これからの「可愛い」を考えよう
時代は今、ロマンティックなモードを求めている。自由への憧れから生まれたこのスタイルは、単なる現実逃避の手段ではない。不安定な情勢の中、ジェンダーやアイデンティティの多様性を大切にするために、幻想的なスタイルは、自由な自己表現を守る「生存」のための装飾となる。
レースにフラワー、クロシェにビジュー。華やかで装飾的ディテールに、素材やスタイリングで意志の強さを引き出すのが新時代のロマンティック。多様な美しさを受け取って心を解放する旅に出よう
これからの「可愛い」を考えよう
時代は今、ロマンティックなモードを求めている。自由への憧れから生まれたこのスタイルは、単なる現実逃避の手段ではない。不安定な情勢の中、ジェンダーやアイデンティティの多様性を大切にするために、幻想的なスタイルは、自由な自己表現を守る「生存」のための装飾となる。
レースにフラワー、クロシェにビジュー。華やかで装飾的ディテールに、素材やスタイリングで意志の強さを引き出すのが新時代のロマンティック。多様な美しさを受け取って心を解放する旅に出よう
混沌の中に見るファッションの希望 山縣良和
現代のファッションには、意外にも「ロマンティック」というスタイルが強く根づいています。世界各地で戦争や紛争が続き、私たちの生活はますます不安定な状況にある中で、なぜこのようなファッションが魅力的に感じられるのでしょうか? 今回は、そんな「ロマンティックファッション」が現代の社会情勢の中でどのように進化し、私たちにどんなメッセージを届けているのかについて考えてみたいと思います。
まず、進化論の話から始めましょう。チャールズ・ダーウィンが提唱した『種の起源』は、生物の進化に「目的」がなく、偶然の「結果」として生じるものだという考え方を示しました。現在では、進化は遺伝子の偶発的な突然変異に基づいており、それが生き残るためにほかの個体と異なる特徴を生かして環境に適応していったことがわかっています。進化は、偶然環境に適応できた遺伝子が生き残り、その特徴が次世代に引き継がれることで起こります。しかし、ダーウィン以前は進化に「目的」があるとされ、人間の進化にも優位となる進歩した遺伝子と、そうでない劣勢遺伝子があるという一元的な思考が優生思想につながり、ホロコーストのような悲劇的な差別の歴史を生む原因ともなりました。
進化論とファッションの関係を考えると、ファッションはその時代の「人間像」を反映するものです。時代の社会情勢、価値観、さらには差別や不平等の問題が服装や流行を通じて表現され、衣服の社会的影響力は非常に大きいと言えます。現代のファッションもまた、私たちの「アイデンティティ」を表現する手段として、時には時代を反映し、時には時代に対するメッセージを発信しています。僕は、ファッション表現がすべての人にとって平等で、差別を受けない社会の一助となることを心から願っています。
次に「ロマンティックファッション」について触れましょう。このスタイルは、フランス革命後の19世紀初頭、自由な表現を求める風潮の中で誕生しました。特に、ナポレオン政権の崩壊後、ロマン主義が盛り上がると共に、自由で個性的な装いが次々と生まれました。ボリュームのあるドレス、可愛らしいフリルやリボン、女性らしさを強調したスタイルが特徴で、当時の時代背景を色濃く反映しています。この「ロマンティックファッション」はその後、何度もリバイバルされ、特に1970年代後半にはパンクシーンの名残と反発から、スティーヴ・ストレンジらが伝説のナイトクラブBlitzで行なったイベントによってニューロマンティックムーブメントが生まれました。音楽ではボーイ・ジョージやデュラン・デュラン、ファッションではヴィヴィアン・ウエストウッドやボディマップといったブランドが牽引、さらには当時まだ学生だったジョン・ガリアーノらもイベントの常連でした。男女問わず厚塗りの化粧を施し、歴史衣装をまとうなどといった新たなジェンダー表現が世界的に注目を集めました。
それでは、私たちの時代はどうでしょうか? 世界では依然として戦争や紛争が続き、社会情勢は不安定なままです。イスラエル・パレスチナ問題や、ロシアによるウクライナへの侵攻はいまだ終息せず、一方では、パンデミックが日常生活を強制的に変化させ、環境問題への関心が高まり、ファッションにもサステイナビリティや誠実さが求められるようになりました。これに加えて、アイデンティティやジェンダーの多様性が認識され、自己の尊重が重要視されています。こうした状況の中、パンデミック期の規制の反動もあったのでしょう、ファッションは誠実性と共に再び自由な自己表現の手段として機能し、過去の「ロマンティックファッション」へ再注目が進んでいます。
こうした現代の不安定な社会情勢を反映し、日常における等身大の自己表現の尊さを描いたアニメーション映画があります。それは『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(’24)で、非常に印象に残っている作品です。物語は、東京上空に突然現れた飛行物体と、それに続く人間と謎の生命体の戦闘を描いています。リアルとフェイクが入り交じる中で、主人公たちはあくまで「普通の生活」を大切にしようとします。現代は、どんなに平和な環境にあっても、ワンクリックで戦場の映像をリアルタイムで目撃できる時代です。それでもなお、私たちは「日常」を尊重し、自由に自己を表現できることの重要性を感じています。一方、ウクライナでは空襲に怯えながら「進撃の巨人」や「新世紀エヴァンゲリオン」が日常に似た形で娯楽として視聴されている。これも現代社会を象徴するエピソードだと思います。このような状況は、現代ファッションを理解する上で非常に重要な視座となるでしょう。
現代は、日常生活と空想、バーチャルな世界が交錯する時代です。過去の戦時中とは異なり、1940年代には政府主導のプロパガンダ(「ぜいたくは敵だ」などが有名)、メディア規制や服装の制限がありましたが、現在はSNSやメディアから有象無象の情報や意見が飛び交う混沌とした時代です。現代の私たちは、「日常着」や「晴れ着」だけでなく、ネット上だけでの装いも多数存在し、自己イメージは多層化されています。その中でも、「ロマンティックファッション」は、政治的な圧力や全体主義的な価値観に抗い、あくまで自分の価値観を大切にし、自由に生きる姿勢を象徴するスタイルとして、再び注目を集めているのではないでしょうか。ジョナサン・アンダーソンによるロエベやアレッサンドロ・ミケーレのヴァレンティノなどに見られるユーモアと幻想的な表現がその代表例でしょう。混沌とした現代社会における進化した「ロマンティックファッション」は、時代に呼応しながらも、多分に複雑な感情から生まれた偶発性を帯びています。その根底にあるのは、個性豊かな人々の姿を肯定することなのではないでしょうか。それは、平和で穏やかな時間を求める私たちの願いが込められた表現であり、自己表現の自由と共に、社会に対する希望の象徴でもあるのです。

1980年鳥取県生まれ。セントラル・セント・マーチンズ美術大学ファッションデザイン学科ウィメンズウェアコースを卒業後、ブランド「writtenafterwards(リトゥンアフターワーズ)」を設立。 ファッション表現の実験と学びの場として「coconogacco」を主宰。