとい、平和に想いを馳せて

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとりひとりは、決して無力ではない。」小林エリカさん書き下ろし

美しい服は、穏やかな日々とともに。乙女の祈り

特別な一着に袖を通して鏡の前に立ったときの、ときめく気持ち。心を豊かにするものは安寧の中にある。希望が込められた服をまとい、平和に想いを馳せて

INDEX

リボンとお洒落と戦争と ―― 小林エリカ

髪に結ぶシルクのリボン。レース編みの付け襟。刺繍がほどこされたシフォンのスカート。愛しいものたちのことを考えるだけで私はうっとりするし、いつだってお洒落がしたい。女子高生だったとき、セーラー服に憧れた。電車の中で、可愛い制服を着ている子たちを見るたびに、羨ましかった。

一昨年、私は『女の子たち風船爆弾をつくる』という本を書いた。

第二次世界大戦中、東京宝塚劇場で風船爆弾づくりをおこなった女の子たちの史実をもとにした物語である。ちなみに、風船爆弾というのは、和紙とこんにゃく糊(!)でつくった直径約10メートルの風船に焼夷弾と爆弾を吊り下げ、偏西風に乗せ、アメリカ本土攻撃をもくろんで日本軍が開発した秘密兵器だ。実際、約9300発が放球され、約1000発がアメリカ本土へ到達。そのうちの1発で、キリスト教の教会の日曜学校でピクニックをしていた子どもたち5人と妊婦1人が亡くなっている。それが第二次世界大戦中、アメリカ本土における、唯一の犠牲者ということになった。

かの風船爆弾づくりをおこなったのは、満州を含む、全国の高等女学校の学生。いまでいうところの中学生、高校生の女の子たちだった。理由は「手先の柔らかい若い女学生が和紙の貼り合わせに適している」から。

ちなみに、東京での工場のうち東京宝塚劇場に動員されそれをつくったのは、かつて私が電車のなかでよくすれ違い、その制服をうっとり見つめた、雙葉、跡見、麹町の女の子たちだった。


戦時下にかの女学校へ通った女の子たちの記録を読んでゆくと、どの学校の子も口を揃えて「憧れの制服を着られなかった」と語っていた。というのも、女の子たちが入学する頃には、戦況も次第に差し迫り、各学校の制服ではなく、「ダサい」「ヘチマ襟」の国民服を着なければならない、ということが決められていたから。私が直接話しを聞いたひとりの元雙葉生は、灯火管制の薄暗い明かりのもと、その襟にわざわざ雙葉の錨のマークを刺繍したことを、話してくれた。

私にとっての「戦争」、第二次世界大戦というものは、いつだってモンペ姿に防空頭巾をかぶり、食事は芋で空腹のまま空襲の火の中を逃げ惑う、というイメージだったから、その発言はちょっとした驚きだった。しかし考えてみれば、空襲というのは戦争の中でももっとも末期、負けがこんできた先にあるハイライト的な瞬間に過ぎない。

女の子たちが小学校一年に入学するとき、銀座の街は華やかで、週末にはタクシーでデパートに乗りつけて、買い物やスウィーツを楽しみ、家ではレコードをかけながら宝塚少女歌劇のスターに夢中になったりもしていたのだ。やがて日中戦争がはじまるが、空襲はして・・される・・・ものではなく、女の子たちの日々の生活は変わらず、それはニュースの向こうのできごとでしかない。

しかし女の子たちがいまでいうところの高校二年生になる頃には、学校の勉強のかわりに風船爆弾の兵器づくりに駆り出され、「せめて月経のときには空襲で死にたくない」とあたり一面焼け野原の中を逃げ惑い、実際、いくらかは死ぬことになる。転げ落ちるのはたちまちのことなのだ。いまの東京の街を歩く黄色いカバーつきランドセルを背負ったぴかぴかの一年生を見るたびに、私はこの国に生きる大人のひとりとして、どうかこの子たちがそんな目にあうことがないように、それだけは避けたい、と唇を噛む。


かつて風船爆弾をつくった女の子たちのうちのひとりは、戦後四十年経ってから、自分の手でつくったそれが風船爆弾・・という兵器だということを、それが人を殺したことを、その詳細を知った、という。あるいは、インターネットで知った、ずっと知らなかった、というのも聞いた。

私は、本を書き終えてなお、果たしてそれはどんな気持ちだっただろうと、ずっと考えている。女の子たちは、ときに誰かの役に立ちたくて、ときに先生のために、友達のために、みんなのために、国のために、がんばった。それが、結果として、人を殺していて、(よりによって自分とおなじキリスト教を信じる自分とおなじ年頃の子どもたちと妊婦を!)しかも、それを、長らくずっと知らされなかった。

これまで、私は、過去の、第二次世界大戦を生きた、かつての女の子たちのことを書いていたつもりでいた。けれど、この頃、その女の子たちと、いまを生きる私は、いったい何が違うのだろう、という思いがよぎる。

戦争は悲惨で苦しいものだから、決して繰り返してはならない。私はこれまでそう習ってきた。事実、そのとおりだ、と私も思う。けれど、それだけではない、とも考えるようになった。なぜなら、戦争がその最後のハイライトに至るまでの長い時間の中で、戦争でいい思いをした人も、得した人も、いたはずだから。それが多く語られていない、あるいは気に留められていないだけのこと。

かつて日本軍が南京の街を占領した際、銀座のデパートで開催された「南京陥落セール」で買い物を楽しんだ女の子たち。かつて日本が植民地化した満州の地で、日本本土よりちょっぴり贅沢な暮らしをした女の子たち。使用人の言葉も名前も覚える必要もなく、気軽に海を越えて旅行を楽しんだ女の子たち。

私は根っからの貧乏性だからお得が好きだし、セールは気分が上がるし、できれば楽したいし、いい暮らしをしたいと夢見がちだし、豪華なものも美味しいものも最高だし、お洒落もしたい。もしも、私のお得が、私の暮らしが、私のお洒落が、誰かの搾取の上に成り立つものだとわかったとき、私はそこにきちんとノーを突きつけられるだろうか。

いま、私のこの国が、武器の輸出を認めた。一生懸命に働く私の金が、私の税金が、人を殺すことになるだろう。それが、いったいどのように、誰を、殺したかを知ることになるのは、ずっと後かもしれないし、それを知ることさえないかもしれないけれど。

ガザで殺される子どもたちを憐れみながら、スターバックスでコーヒーを呑む私は、私たちは、かつて風船爆弾をつくった女の子たちといったい何が違うのか。

私は貪欲で欲望にまみれている。清廉潔白になりきれないし、はっきりいってお洒落もしたい。けれど、それでも、私は私の手で誰かを殺したくない。そんなこと耐え難いし、なんとしてもそれを止めたいし、抗いたい。


風船爆弾にまつわるひとつの希望は、戦中それを研究開発した陸軍登戸研究所の跡地に、明治大学平和教育登戸研究所資料館がつくられたこと。驚くべきことに、敗戦と同時に証拠隠滅が図られたため、陸軍登戸研究所の存在は戦後40年あまり、旧防衛庁をふくめ私たちの国の歴史から消され、なかったことにされていたという。しかし、それを地元の高校教師だった渡辺賢二先生と生徒たちが地道な聞き取りで明らかにし、市民たちの力と運動により、ついには資料館として建物を保存、公開するまでに至ったという。

ひとりは、ひとりひとりは、決して無力ではない。心が挫けそうになるとき、私は、その資料館を想うことにしている。そうすれば、私は、私たちは、ひとりは、社会を、世界を変えることができるのだ、ということを信じられるから。

力を用いず抗う象徴としてのリボン

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとの画像_1

ドレス¥2,400,000/クリスチャン ディオール(ディオール)

流線型のフォルムが優美なブルーのドレス。ウエストに配した大きなリボンに目を奪われる。メゾンのコードとしてたびたび用いられてきたその意匠は、社会運動に登場してきた歴史ももつ。連帯や非暴力のシンボルとして、これからも人々の祈りの数だけ結ばれていく。

繊細なビジューの輝きを日常に

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとの画像_2

ニット¥330,000・スカート¥1,650,000・ソックス¥135,300(すべて予定価格)・靴(参考色)¥231,000(参考価格)/プラダ クライアントサービス(プラダ)

ミニマルな深緑のニットに合わせたのは、クリスタルビーズがふんだんにあしらわれたスカート。リアリティを追求しながらも、装う楽しさを思い出させる逸品。好きな服を好きなときに着られる、当たり前の毎日を大切にしたい。

すべての生命が損なわれないフレンドリーな選択

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとの画像_3

ニット¥275,000・パンツ¥254,650・靴¥139,150/ステラ マッカートニー ジャパン(ステラ マッカートニー)

動物や環境が迫害される社会では、どんな素敵な装いも心地よくまとうことはできない。そんな考えのもと、サステイナビリティを創業時から一貫して実践するステラ マッカートニー。どこか懐かしいぬくもりを感じるグラニーニットは、2頭のアルパカがこちらへほほえみかける。人間も動物も安らかに過ごせる世界を目指して。

運命の一着に出合ったとき女性はよりいっそう輝く

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとの画像_4

ブラウス¥513,700・パンツ¥311,300/クロエ カスタマーリレーションズ(クロエ)

現代に生きる女性をさまざまな角度から掘り下げている、シェミナ・カマリ。「フィメール・トラブル」をテーマに、服を選び、装うことを楽しむ姿を描き出した。ギャザーがあしらわれた花びらのようなトップスに、バルーンシルエットのパンツを合わせて、優雅な曲線を描く。

装うことで、思想を表現する

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとの画像_5

ニット¥77,000・中に着たTシャツ¥28,600・スカート¥74,800・ベルト¥136,400・キャップ¥14,300/WORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES(DIE DREI BERGE) ネックレス(上)¥1,430,000・(下)¥1,900,800/チェリッシュ インク(マリー リシュテンベルグ)

スカートやキャップでスローガンを掲げることは、社会に向けたささやかな発信だ。けれど、強く言葉にすることだけが意思表示ではない。静かに無言の主張をすることでも、私たちは連帯できる。胸の内に秘めた願いを、ロケットネックレスにそっと忍ばせて。

アートピースのような服が私たちを明るい光へ導く

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとの画像_6

ジャケット¥342,100・スカート¥427,900・ブーツ¥379,500/ドリス ヴァン ノッテン

制服や思春期の記憶から着想を得て、自分らしさを探す旅をテーマにしたコレクション。ピクセル柄を刺しゅうで表現したスカートに見惚れる。緻密な手仕事で作られた服をまとうことは、希望につながる。先行きの不安な時代にこそ、ファッションの楽しさを示したい。

少女へ想いを寄せてレースを重ねる

リボンとお洒落と戦争と|「ひとりは、ひとの画像_7

シャツ¥47,300・ドレス¥52,800・スカート¥59,400・パンツ¥53,900/ユークロニア

シャツとパンツ、ワンピース、その上にスカート。可愛いものをふんだんに重ねた自由なレイヤードは、女の子の憧れだ。生まれた時代のせいで、着たい服を着られず、知らない間に戦争に加担させられた少女たち。この先の未来には、誰の身にも悲しいことが起こらないように。願いを、無垢なレースに託して。

こばやし えりかプロフィール画像
作家、アーティストこばやし えりか

近著に『おこさま人生相談室』(柏書房)、訳書サンギータ・ヨギの絵本『わたしは なれる』(green seed books)他。’24年には『女の子たち風船爆弾をつくる』(文藝春秋)で毎日出版文化賞を受賞。arbaro books主宰。