人生最後の夜に飲むワイン #深夜のこっそり話 #1109

 2016年、森アーツセンターギャラリーで開催され大盛況だった「マリー・アントワネット展」。それとは主旨を変え、今年の10月、「マリー・アントワネット、イメージのメタモルフォーゼ」展がフランスで開催されます。そのお披露目会でサーブされたワインは、サンセール。マリー・アントワネットが断頭台にあがる前日、所望したワインがそれだったとか。王妃のお気に入りワインのひとつで、プティ・トリアノン(アントワネットが好んで滞在した、ヴェルサイユの離宮)にも必ずオンリストされていたそう。

贅の限りをつくした王妃が望んだ人生最後の夜のワイン。選んだ理由は歴史のみぞ知るところでしょうが、私はそこに、時代にはそぐわなかったものの、アントワネットの生まれ持った、“無邪気なエレガンス”を感じます。

夏に飲みたくなる爽やかな白という印象しかなかったサンセール。なにやら感慨深いぞ!ということで、それから“サンセールハント”の旅がはじまりました。“急がば百貨店”の買物習慣にならい、まずは、大手百貨店のワイン売場へ。「サンセールでフランス革命前夜にタイムトラベルしたい」という浮き立った問いかけに、店員がにこやか(苦笑!?)に差し出してくれたのは、「コント・ラフォン・サンセール」。超正統派の老舗生産者が手がけるクラシックな銘柄です。フランス元大統領ミッテランが好んだことでも有名ですね。賞味したところ溌剌としているのに風格と気品があって、アントワネットをワインで表現したらきっとこんな感じ。

話がそれますが、ミッテランと言えば、彼に仕えた女性シェフとの実話を元に映画化した『大統領の料理人』が脳裏をかすめます。ブルゴーニュのムルソーの造り手として名高いドメーヌ・ルーロの当主ジャン=マルク・ルーロが給仕長役として登場したり、お宝ワインが軽やかに(!)抜栓されたり。ワイン好きならずとも必見です。

旅はわがままに加速します。
家飲みでは満足しきれず、外でサンセールを飲みたくなり、大人の街・渋谷は桜丘町にあるワインバー「ローディ」へ。こちらは、ソムリエールでもありワインライターでもある谷 宏美さんが、老舗のクラシックな造り手からモダンなスタイルのトレンディなものまで幅広くワインをセレクトしてくれる、私にとってのプティ・トリアノン(笑)。

「今宵は、人生最後の夜を迎えるアントワネットの気分なの。そんな心情に寄り添うサンセールが飲みたい」というこれまた謎めいた問いかけに宏美さんが提案してくれたのは、アルフォンス・メロのサンセール。

聞けば、アルフォンス・メロはフランス王家と密接な関係にあった造り手。500年の歴史を持つ超老舗で、かつてルイ14世にコンセイエ・ヴィティコル(ブドウ栽培・ワイン醸造アドバイザー)に任命されたという記録もあるらしく、アントワネットがプティ・トリアノンで飲んでいたサンセールたちのなかにもあったはずとのこと。

そんなトリビアとともに、現在リリースされているなかからサジェスト。モダンなエチケット、ピュアな果実味に高貴な香りで、こちらも王妃のワインらしい味わい。

そして「とっておき」とすっと差し出してくれたのは、まさかの赤。「白のイメージが強いサンセールには、実は赤とロゼもあり、ブルゴーニュと同じピノ・ノワールから造られる赤も素晴らしく、ロワールらしい生き生きとしたピュアな味わい。見かけたらお試しを」と、宏美さん。好きな赤は?と聞かれたらピノ・ノワールと即答する私にとって、ちょっとした運命を感じてしまいました。

「サンセールは数あるワインの中でも、最もシャープなミネラル感を感じさせるもののひとつ。まさに鋼のようなギラリとしたイメージなので、王妃が断頭台を目前にそれを所望したというのがアイロニックであり、壮絶な最期の物哀しさを助長するように思います。好きなワインを飲みたい、それだけのことだったとも思うのですが」と、宏美さんは言います。

先に書いた「マリー・アントワネット、イメージのメタモルフォーゼ」展では、華麗な肖像画にそれと対をなす風刺画、ファッションアイコンとして現代化された映画、ファンカルチャー要素を含むポップアートなど、アントワネットを題材にした作品が集結します。長きにわたり表現の対象となるのは、彼女のキャラクターとドラマティックな人生がクリエイターを焚きつけるからなのでしょう。その魅力の何たるかは、10月の展覧会で解くとします。

折しも季節は梅雨入り前。ソーヴィニヨン・ブランらしい、フレッシュで清涼感のあるサンセールをきりりと冷やせば、人生最後の夜ならずとも、じめじめした気分を一掃する“リセットワイン”としてぴったり。令和元年の夏の夜は、サンセールと過ごす時間が増えそうです。

「マリー・アントワネット、イメージのメタモルフォーゼ」展
開催期間:2019年10月16日〜2020年1月26日
開催場所:ラ・コンシェルジュリー
主催:国立モニュメントセンター
http://www.paris-conciergerie.fr/en/

 

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エディターYOSHIMURA

食べること、カラダを動かすこと、旅することが大好物のアクティブ派。その反動か、ワードローブは甘め嗜好。花柄アイテム&ワンピースがクローゼットを占拠しています。

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