避難の日から現状まで。ウクライナのデザイナー、クセニア・シュナイダーからの便り

私がキエフのデザイナー、クセニア・シュナイダー(Ksenia Schnaider)に初めて会ったのは2018年春、パリのファッションウイーク中の合同ショールーム「ペイパーマッシュ・タイガー」にて。当時、彼女によるキュロットとパンツをミックスしたようなハイブリッド・ジーンズが話題で、このブランドについてもっと知りたいと思っていたところでした。その年の秋、ウクライナ・ファッションウイークに誘われ、観光も兼ねてキエフへ(2018年9月17日の投稿)。その機にクセニアとはアトリエに迎えてもらったりトレンディ・スポットを教えてもらったりとお世話になり(2018年9月13日の投稿)、私は美しい自然と歴史的な街並み、そしてエッジーなアートやファッションが混在するキエフが大好きになりました(クセニアのチームによる当時のキエフ案内ビデオはこちら)。それ以降も彼女とはときどき連絡を取り合っていたものの、コロナ禍でショールームが閉まり、ここ2年あまりはご無沙汰。
ロシアとウクライナの緊張が高まっているとニュースで読み、安否を気遣うメッセージを送ったのは1月末のことでした。2月24日、遂にロシア軍侵攻が始まったというニュースにショックを受け、すぐに頭に浮かんだのは、彼女を始めキエフのファッション界の友人たちのこと。それから3週間経った3月半ば、思い切ってクセニアに近況をきいてみました。

 

乗松 :ロシア軍によるキエフ爆撃が始まった時、どうしていましたか?

クセニア : 自宅で夫、娘とともに眠りについていた2月23日の夜。夢うつつで朦朧としていた中、飛行機が家の上空を飛ぶのが聞こえると同時に、電話のベルが鳴りました。母からです。(翌朝)5時だったので、何かとても悪いニュースに違いないと覚悟して電話をとりました。でもまさか「戦争が始まって、私たちは爆撃されている」という言葉を聞くなんて! 私たちは飛び起き、窓際へ。外を見ると、複数の家族がスーツケースを車に積み、パーキングを出ようとしているのが見えました。最悪のシナリオに備えて、既に準備していた人たちもいたのです。私たちと違って。もちろん、ロシアがウクライナ攻撃を企てていることはニュースから知っていましたが、こんなことが実際に起きるなんて信じられない、いや信じたくなかったんです。そうこうするうちに、爆発の轟音が聞こえました。今までに聞いたことのないような音。想像してみて下さい、この世でもっとも嫌な音、恐怖心を掻き立てる音です。そして何もできないという絶望感に襲われました。本当に胸が張り裂けそうで。この騒音で娘が目を覚ましましたが、夫とは、娘を怖がらせないように少しずつ現状を説明しようと話し合いました。娘は学校に行かなくていいのを喜んでいましたが、一晩防空壕で過ごした後、私たちは西ウクライナに安全な場所を見つけることに決めました。

乗松: 今はどこにいて、どんな日常を過ごしていますか?

クセニア :国境を越えて安全な場所に落ち着くのに、3日間かかりました。今は娘と一緒にブダペストにいます。ファッション界の友人が無料のアパートを手配してくれたので、ここを姉と彼女の息子と一緒にシェアしています。ここでは子供たちを毎日公園に連れて行き、私と同じように避難している他のウクライナ人の女性たちと交流して助け合っています。掃除や料理をしてリラックスを心がける一方、毎日何かしら仕事はあります。(他企業との)コラボの可能性について話し合ったりして、将来に備えようとしています。もちろん今後の状況によりますが…。

乗松 : パートナー(ブランドのアート・ディレククションを手がけるグラフィック・デザイナー、アントン・シュナイダー)はロシア人ですよね。複雑な状況の中、どう対応していますか?

クセニア : 夫と意見が食い違うことはありません。彼はとてもサポートしてくれています。

乗松 : ファッション・ウイークに向けてはどんな予定でしたか?

クセニア:  FW 22/23のコレクションは出来上がっていて各都市のショールームに発送するところでしたが、戦争勃発以来、全てがストップしてしまいました。発表の機会がなかったので来シーズンの受注はできませんが、たくさんの命が失われ、脅かされている今、これは大した問題ではありません。

乗松 : この惨事の一方でファッションウイークが進行中だったことには抵抗がありましたか?

クセニア: 無神経に見える人々のインスタグラム・アカウントはアンフォローしてしまいました。現在私のインスタグラムには負傷した人々や残骸と化した家々などの無残な画像から、ボランティアからの重要な告知、そしてストリートスタイルやランウェイ画像が入り混じっています。改めて今、他のデザイナーが何を発表したか、お気に入りのインフルエンサーがどんなヘアスタイルをしているかはどうでもよくなりました。

乗松:ウクライナの現状についての情報はどうやって入手していますか?

クセニア : 毎日終日、メディアやSNSでニュースをチェックし続け、キエフを離れた友人、同僚、親戚たちと絶えずチャットしています。少し休んだ方がいいのはわかっていますが、やめられません。そしてキエフでの空襲を予告するアプリも入れていて、サイレンが鳴るたびに母の無事を確かめています。

乗松: ウクライナのためにしていることはありますか?

クセニア : 今は平和のために戦うのみです。知り合いのボランティアをサポートしたり、個人的に寄付したり。また私個人のインスタグラム・アカウントを通じて、助けを必要としている人々についての情報を広めようとしています。一方ブランドのPRとセールスチームはウクライナへの助けを募るべく、様々な団体へのリンクを貼ったニュースレターを発信。また30人の女性から成る私たちのチームのための寄付も募っています。彼女たちの家族のための、食料や薬購入の資金として使用する予定です。

乗松 : 他のウクライナのデザイナーたちとも連絡を取っていますか?

クセニア : 私たちは団結し、助け合っています。ウクライナのファッション・コミュニティの一人であることを誇りに思います!

ウクライナ・パワーを高めるべくクセニアと手を取り合っているデザイナーは、サステイナブルでアウターとしても着用できるスリープウエアのスリーパー(Sleeper)、エッジーな帽子のラスラン・バジンスキー(Ruslan Baginskiy)、そしておなじみ、フォークロリックな刺しゅうのドレスで知られるヴィタキン(Vitakin)、フェミニンなプレタポルテで人気のアナ・オクトーバー(Anna October)、ランジェリーのジルヴァ(Zhilyova)、そしてメタヴァース・ブランド、DressXのファウンダーであるダリア・シャポヴァロヴァ(Daria Shapovalova)。ファッションを通じてでも、できることはあります!引き続きウクライナへの支援を続けましょう。

text : Minako Norimatsu

 

ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子プロフィール画像
ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

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