"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる! 真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談
※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。
英国の年末の風物詩になっているものの一つに、ジョン・ルイスというデパートのクリスマスCMがある。特別にいつもより長く、短編映画のような作りになっていて、「感動的」「泣ける」と毎年話題になるからだ。その年の世相を反映する内容になっているという点で批評の対象にもなってきたが、2025年は中年の父と10代の息子の物語だった。2024年のテーマが「シスターフッド」だったことを考えると、大きな変化だ。
これは、2025年の英国のカルチャー界で最も話題になった映像と言っていい、Netflixドラマ「アドレセンス」を意識しているというのが大方の意見だった。昨年は、このドラマの大ヒットをきっかけとして、政界でも首相をはじめとして多くの政治家がこのドラマに言及し、現代の英国が抱える喫緊の課題として「ボーイフッド(少年期)の危機」が叫ばれるようになった。
そしてついに、英国の学校現場で、少年たちの間に広がるミソジニーの問題との取り組みが始まる。これは英国政府が進めているVAWG(Violence Against Women and Girls)半減戦略の一環なのだという。英政府は10年間で女性や少女に対する暴力を半減させるためにさまざまな政策を行なっていく。
具体的にどういうものになるのかというと、教員たちが教室でミソジニー的言動を見極め、対応するための訓練を受け、高リスクと見なされた生徒は特別な講座を受けることになるらしい。こうした指導を行うために、教員たちは、性的合意や、性的な内容を含むプライベートな写真や動画の問題などについても専門的な訓練を受ける。英政府は、早い段階でミソジニーの根を絶ち、若い男性による女性への暴力的な虐待を防ごうとしている。すでにこうした問題に独自に対応してきた学校はあったが、政府が2000万ポンド(約42億円)を投入し、全国一斉にこのようなプログラムを行うのは初めてだ。
2025年10月に行われた世論調査会社YouGovの調査によれば、英国の中学校の教員たちの51%が、自分の学校に通う少年たちの間でミソジニーが「比較的大きな問題になっている」と答えた。「非常に大きな問題になっている」と答えた16%を加えると、7割近くが大きな問題だと答えたことになる。驚くことに、小学校の教員でも25%が自分の学校の少年たちの間で「比較的大きな問題」と答え、「非常に大きな問題」と答えた教員5%と合わせると、3割が大きな問題と認めたことになる。
こういう話になると、「昔から女性に暴力をふるう少年はいた」「女性蔑視は今に始まったことじゃない」と言う人々もいるが、私自身、友人のソーシャルワーカーや保育士などから、少年や園児(!)のミソジニー的言動の話まで聞かされるようになった。
ソーシャルワーカーの友人は、インフルエンサーのアンドリュー・テイトの動画にはまった少年が、母親に暴言を吐いたり、暴力をふるったりするようになって保護されたケースを聞かせてくれた。シングルマザーの母親を「あばずれ」呼ばわりし、自分の暴力に傷ついて倒れている母親の姿をスマホで撮影したりしていたらしい。
同じ保育園で働いていた同僚も、「ビッチ」だの「カウ(牝牛)」だのといった女性蔑視的な言葉を保育士に浴びせる男児が出てきたと言っていた。「あなたはいい時代に働いていたのよ。あの頃はそんな3歳児はいなかったから」と言う。「いつからそんなことになったの?」と尋ねると、彼女たちの見解は一致している。やはりコロナ禍を境に変わったというのだ。
ネットのマノスフィア的なインフルエンサーたちの影響が低年齢化したのはその時期であり、ロックダウン中に家で仕事をしていた親たちは、自室で子どもがそんな動画を見続けているとは知らず、おとなしくしてくれててラッキーとすら思っていた。そして女性嫌悪的な言動をとる兄を持つ弟は、小さいうちからそれを真似るようになる。彼らにはその意味はわからない。ただ、お兄ちゃんたちがやっているからかっこいい、大きくなるということは、女性をバカにしたり、暴力で言うことを聞かせたりすることなんだと思うようになる。
ボーイフッドの危機は、フェミニスト的にはただ批判していれば済むことではないだろう。女性の未来を考えるとき、これほど重要な問題はないのではないかと思えるからだ。私が真剣にそう考えるのは、息子が大学のクリスマス休暇で家に帰ってきたときに、彼が久しぶりにパブやクラブで会ったという高校時代や中学時代の友人の女子たちの近況を聞き、どうしてこれほど恋人の暴力や虐待に悩まされているティーンの女の子が多いのかと本当に驚いたからだ。中には、中学時代に男性の暴力に反対する校内デモを率いたリーダーの一人もいた。こうした負の経験が彼女たちのメンタルや自尊心に与える影響を考えると、私には娘はいないが、つい親みたいな気持ちになってつらくなる。
欧州の国々やオーストラリアなどが、16歳未満のSNS利用規制の方向に動き出した理由の一つにも、マノスフィアのミソジニー的インフルエンサーたちが持つ少年たちへのリアルな影響力の脅威がある。しかし、問題はSNS規制だけでは解決しないだろう。どうやって女性とつき合っていけばいいのか、恋するってどういうことなのかと悩む少年たちに、「言うことを聞かせろ」というトランピズム的なものとは違う道を示すロールモデルが必要なのだ。そしてシスターの側からも、「あなたたちの問題はあなたたちで解決して」みたいな態度で敵対して終わるのではなく、少年たちが男性性について考える時期をサポートしなければならない。もちろん、少女たちにそれをやれというのは酷だ。これは大人の世代の仕事だろう。
それが何をすることなのか、具体的にどうすればいいのかは、まだわからない。ただ確実に言えるのは、ボーイフッドの危機は、女性たちの危機でもある。たぶんここでも、自分には理解できない他者への想像力という形でのエンパシーが求められている。今年はじっくり、そういうことを考えていきたい。
ライター・コラムニスト。英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。本連載をまとめた『SISTER“FOOT”EMPATHY』(集英社)が好評発売中。