裕福な国は女子サッカーが強いのか【ブレイディみかこのSISTER "FOOT" EMPATHY】

"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる! 真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談

※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。

ブレイディみかこのSISTER

わたしは英国の南端にあるブライトンという街に住んでいる。近年は「サッカーの三笘選手がいるブライトン」として日本では有名だ。

実際、今年のW杯の日本戦はすごかった。ブライトンに「The King & Queen」という大きなパブがあり、スポーツ観戦となると人が集まることで有名なのだが、わたしも日本代表がスウェーデン代表と戦ったとき、そこで尋常でない光景を見た。ブライトンで、こんなに同国の出身者を見たことがないと驚くほどの数の日本人が集結し、パブの一部を完全に占拠して「ニーーッポン、ニーーッポン」と大声で歌っていたのである。

三笘選手がブライトンで活躍するようになって、やたらと若い日本人の姿を街で見かけるようになったとは思っていたが、あの日はその全貌を目にしたような気がした(と言っても、肝心の三笘選手は負傷のためW杯には出場していなかったのだが)。

さて、その三笘選手を擁する地元クラブ、ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンが、ヨーロッパで初となる女子クラブの専用スタジアムを建設すると発表して大きな話題になっている。英国の女子サッカーの苦難の歴史はこの連載で書いたことがある(単行本『SISTER “FOOT”
EMPATHY』に収録)が、いよいよ女子クラブが専用のスタジアムまで持つようになったかと思うと感慨深いものがある。

建設費用は7500万ポンドから8000万ポンド(約164億〜174億円)になる見込みだそうで、クラブ側は新しいスタジアムが「女子クラブにとって恒久的な本拠地とアイデンティティを提供するものになる」と話している。三笘選手がプレーしている男子クラブの本拠地、アメックス・スタジアムに隣接する位置に建設されるそうで、ブリッジでアメックス・スタジアムと連結される予定だという。

女子選手、スタッフ、サポーターのためのスタジアムが建設されるのは、英国のみならずヨーロッパでも初めての試みだが、世界でもこうしたプロジェクトは3つしかないという。更衣室、ピッチの基準、リカバリースペースなども女子選手をサポートするために作られ、家族連れや初めて観戦する人にも居心地のよいものになるよう設計される。授乳室、おむつ交換台、ベビーカー置き場など、女性がサッカーを楽しめるように配慮が施されたスタジアムになるというのだ。ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオン女子クラブは、アメックス・スタジアムで試合を行なったこともあるが、その試合の大半を、30㎞以上も離れたクローリーという街のスタジアムで開催している。スタジアムが完成すれば、男子クラブと同じように地元のホーム・スタジアムでプレーできるようになる。

クラブ側が大金を投じてスタジアム建設に踏み切ったのは、女子サッカーの人気が長期的に続き、ファン層も拡大していくと見越しているからだろう。女子クラブのスタジアムができれば、それがアカデミーや育成チームの試合や練習の拠点にもなり、女子選手の層の厚さにもつながっていくはずだ。

このように、女子サッカーを盛り上げようと資金を投入する動きが目立ってきたが、その一方で、このような投資の有無が、裕福な国とそうでない国の女子サッカーの実力格差につながっているとする指摘もある。

裕福な国は資金があるのでスポーツ全般において優れているという考え方もあるだろう。だが、サッカーにおいてはちょっと違う。南米の国の代表チームが、欧米のリッチな国の代表チームを負かすことは日常茶飯事だし、今年のW杯で世界を魅了したモロッコをはじめとするアフリカの国々の強さはどうだ。

しかしこの現象が、同じサッカーでも女子のほうには見られないという。裕福さがスポーツにおける実力につながっているとすれば、裕福な国の女子チームと男子チームは同じくらい成功を収めるはずなのに、なぜかそうはなっていない。

オーストラリアの経済研究機関、e61 Instituteが発表した「なぜ裕福な国々の女子サッカーのほうが強いのか」という調査書によれば、高所得国では、女子チームが男子チームを上回る成績を収めることが多いそうだ。これは、裕福な国のサッカーにおける優位性が、サッカー全般ではなく、女子サッカーに特有であることを示している。

調査書は、裕福な国ほどジェンダー規範に対して進歩的な傾向があるので、それがより多くの女性がスポーツに参加することにつながっている可能性も示唆する。特にサッカーのような、男子のスポーツだと思われてきた時代が長かった種目(そのために英国の女子サッカー界は辛酸をなめた)はそうだろう。しかし、女性のスポーツ参加に関するデータが不足しているそうで、調査書はこの点を「示唆」するにとどめている。

それよりも力強い答えになっているのが、女子サッカー選手と男子サッカー選手の育成や、報酬の問題である。グローバルな移籍市場の影響力だ。それは、男子サッカーにおける才能育成において支配的な要因となっている。男子サッカーは市場規模が巨大なため、クラブは世界中のどこに才能があろうとも、それを発掘しようとする。才能を見つけて自ら育成すれば、高額な移籍金を回避できるからだ。裕福なクラブは世界中でスカウト活動を行い、低所得国に私立アカデミーを設立したり、提携したりしている。

女子サッカーにはこのような状況は存在しない。女子の移籍市場も成長しているが、選手たちの多くは国内リーグでプレーし、地元のコーチの指導を受けるなど、国内で育成されてきた。だから国の貧富の差がFIFAランキングに見事にリンクしてしまうのだ。グローバリズムの時代は終わった、といわれて久しいが、いやいやいまだそれは支配的だよ、と思うのがサッカー界だ。W杯を見ても、海外で活躍する選手が多いチームは強いからだ。

いずれにせよ生まれた国でおおよそのことが決まる状況では、シスターたちの潜在能力を開花させることはできない。欧米の国だけではなく、世界のすべての地域のシスターたちが上位に勝ち進む女子サッカーW杯が見たいと願わずにいられないのは、わたしだけではないだろう。

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ライター・コラムニストブレイディみかこ

ライター・コラムニスト。英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。本連載をまとめた『SISTER“FOOT”EMPATHY』(集英社)が好評発売中。

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