「最後は、地獄の入り口に立っている感覚でした」 映画『Cloud クラウド』の黒沢清監督 と主演・菅田将暉さんに初タッグの感想を聞いた

『スパイの妻 劇場版』(20)で、第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した黒沢 清監督の最新作『Cloud クラウド』が、2024年9月27日(金)全国公開される。顔のみえない社会で拡散する、憎悪の連鎖から生まれる"集団狂気"を描いたサスペンス・スリラーである本作。「ラーテル」というハンドルネームを使い、転売で稼ぐ主人公・吉井良介を演じるのは、俳優として日本映画界を牽引、アーティストとしても圧倒的な支持を受ける菅田将暉さん。今作が初タッグとなる黒沢監督と菅田さんに初めて組んだ印象や主人公の吉井像、黒沢監督の演出法、作品のテーマなど幅広く聞いた。

『スパイの妻 劇場版』(20)で、第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した黒沢 清監督の最新作『Cloud クラウド』が、2024年9月27日(金)全国公開される。顔のみえない社会で拡散する、憎悪の連鎖から生まれる"集団狂気"を描いたサスペンス・スリラーである本作。「ラーテル」というハンドルネームを使い、転売で稼ぐ主人公・吉井良介を演じるのは、俳優として日本映画界を牽引、アーティストとしても圧倒的な支持を受ける菅田将暉さん。今作が初タッグとなる黒沢監督と菅田さんに初めて組んだ印象や主人公の吉井像、黒沢監督の演出法、作品のテーマなど幅広く聞いた。

出会いから10年。ベストタイミングで呼んでもらえた

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──お二人の出会いは、2013年の第66回ロカルノ国際映画祭だったとのことですが、その出会いから10年の時を経ての初タッグとなります

黒沢 そうですね。菅田さんと初めてお会いしたのは、ロカルノ国際映画祭でした。菅田さんが出演した青山真治監督の作品『共喰い』と僕の作品『リアル〜完全なる首長竜の日〜』が出品されていて、青山はよく知る仲だったので、大勢で食事をしました。当時、僕は菅田さんのことを知らなくて、そんなに込み入った話をしたわけではないんです。映画祭の時点で『共喰い』もまだ観れてなくて、日本に帰ってからこの作品を観て、作品も菅田さんもすごいと思いました。本当にロカルノで会ったあの人なの?って。というのは、ロカルノでは大人しい方だという印象を持ったのですが、俳優って演技するとこうなるんだなと鮮烈に感じました。その後あれよあれよと菅田さんはトップスターになられて、これまで何度か僕の映画に出て欲しいと思ったんですけど、プロデューサーから菅田さんはスケジュールが全然空いてないと聞いて断念していました。

菅田 そんなことが(笑)。

黒沢 そうなんです(笑)。菅田さんは常に忙しい印象があって、はるか雲の上の存在の人でした(笑)。ロカルノで会った人が、ここまでになったかと他人事ながら感慨深かったですね。今回も菅田さんが出てくれたらいいけど、まあ無理だろうみたいな諦めムードが最初からあって。でも、ダメ元でプロデューサーが聞いてくたら、「菅田さん、出てくれます」って。ここから、トントン拍子に動いていきました。

菅田 お話をいただいて、すごく嬉しかったです。ロカルノでのことがあって、本当にいつかご縁があればなって、ずっと頭の中にありました。昨年、30歳になって、ここでやっとかっていう、個人的にはベストタイミングで呼んでもらえたなと即決でした。

菅田さんは曖昧な役を完璧に演じてくれた

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──今回演じた吉井というキャラクターは、どう思われましたか? 声を荒らげたりすることはないけど、じわじわと嫌な人かもしれないと伝わってくる感じにニヤッとしました。

菅田 絶妙なキャラクターですよね。そのムードはすでに台本の中にもあったし、最初に監督とお話しさせてもらったときにキーワードをもらったんですよね。台本には書いてあるんですけど、どういう男なんですかね、みたいなのをいろいろ話していく中で、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』のことを話したりしました。ピュアで真っ直ぐさもあるんだけど、どこかいびつな感じとか、狂気も共存してる感じ。複合的なものが共存している。常にそういうムードを漂わせている男なのかな、みたいなことをお話しして、演じてみて、あのような感じになりました。対外的に印象悪くてもいいのかなって(笑)。やりながらですけど、考えていきました。

──本当に絶妙で面白かったです。

菅田 でも、人間の会話ってそうじゃないですか。すごいニコニコ普通に会話してても、あ、この人ちょっと俺のこと嫌いなんだなとか、あとから考えると、そういえばあそこ無視されたなとか、あの人の話題になった時に、急にちょっと話を変えたなとかあるじゃないですか(笑)。そういう本当に微妙な人と人のコミュニケーションの、演劇的なところができればと思いました。現場で黒沢さんが心情に合わせて動きをつけてくださるんですけど、その動きが実際ハマるんですよね。

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──黒沢さんから見て、菅田さんが演じた吉井というキャラクターはいかがでしたか?

黒沢 吉井という役は、わかりやすい良い人とか、わかりやすい悪い人とか、そこが非常に曖昧で、普通の人であるという部分がやりにくい役だろうと思います 。どうとでも転びそうで、その分、危うさがある役なんですけど、まさにそこをちゃんと把握されて、曖昧さを完璧に演じてくれました。僕が脚本で想定していたよりも、曖昧さも含めて、吉井のその時のどっちつかず気持ちみたいなものがくっきり表現されてました。曖昧なら曖昧なりにこういうふうに曖昧なんだなということもばしっと表現されていて、驚きました。もっともやっとするかなと思ったんですけど、菅田さんがやるとイエスともノーともつかないようなどっちつかずのところもびしっと伝わる感じが見事でしたね。菅田さん自身も、どっちに転ぶのか本当にわからない人という印象でした。危うさがあると同時に、絶対ブレない芯もある。揺れ動きながら、常に真っ直ぐな何かも持っている。一途ながら、幅の広さみたいなものを持っているという印象です。

──転売ヤーが主人公というのも、面白いなと思いました。なぜ転売ヤーに?

黒沢 そんなに大きな意図はなかったんです。たまたま、自分の知り合いにいたというのもあるんですけど、転売ヤーって結構真面目なんですよ。映画の中で、吉井もそうですけど、やることがいっぱいあってコツコツやっているんですよね。転売は犯罪ではないけど、ギリギリここから先行ったら、犯罪になるよっていう、際どいところで、商品を扱って送っていきます。この社会で、なんとか生きていくって、つまりこういうことだよねという。ここから先行ったらまずいけど、ギリギリのところまでいく。窪田正孝さん演じる、吉井の先輩の転売ヤーのセリフにもありましたけど、「いつまでこれを続けるの?」という感覚があるようです。それがもう生活になっていて、辞められない。そんなふうに社会の中で、ものすごい才能とか、ものすごいコネとか、何も持たない、弱い人間が生きていくひとつの典型的な姿だなと思って、主人公を転売ヤーにしました。面白いのが、転売ヤーの知り合いの彼が一番気にしているのは税金だという。つまり税金を誤魔化せるので、税務所に目をつけられやすいんです。だからちゃんと払うために、申告をものすごく正確にやっているそう。そこに払う労力も相当必要ですし、不思議な仕事だと思いました。

現場で最後のピースが提示される瞬間が好きだった

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──黒沢監督の現場での演出に対する印象は?

菅田 まず段取りの際、スタッフのみなさんの集中力とか、監督が一体何を言うんだろう、どんな演出をするんだろうって、集まってくるときの雰囲気がすごく好きでした。みんな何か期待してるというか、もちろん準備段階で、いろんな小道具とか照明とかある上で、ここから何が起こるんだろうって、最後の何ピースを、そこから提示する感じ。あの瞬間がすごい好きでした。僕自身、すごくわくわくしていました。

──わくわくと同時に、演じ手として刺激になった部分はありましたか?

菅田  やっぱり動きですかね。黒沢さんの現場は、俳優の動線とか、いる場所が特徴的だと聞いたことがあったんですけど、やってみてこういうことか、と。絵で見ると、ちょうどいい違和感というか、変に違和感なく見れていると思うんですけど、現場でやると、普通はしない動きばかりなんです。それはお芝居でもそうだし、日常生活でもあんまりしない動きというか。個人的に好きだったのは、部屋の中で恋人の秋子と喋ってるシーンです。吉井が帰ってきて、秋子に仕事やめろよと言うのですが、秋子はキッチンに立っていて、吉井は秋子の背中に向かって話しています。あのポジション撮りは最初違和感を感じて、僕にできるかなと思ったのですが、やってみると、これが吉井なんだなって。なんとも言えない奇妙さが、癖になる感じでした。自分の思い描く人間の動きなんて、大したことないんだなと思いました。やってみると、意外と自分がこれは違うなと思ってることとか、これ違和感だと思っていることは、関係ないことに気づいて、それがすごい刺激的でした

黒沢 計算はできていなくて、なんとなくです。僕の仕事は段取りを提示することなので、まず段取りでやってみましょうと。うまくいけばそれで納得してもらえるし、違うなって思ったら違いますし。俳優にもよると思います。幸い菅田さんは少々違和感があっても、面白がってやってくれます。人によっては、なんでこんなところで話すんですかって言う人もいます(笑)。

菅田 (笑)。

黒沢 菅田さんはいる場所や動作がかなり変でも、やってみようってやったら、こういうことだって掴んでしまうんですよね。これまでの経験もあるでしょうし、役を演じつつ、客観的にちゃんと表現できてるっていう感覚をちゃんとつかんでいました。まさにベテランの名優の域です。 凄いことですよね 。

ネット社会によって増幅し、極端になったものの存在を描く

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──後半は、アクション映画に転換していきます。

黒沢 ここはある意味、一番難しいところだと思いました。日常で絶対やらないようなことをお願いして、全く銃を持った経験のない、最初は怯えきっていた男が変わっていくわけですから。その大きな変化を、次々と演じていくのは、大変だったと思いますが、菅田さんの芝居は手に取るように変化が分かりました。

──菅田さんは、後半のアクションシーンを演じてみていかがでしたか?

菅田 よくわからないエネルギーを持った人間たちが突然襲ってきて、その有象無象の感じが怖かったです。そんな中で吉井は、黒沢さんがおっしゃったように銃の持ち方も分からない人間から、最後の一歩、大きく変わっていきます。本当に大きく。吉井は、生きるために必死なだけなんだと思うんですけど。怖いし、何が起こっているか分からないし、体もボロボロだし。という中でも、本能的に人間って、順応していって、そういう代謝が常に行われていく。そういう生物だと思うので、それがグラデーションになっていくしかなかったというか、気づいたら最後は、もう地獄の入り口に立っている感覚でした。人間って、恐ろしい存在なんだな、と。実際、最近、恐ろしい事件が多いですよね。現実の世界も残酷なことがたくさん起きていて、この作品もファンタジーじゃないと思いました。

黒沢 ネット社会の闇とか、想像を超えた事件がたくさん起こっています。『Cloud』も何年も前ですけど、実際に日本で起きた事件を下敷きしています。インターネットで知り合った全然知らない人間同士が、全く関係ない人を殺す事件が起きるまでのところに来てしまった。そういう事件を下敷きにしてるんですけど、間違いなく、このネット社会というものが、何かを増幅して、ほんの些細だったことを拡大し、極端にしていることは、間違いないと思います。些細なこととか、増幅されなければ、何もなかったかもしれない。そんなちょっとした邪悪の心根が、個人的に気になります。それは昔から現代社会にあるものなのか、それこそが、現代的なもので生まれてしまった、もしくはネットにあるものなのか。増幅されて姿を現したけど、ネットがなければ、隠されたまま芽生えているだけのものなのか、それが気になりますね。

止まるわけにはいかない。俳優として希望をもらえた作品

──最後の質問です。昨年、30歳になった節目に出演された、黒沢監督の本作品、菅田さんにとってどんな作品になりそうですか?

菅田 本来であれば、30歳になるタイミングで、青山真治監督と映画を撮る予定だったんです。でも、青山さんが亡くなってしまって……。僕の中にそのために『共喰い』からの10年、俳優をやってきたんだけどなという気持ちがあったのですが、そのタイミングで、黒沢さんから声をかけていただいて、止まるわけにはいかないなという、そういう希望をもらえました。映画を観に行く一観客としても、黒沢さんの映画はやっぱり好きだし、タイプなんです。驚きがあって、ヒリヒリとした癖もあって、たまらないなって。そう思わせてくれる黒沢さんとご一緒できて本当に嬉しかったです。

黒沢清
くろさわ・きよし 1955年生まれ、兵庫県出身。『CURE』(97)で国際的に注目を集める。第54回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された『回路』(00)で国際映画批評家連盟賞を受賞。その後も『叫』(06)、『トウキョウソナタ』(08)、『クリーピー 偽りの隣人』(16)など、世界三大映画祭を始め国内外から高い評価を受け続ける。『岸辺の旅』(14)では第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・監督賞を受賞、『スパイの妻 劇場版』(20)では第77回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。本年2024年には、第74回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門にて『Chime』がワールド・プレミア上映された。また、1998年に劇場公開された同タイトルの自作を、フランスを舞台にセルフリメイクした『蛇の道』も公開。

菅田将暉
すだ・まさき 1993年生まれ、大阪府出身。2009年『仮面ライダーW』で俳優デビュー。2013年公開の『共喰い』で第37回日本アカデミー賞新人俳優賞、『あゝ、荒野』(17)で第41回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞。その後の主な主演作は、映画『花束みたいな恋をした』『キネマの神様』『CUBE 一度入ったら、最後』(21)、『百花』(22)、『ミステリと言う勿れ』(23)、ドラマ『3年A組 ―今から皆さんは、人質です―』(19)、『ミステリと言う勿れ』(22)など。2017年から本格的に音楽活動を開始。3枚目となるオリジナル アルバム『SPIN』が発売中。

『Cloud クラウド』 2024年9月27日(金)全国公開
世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井。転売で稼ぐ吉井の仕事が軌道に乗り出した矢先、周囲で不審な出来事が重なる。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレート。不特定多数の集団によって狙われ、“狩りゲーム”の標的となり、これまでの「日常」が壊されていく。吉井の謎多き恋人・秋子役を古川琴音、吉井に雇われたバイト青年・佐野役を奥平大兼、ネットカフェで生活する男・三宅役を岡山天音、吉井が働く工場の社長・滝本役を荒川良々、そして吉井を転売業に誘う先輩・村岡役を窪田正孝が演じている。第81回ヴェネツィア国際映画祭に正式出品されることが決定し、アウト・オブ・コンペティション部門にて、ワールドプレミア上映が行われる。
https://cloud-movie.com/