ショッピング目線で読み解く「買いたい」ランウェイ【2021-’22 A/W WORLD RUNWAY REPORT 】

人との出会いや自由な旅が制限されることで感じた「果たして人生にモードは必要なのか?」という疑問。その問いに少なからず向き合うことで生まれた2021-’22年秋冬コレクションを買い物目線で読み解いてみたら? エディターたちが物欲の先に見た、次なるクリエーションの萌芽を追う

リアルと夢が交差する黒と、もう一度

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1 「エコフューチャリズムをストリートに」。環境への配慮やアップサイクルの方法もシーズンごとに進化
2 ビッグジャケットとベルトでマークするワイドパンツがボディスーツの左右非対称なカットを引き立てる
3 マットジャージーのモックネックドレス

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4 ロマンティシズムと60年代の折衷
5 『オズの魔法使い』を下地に人生のドラマをなぞった筋書きも想像力をかき立てる。フォーマルウェアとスポーツウェアの邂逅も、トムの真骨頂。手に持つスケート靴は、実はバッグ! 願わくばこのルックをトータルで購入し、フィギュア観戦に出かけるのが目下の夢です

 旅していないのに遠い所まで来てしまった。1年半の自粛生活を経てそう実感している。
 ポスト・パンデミックを見据え、ではその暁に何を着ようかと考えたとき、迷わず黒を選んだ。実用的で無難だから? 闇の余韻を忘れないために? 理由はそのどちらでもなく、あらゆる色調が混然一体となった黒という深淵に、体温のあるロマンティシズムを感じたからだ。今一度ブラックに立ち返り、モードのピュアなパワーを見つめている。
 最たる例が、トム ブラウンの「スケートルック」(5)。有機的な結びつきが得難い実生活の中、宙ぶらりんの心はおとぎ話を探していたのだと思う。デジタル配信ショーという味けない名前にくくっておきたくないほどの短編映画を、トムは私たちに見せてくれた。主人公はアルペンスキー競技の金メダリスト、リンゼイ・ボン。蝶ネクタイの「棒人間」ガイドたちに誘われて、彼女は雪山の頂へ運ばれる。黄金のパファースカートやレースアップブーツ以外、場面はすべてモノトーン。滑り降りるダウンヒルで、旗門のように雪面に立つブラックタイの妖精に遭遇するのだ。トップアスリートゆえの疾走感あふれる滑降はそれだけで見事だけれど、ただそこで見守る妖精たちが装う、黒の陰影が織りなすさざ波のようなプリーツや曲線の麗しさたるや。シャツドレスの上に羽織ったシアサッカーの黒いジレには、金の刃が輝くスケート靴の刺しゅう。グログランテープのショルダーストラップつきブラックジャケットを背負い、超然と立つルックの一瞬の、奇妙な美しさに心奪われた。要素が渋滞していてもシンプルに見えるのは、遊び心と技巧が上滑りしていないから。そのすべてを抱え込んで際立たせる黒の包容力が、何よりも頼もしく見えた。
 一方、カラフルな色の世界の中で、チャーミングに際立っていたのはアナ スイのブラックドレス(4)だ。着想源はジェーン・バーキンが出演する1968年作の映画『ワンダーウォール』。冴えない科学者が壁の穴からサイケデリックな世界を発見する物語を下敷きに、スパンコールが瞬くジョーゼットのドレスはシックな異彩を放つ。スウィンギン’60sの色彩観にあって対照的に輝く黒の繊細な底力、見逃せない。
 同じNYでは、ブランド創立40周年のマイケル・コースが素晴らしいショーを見せた。
「Opening Night」と題し、ブロードウェイのナイトライフが再始動する。おめかししたさまざまな面々が、幸せそうにシューベルト劇場に吸い込まれていく光景は、街の、そして文化の再生物語そのものだ。名曲"New York State of Mind"の旋律を味方に祝福されたアニバーサリー・ショーは、文化活動の停滞を余儀なくされている私たちの憧憬の的となった。黒光りする大都会の路面には、クリスタルが瞬くブラックドレス(3)が溶け込むように美しい。
 モダンな黒のセンシュアリティを提示したのはセリーヌ(2)だ。肩幅の広いダークグレーのテーラードジャケットの中に着たのは、黒のボディスーツ。90年代を彷彿とさせるアシンメトリーなカットから素肌を見せて、ハイウエストのクロップドパンツとウェスタンブーツを相棒にただ歩き続ける。ノンシャランな官能性がとびきり力強く、新鮮に映った。
 歯ごたえのあるリアリズムとロマンティシズムが折衷する中でブラックドレスを見せたのは、マリーン・セル(1)だ。アップサイクルされた素材が、黒のドレスと一体となり輝き出すさまは、クリエーションの再生を目撃することでもある。
 2021年の黒は、表情豊かに進化している。強さとはかなさ、この色の中には全部ある。困難を超え再生へと向かう新しいシーズン、黒をまとうことで相対的にどのようなムードが目を覚ますのだろう。時代の試練に負けないレジリエンスを、甘やかで力強い黒に託してみたいと思っている。

文/五十嵐真奈(SPUR編集長)

INTERVIEW with TAIRA 消費の先にある、モデルの役割を信じて

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6 マスキュリンなコートが明るいイエローに。コート¥567,000(予定価格)・
7 クラシックなテーラードスーツにニットのボディスーツやシャツをレイヤード
8 今季のファーストルック。「ラフ・シモンズらしさも感じられる柄」(Tairaさん)
9 丸みのあるフォルムのエレガントなアイコンバッグが今季はビッグサイズで登場した。バッグ「プラダ クレオ」〈H31.5×W38×D4、ストラップつき〉¥386,100(予定価格)/プラダ クライアントサービス(プラダ)

 2021年春夏よりプラダのショーにエクスクルーシブで出演し、世界中から注目を浴びているモデルのTairaさん。今季のプラダで「買いたい」服は?
「普段は黒やネイビー、アースカラーを選ぶことが多いのですが、コート(6)をまとってランウェイを歩いたとき、"明るい色って楽しい"と開眼。やさしい色みと端正なフォルムの対比に強さを感じ、挑戦してみたくなりました。ウィメンズでコレクションに登場しているからといってフェミニンな服を着ようとは考えていません。最近ではこうしたテーラードが気になっています。スーツ(7)もかっこいい。ブーツ(8)はいつものスタイルのポイントに。ニット生地で履きやすいし、プラットフォームなので安定感があるんですよ。クラシックな感じも好みで、バッグ(9)も気になります」
 モデルの仕事は多くの人と関わり、さまざまなスタイルを体験することができる。その貴重な機会に感謝しているからこそ、常に着用する洋服をはじめ、仕事内容のひとつひとつに関心を向けている。「私のものではない」という潜在意識から着ることのなかったスカートや、気に留めていなかったアイテムを身につけることで自分の好みを新たに発見したり、美的価値観が国や地域で異なることに気づいたり。そうして日々刺激を受け楽しみつつも、ファッション業界やモデルの意義について思いを巡らすことも。
「プラダのショー出演のおかげでたくさんの取材を受け、ラベルにとらわれないアイデンティティのあり方を探っていることを語ってきました。すると、記事を読んで迷いがなくなりました、と若い世代から多くのメッセージをもらったんです。驚くと同時に、彼らの人生に影響を与える立場にいるんだ、と身が引き締まりました。モデルは絶え間ない消費意欲をかき立てることにひと役買っているかもしれません。ただ、それ以上にポジティブなメッセージやエネルギーを発信することもできる。この仕事を通して、複雑な問題をみんなで一緒に考える社会になるよう少しでも貢献できれば」 
 Tairaさんは、モノの売買を超えたところにあるファッションのパワーを信じ、今日もモデルとしてカメラの前に立っている。

文/栗山愛以

PROFILE
タイラ●北海道生まれ。国際基督教大学在学中にスカウトされモデルに。2021年春夏に続き2021-’22年秋冬もプラダのショーにエクスクルーシブ出演。同メゾンのキャンペーンにも登場している。しばらくはヨーロッパで活動予定。

NEWS 芸術とファッションとの幸福な邂逅

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10 シャツには彫刻顔の総柄プリントが
11 ルネサンス時代の洗礼堂を想起。バッグ「カンヌ」〈H17×W15×D15〉¥457,600
12 背面は13のルックが抱える茶色の古代彫刻顔。バッグ「ファイス・ポシェット」〈H25.5×W22×D4〉¥326,700/ルイ・ヴィトン クライアントサービス(ルイ・ヴィトン)

 舞台は美の殿堂、ルーヴル。ミケランジェロ・ギャラリーにて、観客の代わりに古代の彫像が見守る中、ルイ・ヴィトンの秋冬コレクションは披露された。いつにも増して芸術との蜜月を感じる今シーズンを象徴するのが、イタリアのデザインアトリエ、フォルナセッティとのコラボレーションだ。このアトリエが所有する、13,000点以上にものぼるアーカイブスの中からニコラ・ジェスキエールがアートワークを選び抜き、ドレスやシャツ、あるいは立体的なバッグに落とし込んだ。古代の彫刻をモチーフとしたフォルナセッティの描画はいかにもクラシックだが、ワードローブで表現すると一転して革新的に変わるのだから面白い。
 古典彫刻のコントラポストのように構築的なウェアのシルエットもまた、芸術からの影響を感じさせる。ショーの冒頭でニコラは「みなさんと旅をシェアできてうれしいです」と語った。これは物理的な距離のみならず、時空を超えて美の歴史と今とをつなぐ、実験的な試みなのだ。
 現代のファッションを通して見る端正な古代彫刻は洒脱でユーモラス。格式よりも感性を重んじるという芸術の本懐を思い出させてくれる。アートをまとう、なんて言ったらいささか大仰に思われるかもしれない。しかし、このコレクションは美と私たちとの距離を、確かに縮めてくれるのだ。

文/福永晃子

レイヤリングは最高のエンタメです

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1 クラシックとスポーツをフレッシュにマッシュアップ
2 仕立てのいいコートの袖の上にあえてロンググローブを重ねる。キャップ¥39,600・グローブ¥50,600/トッズ・ジャパン(トッズ) 
3 サイケデリックな色調がカギに。レースのネックレスは、つけ襟感覚で身につけて。トップス¥64,900・ネックレス¥36,300/イザ(パトゥ)

 ステイホームを契機にクローゼットの整理をしたところ、忘却の彼方にあった服を再発見。掘り出し物と最新ワードローブのスタイル構築に夢中で、片づけはどこへやら。パトゥのプレゼンは、そんなパーソナルな体験を彷彿させる(3)。クチュールライクな服を高度なセンスでレイヤリング。だが、自室のような空間でのセッションには親密さが漂う。インスタグラムには、マーク・ジェイコブスら友人たちが、重ねた数を愉快に推測する「レイヤー・クイズ」をポスト。目的も機会も喪失したからこそ浮かび上がるのは、ファッションの純粋な楽しさだ。トッズは上質な服を、斬新なバランスでモダナイズ(2)。狙うべきはとびきり肌心地のいい小物。仕込むだけで、クラシックな装いにウキウキが降臨する。LAガールとブルジョアジーを掛け合わせた独自のグランジスタイルを発明したのはセリーヌ。カーディガン使いがニクイ(1)。本来は外側にある服を一番内にという掟破りに加え、おへそが見えるコンパクト丈が、インナーにはもったいないほど可愛い。レイヤリングはヒートアップし、マニアックに。「それ、どうなってるの?」とツッコまれるくらい、込み入ったスタイリングをいかに編み出すか。無限の可能性に身をゆだね、鏡の前でストイックに研鑽を積む。自宅で「レイヤリング・ブート・キャンプ」も悪くないと言ったら、お気楽すぎるだろうか?

文/並木伸子(SPUR副編集長)

今秋冬の物欲は"ぜんぶ、雪のせいだ"

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4 ノルディック調のアイテムをエレガントに昇華ニット。¥253,000/クリスチャン ディオール(ディオール)
5 クロッシェ編み風ニットをスポーティにスタイリング 
6 コンパクトニットとボリュームある足もとでコントラストを

 ミュウミュウのコレクション配信を見て、目が、そして心もその映像に釘づけになった。ドロミテアルプスの中心部、コルティナ・ダンペッツォの広大な雪山の中で最新のルックをまとい、闊歩するモデルたち(5)。コントロールできない圧倒的な力を持つ大自然の中で、必死で人間らしさ(善も俗悪な部分も含めて)を保って生きていく、力強く、ちっぽけで愚直、そして少し滑稽でさえある愛すべき人間そのものの姿を表現していると感じたからだ。それもあってか、今季、冬山やスキーを彷彿とさせるルックにどうしても惹かれた。ディオールでは旅と山の魅力にオマージュを捧げたコレクション「DIORALPS」のレトロモダンなニット(4)。シャネルのノルディック調のニットをショート丈にしたレイヤードスタイル(6)。とにかくハイボリュームなブーツは今年こそ買うと心に決めた。
 自由が制限され、どこか不安がつきまとう日々が続いている。その日常から離れ、自然の中に身を置き、すべてを受け入れる境地で自身と向き合いたいのかもしれない。何よりもスキーや冬山登山が趣味でもあるので、アクティビティを自由に謳歌したい。願掛けにも似た感情が物欲に直結したのは私だけではないはずだ。

文/浅田智子(SPUR副編集長)

キラキラの惑星に連れて行って

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7 エレガントなデザインに輝きを。ブラウス¥123,000/エドストローム オフィス(パコ ラバンヌ)
8 さまざまな素材のシルバーを重ねる
9 スタイリングの技が光るルック

 人と直接会えない、旅にも出られない。昨年、世界は思いもよらない方向に急ハンドルを切ったわけだが、この日常の中で、ファッションは何ができるのか。
 好きな服を着て出かける日、それがたとえ近所でもいつもよりウキウキする……そんな経験をしたことがある人は少なくないのでは。服は「非日常」にすぐにワープできる装置だと考えているのだが、地球を超えて、宇宙にまで行けそうなキラキラに「これだ!」と衝撃が走った。パコ ラバンヌ(7)のエレガントなシルバーは「今という現実に、あえて楽観的な姿勢で対峙してみる」というジュリアン・ドッセーナのメッセージを感じるし、ドルチェ&ガッバーナの90年代をマッシュアップしたスタイル(8)からも底抜けの楽しさが伝わってくる。グッチ(9)はブランド創設100周年を祝うわくわくした気持ちに加え、ジャケットの中からきらめきをのぞかせる遊び心にも感服。「シルバーを着れば楽しくなる!」という方程式が生まれた瞬間だった。ちなみに、個人的にもさまざまなメタリックアイテムを日々のスタイリングで愛用しているのだが、「ひとつ加えるだけでなんだかおしゃれに見える」というパワーにいつも助けられている。

文/奥田真弓(SPUR編集部)

INTERVIEW with RYOTA MURAKAMI

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10 パネルは手編み、ボディは機械編みにして手に取りやすい価格帯を実現。セーター¥36,300・
11 一軒家のアトリエがモデル。バッグ〈H29×W28×D10〉¥42,900/pillings
12 「ニッターさんたちがいつもブーケを手渡し合っていて、それがいいなと」

「まずは自分が感動したい」

 この時代に新作を発表し、服を売ること。そこに独自の形で挑むブランドがある。村上亮太による「pillings」だ。通常はプレスやバイヤー向けに行われる受注販売会を、発足時から一般にも公開している。誰でもオーダーしに行くことができるのだ。今季はオンラインでも受注会を開始。インスタグラムを見て多くの人がフィジカルの受注会を訪れ、オンラインには北海道から九州まで、遠方のクライアントが参加した。ほぼセミクチュール形式を取る理由を尋ねると、「手編みだからそうならざるを得ない(笑)」と語る。店舗への卸と受注の割合は現在半々だ。
「お店がすべてのラインを買いつけるわけじゃないし、自分たちも在庫を抱えられない。受注会ならフルラインナップが並ぶので選択の幅が広がるし、時には過去のコレクションにオーダーが入ることもあります。納期と人手を鑑みながら可能な限り対応しています」
 コレクションでは巨大なブーケスーツ(12)が度肝を抜いた。先行きが見えない時代に人を驚かせたいのかと尋ねると、「まずは自分が感動したくて作っている」と笑う。このピースを編み上げたのは、神戸にある一軒家を中心に活動するニッターの会社、アトリエK’sK。
「代表が手芸協会の方で、普段はファッションとは関わりがないものの、高齢化が進む手芸の技術を後世に伝えるためにも、アウトプットできる場を探していた。そこで僕にお声がけいただいたんです」
 今シーズンは、そのアトリエで働くニッターたちの生活が着想源。「団塊世代の幸せな家庭像ですよね。たとえばこのブーケスーツは、そういったお宅によく飾ってあるセラミックの置物をイメージしました。今回は、編んでくださる方々にフォーカスしたかったんです」
 昨年改名したブランド名「pillings」は、「"毛玉たち"の意味。常に人とともにものづくりをしてきたから、摩擦から生まれるものを信じているし、毛玉ができるまで着てほしいという思いも込めてます」。

文/マスイユウ

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PROFILE
むらかみ りょうた●1988年大阪府生まれ。2015年春夏より、母の村上千明とRYOTAMURAKAMIをスタート。’18年春夏から村上亮太単独デザインに。2020年にブランド名をpillingsに改名した。

K’sKの代表が全国にいる弟子を総動員。なんと80名に及ぶニッターが参加した。その様子は、写真家の森栄喜によるドキュメンタリー映像で見られる

勇敢なるコンサバ戦士に敬礼を!

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13 70周年を迎えたマックスマーラ。重ね着も楽しいオーバーサイズ。ハーフコート¥411,400/マックスマーラ ジャパン(マックスマーラ)
14 背面にもダウン。ムービーの後ろ姿にキュン!
15 膝丈のトレンチが今また新鮮に映る

 コンサバティブであることは、必ずしも守りに入ることを意味しない。そんなことを思った、バーバリーのプレゼンテーション。リカルド・ティッシが掲げた「フェミニニティ」というテーマの根底にあるのは、9人の子どもを育てたシングルマザー、つまり彼の母親への尊敬。……もう、その時点でグッとくるものがあるが、特筆すべきはスタイルへの落とし込み方。フェミニンという言葉に刷り込まれた、柔らかくやさしい"毒"は跡形もなく流され、女性たちがまとうのは強く美しい戦闘服。シャープなシルエットのトレンチと帽子が印象的なファーストルック(15)は、リアルクローズをリアルなまま、モードに鍛え上げたというべきか。まさに「コンサバ戦士」のユニフォーム。ダウンを組み合わせたサカイのロングトレンチ(14)のシン・ミリタリー。ブランドのアイコンであるコートを、ライダース風ハーフコートとレイヤードすることでタフネスを感じさせたマックスマーラ(13)。もはや警戒警報が珍しくなくなった世界で、それでも日常を闘い続けるために。人間の肉体を守る防御としての衣服に、へこたれない自信と攻める勇気をもらえた気分だ。リアルモードの底力に買い物欲もかき立てられる。

文/小松香織(SPUR編集部)

セカンドスキンで複数のペルソナを操る

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16 ボディ全体に渦巻く軽やかなプッチ柄が秋を鮮やかに彩る
17 タトゥーのように肌を覆うトップスは、ブランドのアイコン
18 ラメ入りのニット素材。トップス¥107,800/ステラマッカートニー カスタマーサービス(ステラ マッカートニー)

 SNSでアカウントを複数持ち、自在に操ることが当たり前になっている現在。"本当の自分"はひとつではなく、断片的な自分の集合体なのではないかと思っている。そうした意識的な変化と、セカンドスキントップスの隆盛は無関係ではない。生まれ持った肌はその人らしさを構成する要素のひとつ。その肌を毎日替えることができるなら、いくつものペルソナを着脱できるということ。
 モード史をひもとけば、1971年にタトゥーシリーズを発表した三宅一生は「第二の皮膚」に向き合った革新的なデザイナーだ。その精神に通じると(勝手に)感じているのが、マリーン・セル(17)。2016年のデビュー当初から三日月柄のトップスを提案。最新コレクションでは、市井の人々に浸透する服としてプレゼンし、大変感銘を受けた。まさに未来の肌着だ。チームが製作するエミリオ プッチ(16)はアイコニックな柄のアイテムで全身をまとう。即座にレトロフューチャリスティックな気分に。ジャケットのインに、きらめくトップスを仕込んだステラ マッカートニー(18)なら、グラマラスで知的な人物像が手に入るかもしれない。さあ、セカンドスキントップスを活用し、さまざまなペルソナを自由に楽しもう。

文/衣笠なゆた(SPUR編集部)

こんな時代に、服を買う理由

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1 エレガントで上質な日常着
2 ニットで彩られたバッグ 「エディス」〈H48×W49×D16.5、ストラップつき〉¥315,700/クロエ カスタマーリレーションズ(クロエ) 
3 感情なくして服は存在し得ないことを教えてくれるルック

 振り返ると、この一年は最も服を買わなかった一年だった。コロナ禍によってオケージョンが制限されたこと、サステイナブルな意識の高まりから、消費に対する疑問が自分の中に芽生えたことが理由だと思う。そんなもやもやとした気持ちに風穴を開けてくれたのが、ガブリエラ・ハーストによるクロエのデビューコレクション(2)。「新しいことが必ずしもいいわけではない」と高らかに謳い、自身も思い入れがあるという「エディス」バッグを復刻した。同じくレディ・トゥ・ウェアのファーストコレクションにあたる、キム・ジョーンズによるフェンディ(1)も、創業家であるフェンディ家の5人姉妹を着想源にエターナルなワードローブを提案。過去を見つめることで、未来を照らすショーとなった。ドリス ヴァン ノッテンも本質への回帰がテーマのひとつ。自身が学生だった1981年に発表したファーストコレクションの白いシャツドレス(3)を新解釈で披露。抱えきれないほどの真っ赤なバラは、そこに眠る情熱を示唆している。これからの買うべき服は、自分の感情を揺さぶる服なのだと知った。

文/森田眞有子(SPUR編集部)

NEWS 抑圧からの解放、今こそロック魂を!

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4・5 ヴェルサーチェのスカーフを用いた特別なルック
6 エアロスミスのロックTに、バロック柄スカーフをチェーンでつなぐ。トップス¥110,000/コム デ ギャルソン(ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン×ヴェルサーチェ)

 エアロスミスにローリング・ストーンズ、クイーンにセックス・ピストルズ。21年ぶりに東京で行われたジュンヤ ワタナベのショーでは、往年のロックサウンドが会場すべてをのみ込んだ。スタンドマイクや楽器がそこかしこに置かれたステージと、ソーシャルディスタンスを保ったオールスタンディングの招待客をいや応なしにあおるような照明はまさにライブそのものの熱量を宿す。目の周りを黒く塗った攻撃的なメイクに、解体・再構築というお家芸に改めて芯の強さとパワーがにじむウェアの数々。これまで以上に多彩なステージ、その最大の決め手となったのが、ヴェルサーチェとの協業だ。アイコニックなプリントを施したスカーフは、グラマラスで力強いこのメゾンのイメージをさらに強めている。そこにリーバイス501®やバンドの公式ロックTシャツを組み合わせたスタイルには、誰もが懐かしさと新鮮味を同時に覚えたはず。ビートルズの解散から幕を開けた70年代の力強いロックと、この時代の最後に生まれたイタリアの名門を内包したコレクション。静かに袖を通せば、反骨の爆音が、きっと私たちの胸にも鳴り響く。

文/福永晃子

ゴシック・ガールに気をつけろ

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7 ビブに意匠を凝らしたドレス。¥572,000/ヴァレンティノ インフォメーションデスク(ヴァレンティノ)
8 レーザーカットでレザーにレースを表現
9 点在するバラの模様も闇夜の空気を漂わせる

 フランケンシュタインのモチーフを引用し、プラダ2019-’20年秋冬を発表した際、ミウッチャ・プラダが「ロマンスは、厳しい時代に対する解毒剤となり得る」と語ったのは記憶に新しい。そこにロマンチゴスの再来が芽吹き、ついに2020-’21年秋冬、このトレンドが花開いた。凝ったデザインの喪服が流行した19世紀ヴィクトリア朝の黒の装いに影響を受けたロマンチゴスは、ポップカルチャーに登場する魔女や悪魔、ヴァンパイアの要素を取り込み発展していった。そして今季、ランウェイに返り咲く。ハートモチーフのエプロン風ドレス(8)を提案したディオールのテーマは「既成概念に対して異議を唱えるもの」としてのおとぎ話。ウェディングドレスに着想を得たバレンシアガのキルティングコート(9)は、大胆なパフスリーブやラッフルカラーにゴスのにおいが漂う。サングラスでサイバーな風味を添えて。パンクを核に据えたヴァレンティノからは、美しいレース細工を施したミニドレス(7)が。今、なぜ妙にゴスに惹かれるのか? それは闇を受け入れ染まることで恐怖を乗り越えようとする、願望の表れなのかもしれない。

文/板垣佳奈子(SPUR編集部)

サイファイ・グリーンに夢中

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10 スポーティな風合いも今の気分。パンツ¥22,000(参考価格)/GANNI
11 アースカラーとも好相性
12 軽く羽織れるコートは発色がカギ。コート¥660,000/フェラガモ・ジャパン(サルヴァトーレ フェラガモ)

 コロナ禍の日常において、ファッションには存在感のある色や柄を求めるようになった。そんな心を反映して、ここ数シーズン継続して脳裏から離れないカラーがある。グリーンだ。特に今季は、パキッと近未来的な風合いが気になっている。その代表格は、『ガタカ』(’97)、『夢の涯てまでも』(’91)などのSF的な世界観にヒントを見いだしたサルヴァトーレ フェラガモ(12)。「Future Positive」というキーワードを反映した明るい色使いが目を引いた。薄暗いムードが漂う現実への突破口に、カンフル剤のように。そんな希望をまた異なる方向から描いたのがGANNI(10)。音楽への愛、人生への愛を示したシーズン、やはり目が留まったのは遊び心のある全身グリーンのルック。濃淡の異なる緑を重ねてコントラストを楽しむのも素敵。ただ自分がこの色を着るならば、自然回帰的なナチュラルカラーとのセットにも挑戦してみたい。今季のエルメス(11)のような、ブラウンとの相性は新鮮。アウターの隙間からのぞかせるだけでも、フレッシュに"着映え"する。やっぱり今こそこの色が必要だ! そう確信した。

文/桜場 遥(SPUR編集部)

INTERVIEW with SUSANNE HOLZWEILER サステイナブルな服をリアルに買える場を

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PROFILE
スザンヌ・ホルツワイラー●兄のアンドレアスとブランドを設立。今季のムービーは自然豊かな場所に構えるオスロの本社で撮影。「人間味を加えたくて」バックステージの様子も挿入した。

13 抽象的な柄が全面に編まれたベーシックなポロニット。トップス¥20,000・
14 シグネチャーアイテム。ストール¥17,800(ともに参考価格)/オン・トーキョーショールーム(ホルツワイラー)
15 一見迷彩のようなプリント
16 アウターが豊富に揃う

 2012年に兄妹で設立したノルウェー発のブランド、ホルツワイラー。昨年日本に本格上陸を果たし、ますます注目を集めている。
「日本の方におすすめしたいのがトップス(13)やストール(14)。後者はイタリア製のリサイクルウールで作っています。ノルウェーと日本の気候は似ているので、私たちが提案するスタイルがきっとフィットするはずです」
 今季のコレクションのテーマは「ツイスト」。「普通」を「非凡」に変換し、世界を新たな視点で見つめる。
「ものづくりに"ひねり"や"ゆがみ"を加えました。たとえば15のセットアップのプリントは水面に映るゆがんだ光の反射を表現しています」
 14のストールをはじめ、サステイナビリティにも積極的に取り組んでいる。
「飛行機ではなく船便で取り寄せたRDS認定ダウンを用いたリサイクルポリエステルのジャケット(16)など、コレクションでは多くのオーガニック素材やトレーサブルな素材を選択しています。さらに、今年中にレンタルプログラムやアーカイブスを取り扱うマーケットプレイスをローンチしたいと考えているんです。来年にはスカーフのリサイクル企画も発表予定です」
 コロナ禍でデジタルプラットフォームが急速に進化しているが、デジタルとの融合を図るとともに引き続きフィジカルな販売スペースにも注力している。
「"現実の世界"でブランドの美学やセンスを見せたいんです。オスロに新たにオープンしたスペース、"ホルツワイラー プラッツ"はショップにレストランを備え、コミュニティの人々が集う場所にしたいと思っています。欧州ソニー・欧州デザインセンターとコラボし、コレクションに関するデジタル体験もできるように。こうした試みをぜひ世界的に展開していきたい」
 ものづくりの工程を明らかにした商品を実際に手に取って選ぶ。そんな「買う」体験をさらに楽しくすることを目指している。

文/栗山愛以

狂乱の「00年代」が、帰ってくる……!

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17 ジュエルカラーのマイクロミニスカートが00年代のきらびやかさを想起させる
18 クロップド丈トップスでヘルシーな露出を
19 キャンディカラーのレイヤリングに、足もとはとことんボリュームのあるブーツ。この全身のもこもこ感がポイント。ブーツ¥231,000(予定価格)/ミュウミュウ クライアントサービス

 世界中のEボーイ、Eガールの間で「Y2K」として親しまれてきた2000年代のスタイルが、ここにきてランウェイで爆発! 口火を切ったのはブルマリン(18)。ミレニアル世代のニコラ・ブロニャーノによる2季目のアイコンはブリトニー・スピアーズやパリス・ヒルトンなど「まさに」な面々。蝶々にローライズのベルボトム、シュガーカラーなどノスタルジーを誘うモチーフを詰め込んだ。サンローラン(17)は60年代のクラシカルなコードに、90年代から00年代にかけて活躍したポップミュージシャンPeachesのスタイルを融合。メタリックなミニスカートやファーコート、大ぶりのビジューにY2Kのバイブスが流れる。グローバルアンバサダーにBLACKPINKのロゼを起用しているからだろうか、どうしても彼女たちの姿も浮かんできてしまう。そしてミュウミュウ(19)からは、00年代のいっとき、10代から20代の女性の足もとを制覇したニーハイブーツがエコファーになって登場。「1人1人が同志に引き寄せられ、団結し、個人は集団となり、未知の目標に向かう」というシーズンコンセプトをもってしても、当時の時代精神であるガールズパワーを感じずにはいられない。

文/板垣佳奈子(SPUR編集部)

XXLサイズのアウターの包容力に甘える

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20 フラワーモチーフを立体的に施したTOGAのジャケット。ジャケット¥110,000/TOGA 原宿店(TOGA)
21 何着重ねても懐深く受け止めるラフ シモンズのキルティングコート
22 センシュアルなマキシドレスとのコントラストに魅せられるジバンシィのダウンコートのルック

 ああ、コロナ禍の心のもやもやを、そっと抱きとめてくれる服って何だろう? その最適解は、特大サイズのアウターかもしれない。TOGAは、現代美術家の五木田智央のアートから着想を得たコレクション(20)。サイジングを大きくすると、必然的に「女性らしさ」からは遠のくはず。なのに、ドレスのようにジャケットを羽織り、腕をまくし上げるだけで、フェミニニティを醸し出すスタイル提案に心が躍る。ラフ シモンズ(21)では、乱されない心の状態を意味する英単語「Ataraxia」が随所にちりばめられた。誰しもがメンタルヘルスと向き合うことが必要となった今の時代。戦闘服として、指先まですっぽりと覆う袖の長いキルティングのコートが欲しい。また、マシュー・M・ウィリアムズを迎え、生まれ変わったジバンシィのホワイトコート(22)にも包まれてみたい。「実用性と贅沢さ、そして保護されている感覚と安心感」を中核にしたという。どんなときも何も言わずにただ抱きしめて。80年代の歌謡曲にありそうな台詞だけど、モードがかなえてくれるはず。不安定な世の中を自分らしくサバイブするテクニックとして着る服を選択する。これまで以上に、その意識が高まった。

文/エディター竹内彩奈(SPUR編集部)

SOURCE:SPUR 2021年9月号「 ショッピング目線で読み解く『買いたい』ランウェイ」
photography: Takehiro Uochi 〈TENT〉(product), Shin Hamada (Ryota Murakami) styling: Momoko Sasaki (product)

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