2026.05.30

“悪気はない”その一言に、なぜか傷つく。伊藤亜和さんの絵本『モプーはヘンダ』がすくうもの

何気なく交わされる会話のなかで、ふと立ち止まりたくなる瞬間がある。それは大げさな出来事ではなく、ほんの一言、ひとつの視線、あるいはちょっとした言い回し、その場の空気が重なって生まれるものだ。

その違和感を受け流すこともできる。けれど、確かにそこに残る感情もある。

何気なく交わされる会話のなかで、ふと立ち止まりたくなる瞬間がある。それは大げさな出来事ではなく、ほんの一言、ひとつの視線、あるいはちょっとした言い回し、その場の空気が重なって生まれるものだ。

その違和感を受け流すこともできる。けれど、確かにそこに残る感情もある。

INDEX

違和感の正体は?

伊藤亜和さんの絵本「モプーはヘンダ」

『モプーはヘンダ』の絵本はそうした“見えにくい感覚”に触れることができる。作品のなかで描かれるのは単なる概念や説明ではなく、むしろそれ以前の言葉になる前の揺らぎのようなもの。

ページをめくると、特別ではないどこにでもありそうな日常の断片が広がる。しかし、その視点は誰かの内側に寄り添うものだ。語られない感情、飲み込まれた言葉、見過ごされてきた小さな引っかかり。

印象的なのは作品が「正しさ」を提示しないことだ。誰かを強く責めるわけでも、明確な答えを示すわけでもない。それでいて、登場する子どもたちは対立するのではなく、互いの目線に近づこうとする。



言葉や視線は、想像以上に遠くへ深く届く

もくもくとした雲

受け手にとって声をあげにくい感覚のトゲは、“無意識”の領域にある「マイクロアグレッション」ともいえる。それらは、単純な善悪の枠組みでは捉えきれないものだ。伊藤亜和さんの中から生まれたモプーの世界は、その複雑さを無理に整理せず、読者それぞれの感覚に委ねている。

言葉や視線は、しばしば想像以上に遠くへ深く届く。だからこそ、その選び方には想像力が求められるのかもしれない。『モプーはヘンダ』は、その想像力の入口を開いてくれる。そして、読む側である私たち自身が無自覚のうちに誰かを傷つけてしまう可能性と無縁ではいられない存在と感じさせてくれるのだ。そんな意識を持っていると、誰かと向き合うときの言葉や視線も少しは変わっていくのではないだろうか。しかし、そこには必要以上の不安は無用。そんな変化のはじまりを手渡してくれる一冊なのだ。もし不安になったり、トゲを感じて悩んだりしたら、絵本を手に取って、モプーと対話してみるのもいい。そして、カバーそでに記された亜和さんからのメッセージに、目を通してみてほしい。

今回紹介した絵本はこちら!

商品名

『モプーはヘンダ』 作:伊藤亜和 絵:出口かずみ / KADOKAWA 

価格

¥1,870

エディターTARUIプロフィール画像
エディターTARUI

気づいたらメガネやサングラスを集めてました。しかし、何年か寝かせてからかけるという癖あり。ひとりっぷ®修行中。セレブやK-POPを語りがち。