寂聴さんの“一生現役”の生き方とは?

文壇からのバッシング、スキャンダラスな私生活、51歳での出家、そして病魔との闘い。「波瀾万丈」をものともせず、自分の人生を自由に生きてきた寂聴さん。その情熱は今も変わらない

普段は、京都・嵯峨野にある寺院「曼陀羅山 寂庵」にいる寂聴さんが、取材のこの日は、珍しく東京のホテルにいた。
「大竹しのぶさんの舞台『ピアフ』が素晴らしいというので、それで東京へ出てきました。この年になると明日死ぬかもしれないでしょ? だから今は何でも見ておきたいんです。やっぱり観てよかったですよ。『いいものを観た』という喜びで、今日はとっても元気なの。いい冥土の土産になりました(笑)」

5月15日で94歳――しかしその生き生きとした表情から「老い」は感じられない。一昨年には胆のうがんを発症し、体調の悪化が心配されたが懸命のリハビリで歩けるまでに回復。「がんなんて年をとってからできるニキビみたいなもの」と一蹴する。「全然怖くなかったし、なぜか死ぬ気はしませんでした。ただ不安だったのは寝たきりになることね。書けなくなるなら死んだほうがいいと思ってた。私にできるのは書くことだけですから」

批判された小説『花芯』。でも、負けてなるものかと思いました

これまで出版した本はなんと400冊以上。天性の文才に恵まれ、子どもの頃から作家を志していたという。しかしそのスタートは決して華々しいものではなかった。作家・瀬戸内晴美が最初に注目されたのは、1957年、小説『花芯』を発表した30代半ば頃。前作で新潮同人雑誌賞を受賞し、上昇気流に乗りかけていたときだったが、この受賞第一作が思わぬ批判を浴びてしまう。性に開かれていく女性を描いたことから「ポルノ小説」「子宮作家」といっせいにバッシングされたのだ。

「あのときは本当にひどいいじめに遭いました。私も若気の至りで、『そんなことを言う批評家はインポテンツで、女房は不感症だろう』なんて言ってしまったから(笑)袋だたきに遭って。結局、文芸誌から5年間、締め出されてしまった。でも、そんなときも負けてなるものかと思ったわね」

このような批判を受けたのは、作品にそれだけ力があったからでもある。女性の本性をあぶりだすような濃密な筆致は他を圧倒するすごみがあった。そしてそれは惜しみなく恋に情熱を注いだ彼女の生き方そのものだった。

じつは大学在学中の20歳の頃、寂聴さんは一度結婚したのだが、夫の教え子の青年と恋に落ち、3歳の娘を残して家を出た過去がある。作家になってからも妻子ある作家と不倫関係に陥り、泥沼の三角関係に。その顚末を描いた『夏の終り』で女流文学賞を受賞し、作家としての地位を確立した。のちに自伝的小説で語ったように「恋を糧として、恋を生贄にして」瀬戸内文学は花開いていった。


photography:Takemi Yabuki〈W〉

目の前に6人男が並んでいたら、やっぱり好きなタイプを見ちゃう

しかし恋の遍歴を重ねるうちに次第に虚無感に苛まれるようになり、1973年、51歳のときに出家。以降、俗情を断ち、尼僧として精力的に活動している。バイタリティあふれる法話は女性を中心に人気を集め、「寂庵」には大勢の人たちが訪れるようになった。

一方で創作への熱意も失われることはなかった。渾身の力を注いだ『源氏物語』の現代語訳では、古典の世界を現代に鮮やかによみがえらせ、不動の人気を獲得。また「この数年は、若い人たちからエネルギーをもらっている」と言うように、近年はケータイ小説を発表したり、若手の論客と対談するなど、衰えない好奇心で現役の最前線に立っている。

この5月には、自身初となる掌編小説集『求愛』を上梓。愛を渇望する91歳の老女、空港近くのホテルで女を買う侘(わび)しい男、デモに身を投じる女子大生……世代や性別、形式を超えて、さまざまな愛のかたちが綴られる。

「同じ調子だと自分が退屈しちゃうから、そのときに自分が楽しいように書いたんです。机に向かうとすっとお話が出てくるの。それを詩を書くように気ままに書きました」

そうして見えてきたのは「結局人間は、若いときの気持ちが死ぬまで続くということ」。「情欲とか嫉妬とか、恥ずかしくて人に言えないような気持ちが90 歳になってもなくならない。私もそう。目の前に6人男が並んでいたら、やっぱり自分の好きなタイプを見るもの(笑)。そういう気持ちはちっとも変わらないの」。枯れることのない生きることへの情熱。寂聴さんは、今も青春を生きている。

写真①:近年は社会活動にも積極的に参加。昨年は、安保法制反対のデモに出向き、国会議事堂前で演説した。「あのときは、じっとしていられなくて行ったんです。そうしたら若い子たちがいっぱいデモに参加していて安心しました。未来は若い子たちに託すしかないと思っています」
写真②:1962年、書斎にて。瀬戸内晴美として短編小説『夏の終り』を発表した時期。凜とした表情に意志の強さを感じさせる
写真③:1983年、京都の「寂庵」で写経する寂聴さん。剃髪して今と変わらぬ雰囲気に。出家してからは、仏教の入門書も多数執筆している


『求愛』瀬戸内寂聴著(集英社/1,300円)
1話~5ページという掌編30篇を収録。88歳の老女と若い劇団員との淡い心の情交、不倫相手の三回忌に本妻から手紙をもらう愛人……など、縦横無尽に語られるさまざまな「愛」のかたち。大病を経て、なお文章の色気を失わず、みずみずしく愛を綴る著者に感服。

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