オスカー筆頭候補、ケイト・ブランシェットの演技論【辰巳JUNKのセレブリティ・カルチャー】

現代最高の俳優といえばケイト・ブランシェットだろう。英語版ウィキペディアすら、現在53歳となる彼女のページではいの一番にその称号が載せられている。2023年春には、アカデミー賞においても歴史的記録を前にしている。最新作『TAR/ター』(日本公開2023年5月)にて有望視されるキャリア3個目のオスカーを獲得すれば、イングリッド・バーグマンやメリル・ストリープに次ぐ史上5人目の栄誉だ。

賛否両論の演技論

オスカー筆頭候補、ケイト・ブランシェットの画像_1
Photo:Getty Images

俳優として、物議もかもしてきた。特に賛否を呼んだのは2015年、「(同性愛などの)役柄に近い経験をした役者をキャスティングするべき」という考えに対して「自分の経験を超えた役柄を演じる権利のために死ぬまで戦う」と断言したこと。マイノリティの人々の雇用機会にまつわる議題でもあるため一筋縄ではいかないのだが、ケイトに焦点をあてると、掲げているのは演技論だ。
「古風と言われるかもしれませんが、私にとって俳優の仕事は、自分とは別個のキャラクターとの心理的つながりを創造することです。凡庸で微小な己の(うちなる)世界を見せることではありません。私の人生なんて誰も興味がないでしょう。もしかしたら持たれているかもしれませんが、私自身は、個人的な考えや意見を出す気はありません」

神秘的な「超常と実存」

宣言どおり、キャサリン・エリーズ・ブランシェットは、私的な情報をあまり明かしてこなかった。1969年オーストラリアに生まれ、90年代には舞台俳優として名を馳せ、20世紀末『エリザベス』にて初のアカデミー賞ノミネート。その後は『ブルージャスミン』『キャロル』等々に出演、名優街道だ。当人いわく、個人としての人生を守るため、なるべく神秘的なイメージの維持を心がけていたという。
古典ハリウッドスターのような神秘性は、俳優像にも通じている。『アビエイター』でタッグを組んだマーティン・スコセッシいわく「ケイト・ブランシェットを前にすると、時がとまる」。大監督すら圧倒させてしまう存在感こそ、彼女を生ける伝説にしているのだ。

しかし、演技評となると、意外にも親しみやすさが鍵とされる。評論家のウィル・リーチとティム・グリーソンは「親近感とつかみどころのなさの両立」こそ稀有な能力とした。実際、ハリウッドでの出世作『エリザベス』のエリザベス一世役は、公開当時「普通の女の子」が「歴史上もっともミステリアスな女王」となりゆく変容を称賛されていた。たとえるなら、超常と実存を行き来するかのような演者と言える。

人間を超えた「史上最高の演技」

「史上最高の演技のひとつ」として絶賛された新作『TAR/ター』は、キャリアの集大成だ。「自分の経験を超えた役柄」、つまり己と似ていないキャラクターを好むケイトらしく、主人公のターは、権力欲に駆られパワーハラスメントなどの問題行動に出るレズビアン指揮者。その属性もあって、アンチ・キャンセルカルチャー、もといリベラル批判の物語と捉えた観客のあいだで政治的な物議をかもした。

しかし、ケイトいわく『TAR』は政治批判ではなく「ジェンダーレスに権力構造を考察する作品」だという。つまるところ、主人公を有害な行動に駆り立てる社会システムこそ映画の主眼なのだ。
「この世界は、人々に怪物のような行動をさせるだけでなく、そうするよう誘い、しばしば推奨し、それによる報いを与える。私の役を怪物と呼ぶのは簡単ですが、この映画はそれよりもずっと曖昧なものです」「ある意味、人間を演ずると同時に、ある状態、雰囲気そのものの演技をしているようでした」


この言葉を聞けば「史上最高の演技」評価の片鱗をうかがえるだろう。ケイト・ブランシェットは、人間を演じるなかで、キャラクターが身を置く「社会構造」までその身に宿した。つまり、本当に超常であるはずのものを実存させてしまったようなものだ。

自身のことはあまり語らないケイトだが「人生を肯定する役」としたターに関しては、共通点をほのめかしている。それは、破滅リスクをはらむ挑戦をつづける芸術家としての重圧だ。ただ、役柄と異なり、功績を意図してきたわけではなかったという。
「実験的な表現に興味があっただけで、キャリアを積みたいわけではなかった。キャリアというもの自体、よくわかりませんでした。今でもわかっていません」

「私は野心家なのか、ただ慌ただしい人間なのか? 難しい質問ですね」
問いの答えがどうあれ、真実は、ケイト・ブランシェットが現代最高の俳優であることだ。

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

記事一覧を見る

FEATURE