かつて懐中時計を彩った技法――エナメル、細密画、モザイクなどが現代の高級腕時計のダイヤルに受け継がれ、進化をとげている。そこには想像を絶する緻密さを持つ、クリエイティブな職人の技がある。知られざる「持ち歩ける芸術」の世界に、酔いしれて――
※この特集中、以下の表記は略号になります。
BG（ベージュゴールド）、WG（ホワイトゴールド）、YG（イエローゴールド）、PG（ピンクゴールド）、MOP（マザーオブパール）
CHANEL
ツイードパターンをエナメル装飾でモダンに表現
シャネルのシンボル、ツイードパターンを約120時間かけて作品に結晶させたのが、アニタ・ポルシェ。当代一のエナメル作家で、最も複雑な技法グラン フー エナメルに精通している。ここではゴールドプレートに彫った柄にエナメル粉末をのせてペイントし、高温で繰り返し焼成。こうした焼きつけを色ごとに、完璧に定着するまで行う。経験に基づく手作業を受け継ぐ伝統から生まれる、現代アートのような作品が新鮮だ。
Van Cleef & Arpels
「ダンス」の一瞬の動きに、独自のノウハウを凝らして
まるで＂ウエスト・サイド・ストーリー＂の一場面のような、躍動する瞬間をとらえた描写が見事。メゾンが誇るエクストラオーディナリー ダイヤルは、時計制作と宝飾に関わるクラフツマンシップの集大成だ。ゴールド製のデュオとダンサーのボディには、ミニアチュールペインティングが施されている。背景とフロアは、マルケトリ（象嵌）で奥行き感を演出。動きに着目した斬新なデザインに、芸術的なハンドクラフトが息づく。
CHAUMET
グランフーエナメルが醸し出す詩情
雨あがりの夜、月明かりに照らされたヴァンドーム広場とショーメ本店。ダイヤル上部の手彫りのギヨシェ装飾に重ねたグランフーエナメルが、夜空の深い碧と煌めきを表現している。時計のメティエダール（芸術的な手仕事）の中でも難しさで知られるこの技法は、最高度の耐性と美しいカラーが特徴。名人アニタ・ポルシェの手によって、800度以上の高温で幾度となく焼きつけられたミッドナイトブルーに、情感がこもる。
CARTIER
驚異のストーンモザイクに目と心を奪われる
ストーンモザイクとは、カラーガラスや石、セラミックなどの破片を、石膏や漆喰に配置する装飾的アート。そのテクニックを用いて、9種類の異なる石のピースを組み合わせたパンテールの顔をダイヤルに。緻密なセッティングで表現する、リアルな描写はため息もの。ダイヤル制作日数は約8日間。カルティエの芸術的な職人の技を集結した＂メゾン デ メティエダール＂で、伝統のノウハウと最新技術を融合して誕生した。
SOURCE：SPUR 2021年11月号「時計は「持ち歩く」アートだ」
photography: Masanori Akao 〈whiteSTOUT〉 styling: Momoko Sasaki edit: Hiroko Naruse
