「モデルの闇」を暴いたエミリー・ラタコウスキーのセクシー・フェミニズム

「バカげてるくらいの美人」。大真面目な書評でもこう形容されるのがエミリー・ラタコウスキーだ。この春、歌手ハリー・スタイルズと渋谷でイチャつく姿を撮られて日本でも話題になったが、元々ハリーがグループアイドル時代「憧れの存在」として彼女の名前を挙げていたことからも、その地位がうかがえる。

セクシーモデルとして知られるエミリーだが、それゆえの波乱と苦難を明かしてきた思想家としても知られる。ときに「女性の敵」のようにも批判される、フェミニズムを揺るがすフェミニストなのだ。

MeToo前夜のセクシーアイコン

「モデルの闇」を暴いたエミリー・ラタコウの画像_1
photo:Getty Images

1991年に生まれたエミリー・オハラ・ラタコウスキーは、教職の両親のもとカリフォルニアで育った。容姿主義的な親の影響もあって「美しくなれますように」と祈りつづけていたという。自分が美人だと気づいたのは、演技の授業で「泣いてても綺麗」と言われた9歳のころ。13歳にはモデル業をはじめ、大学で美術を専攻したものの、キャリアのため中退。しかし、身長が170cmしかなかったため、水着仕事やCMをこなす「セクシーモデル」として売り出されていった。

そんなエミリーがトップスターになったのは10年前の2013年。歌手ロビン・シックの大ヒット曲『Blurred Lines』のミュージックビデオでヌードを披露し、一夜にしてときの人となった。しかし、当時はMeToo前夜。歌われていたのは「あいまいなのは嫌いなんだ」という乱暴な口説き文句で、映像中、服を脱いだ女性たちが髪をひっぱられたりしていた。当然炎上して、「性行為には同意をとれ」と訴えるデモ運動が行われるほどの騒ぎとなった。

「憧れのモデル」闇の実態

反して、エミリーは新たなMeToo時代に適合する存在だった。『Blurred Lines』出演について「自分で選択した性表現」と主張し、Instagramにセクシーな写真と政治的意見をアップしていき、女性の主体的意思決定を称賛するチョイス・フェミニズム旋風のアイコンとなったのだ。

しかし、27歳になるころには、自分を「肉塊」としか思えないうつ状態に陥る。そこで、元々作家志望だったこともあり、人生と感情を思索するエッセイ『My Body』を執筆。この2021年のベストセラーの衝撃は、世の憧れの対象であった「セクシーモデル」の内実を暴露したことにある。たとえば、駆け出しだった10代のころ、撮影で出会った先輩モデルからディナーに誘われて連れて行かれたクラブで、唐突に黒塗りの車から中年男性たちが降りてきた。こうしたやり口は、お金のない若手モデルを男性権力者たちにあてがう「ディナーネットワーク」の常套手段だそうだ。その後も、有名富豪とスポーツ観戦するだけで250万ドルを支払われる不穏な体験を重ねていったという。

30代でシングルマザーになるまで恋人が途切れたことがなかったというエミリーだが、これといった好みはなく、とにかく自分の身を守ってもらうため受身的に男性とつきあいつづけていったという。しかし、交際2週間で結婚した映画プロデューサーの元夫が性暴力コミュニティに関わっていたショックにより、男性の視線が前ほど気にならなくなった。

フェミニズムとセクシー表現の葛藤

チョイス・フェミニズムの支持もやめた。『Blurred Lines』の撮影中、ロビン・シックからハラスメントを受けたことを明かし、自分の選択だと思っていた性的アピールは社会に刷り込まれていた面もあったと気づいたのだという。ここで直面するのは、ひとつの人生の難題だ。「自分の身体を性的商品にすることで成功したのに、性差別に反対するのは矛盾しているのではないのか?」。

実際問題、『My Body』の最大の反響は、彼女のInstagramへのバッシングだった。彼女は今も男性にウケやすいセクシー写真を投稿しつづけている。そのうち企業がスポンサーについた広告もあるから、フェミニストを名乗りながら世の女性にルッキズム的プレッシャーを与えて稼ぐ抑圧に加担しているじゃないか、と批判を呼んだのだ。

エミリーの答えはない。今もフェミニストだが、その定義がわからなくなっているという。一方、はっきりしているのは、男性が有利な社会で性的魅力を用いてチャンスを活かそうとする若年女性ばかりが辱められる不公平への憤りだ。当人の自認としては、経済的成功にはInstagramのセクシー写真が不可欠だった。

だから、「Bitch Era(ビッチ時代)」と冠したメディア企業を創設し、Podcast『High Low with EmRata』を始めた。「あばずれ」とののしられて見過ごされやすい、セクシーでフェミニンな女性表現者たちとの談話を重ねる、実験的かつ啓発的な番組だ。たとえば、舌足らずなギャル語でシリアスな議題を語るクリップを出すと「こんな喋り方で賢く見られたいのか」と不評を買っていく。

同性にも軽視されやすい女性像をあぶりだすエミリー・ラタコウスキーは、2020年代アメリカの現実を反映している。女性の権利意識が浸透した今でも男性に向けて性的魅力をアピールする、またはせざるをえない女性は多いし、InstagramやTikTok、送金アプリや不景気によってその機会が増えた可能性もある。「バカげてるくらいの美人が折り合いをつけようとする本」と評された『My Body』が主題としたフェミニズムと性的表現にまつわる複雑な葛藤そのものは、多くの女性から共感を呼ぶものだったのだ。「男性ウケ」の「女性の敵」と批判されがちなエミリーだが、結局のところ、同性からも支持されることでセクシーアイコンの座を確立している。


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辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

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