望まれてしまった戦争なのか
1979年のイラン革命以降、サヘルさんの母国は厳格なイスラム体制下にある。約37年にわたり、アリ・ハメネイ師が絶対的な権力を握る最高指導者として君臨していた。ハメネイ政権は、対外的には反米強硬路線をとり、核開発を進める一方、国内では言論の自由を制限し、反対勢力を厳しく弾圧してきたとされている。
イランの女性は、外出時のヒジャブ(頭髪や首元を隠すスカーフ)の着用が法律で義務付けられている。2022年には、当時22歳だったマフサ・アミニさんがヒジャブの不適切な着用を理由に道徳警察に拘束され、急死する事件が起きた。これを受けて大規模な抗議デモがイラン全土に広がり、国際社会からも批判の声が上がった。ヒジャブ着用の強制や取り締まりの強化については、現在も深刻な問題となっている。
今回のアメリカとイスラエルの大規模攻撃によって、ハメネイ師をはじめとする多数の政府・軍高官が殺害された。イラン国内では、最高指導者の死を悼んで涙を流す人たちもいれば、彼らの死をよろこび祝う人たちもいたという。体制派と反体制派とで対照的な反応が見られる現状に、サヘルさんは割り切れない思いを抱えている。
「イランでは、政権に不満を抱く市民による反政府デモが、これまでに何度も起きてきました。長年の抑圧や厳しい経済状況のなかで、日々を生き抜くことに限界を感じている人も少なくありません。そのため、今回の戦争に対しても、『何かが変わるきっかけになるのではないか』という思いを抱く人びとはいます。けれども、戦争そのものを望んでいるというよりは、追い込まれていることの現れなのかもしれません。立場や置かれた状況によって、この戦争の見え方が大きく異なっていることを感じます。一方で、この戦争によって多くの市民の命が失われていることも、揺るぎない事実です。2月28日の大規模攻撃では、アメリカ軍による誤爆でイラン南部の小学校が被害を受け、170人以上の女子児童や教職員が亡くなったとされています。たとえ戦争が終わったとしても、家族を失った人びとの悲しみが消えることはありません。深い傷や憎しみは次の世代にも残り続けてしまう。その連鎖こそが、戦争の本当の恐ろしさなのだと感じています」
戦闘終結後、どう変わるかが重要
トランプ大統領は、イランへの攻撃開始の声明動画で「誇り高きイラン国民へ」と呼びかけ、「When we are finished, take over your government. It will be yours to take/我々(の攻撃)が終わったら、政府を掌握してください。あなたがたの手中に収まるでしょう」と体制転換を促した。しかし、ハメネイ師が亡くなった後に政権を引き継いだのは息子のモジタバ師であり、今も先行き不透明な状況が続いている。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、大規模攻撃から2ヵ月足らずの間に、イランでは少なくとも21人が国家安全保障に関連する容疑で処刑され、4,000人以上が逮捕されたとしている*。処刑された人の中には、抗議活動に関与した人や、反体制派グループのメンバーとされる人、スパイ容疑をかけられた人などが含まれている。ハメネイ師なき後も体制が大きく変わることはなく、反対意見を封じ込める動きが加速している。
「ハメネイ師が亡くなった後の展開は、私たちにとっても予想外でした。イランでは、戦争が始まってからつい先日まで(2026年5月31日時点) 、インターネットが遮断されていました。そのため、国内で何が起きているのかを知る手段はかなり限られていました。今も引き続き、この先どうなっていくのだろうという不安でいっぱいです。日本で暮らす同胞の中には、祖国にいる家族の安全を守るために、現体制への発言に慎重な姿勢をとる人たちもいます。彼らは決して無関心でも裏切り者でもありません。大切な人たちの無事を願いながら、何もできずにただ時間だけが過ぎていくことが、とても歯がゆく、苦しいのです」
国家とは、国民の生命や安全を守り、生活を保障するために存在するものだ。国同士の和平が成立した後、イランの人びとの尊厳は守られるのか、生活基盤は作られていくのか。戦争が終わったその先のことをサヘルさんは案じている。
「生活が困窮しているイランの人びとのために、今、自分にどのような支援ができるのかを考えながら、準備を進めています。この戦争によって、失業や生活不安はさらに深刻化しています。イラン国内のインターネットが遮断されていたことにより、オンラインで仕事をしていた人たちが突然収入を失うなど、人びとの日常は大きく変わりつつあります。しかし、そんな不安定な状況のなかでも暮らしは続いていきます」
戦争は「国と国の争い」として語られがちだが、その場所には一人ひとりの人生があり、家族があり、かけがえのない日常がある。そのことを、決して忘れてはならないとサヘルさんは訴える。
「声を上げ続けている人たちの勇気や苦しみに、私は深い敬意を抱いています。ただその一方で、それぞれに背負っている事情があり、守りたいものがある。だからこそ、できることも、伝え方も、一人ひとり違って当然なのだと思います。誰かの『正しさ』だけを求めるのではなく、それぞれの立場からできるアクションを考えていく。その積み重ねが、未来につながっていくのではないかと感じています」
*国連の公式ニュースサイトより “UN rights chief warns of escalating crackdown in Iran amid conflict ”
「戦争反対」は勇気のいること?
養母から受け継いだリングを、毎日お守りのように身につけている
中東情勢が緊迫化するなか、トランプ大統領は日本に対し、ホルムズ海峡への自衛隊派遣を求めたが、日本政府は憲法9条などの法的制約を理由に応じなかった。その一方で、高市早苗政権は防衛力強化や憲法9条の改正に意欲的な姿勢を見せていることから、日本各地で反戦デモが勢いを増している。
ただし、「戦争反対」という訴えに対しては、国際社会の現実とかけ離れた理想論だという意見もある。また、反戦を表明すること自体が、特定の政権に対する批判であると解釈されることもある。サヘルさんは、日本国内でも分断が深まっている状況に警鐘を鳴らす。
「『戦争反対』という言葉は、本来、特別な主張ではなく、誰かの命が失われてほしくないという、ごく自然で普遍的な願いのはずです。けれど最近は、それを口にすること自体が、まるで『勇気ある発言』のように受け取られてしまう。その空気に、私は危機感を覚えています。私が日本語で発信を続けているのは、イランで起きていることを、単なる『遠い国の出来事』としてではなく、私たちの日常と地続きの問題として感じてもらいたいからです。『戦争を止めたいなら現地へ行けばいい』という声をいただくこともあります。でも、一度始まってしまった争いを止めることは、決して簡単なことではありません。だからこそ、戦争の起きていない場所にいる私たちが、平和は決して当たり前ではないこと、そして日常が一瞬で失われてしまうかもしれないことに、ほんの少し想像力を向ける。そのプロセスにこそ、意味があると私は信じています」
表現の自由が保障されている日本では、他者の権利を侵害しない限り、個人の意見を述べただけで逮捕されることはない。同調圧力に流されず、一人ひとりが自分の考えを持つことが大切だ。
「戦争はイランだけで起きていることではありません。争いや虐殺、差別はいたるところで続いています。今、この世界では何が起きているのか。私たちは常に関心を持ち続け、それを自分ごととして受け止め、同じことが起きないために何をしなければいけないかを考える必要があります。世の中はとても複雑です。誰も正解など持っておらず、それぞれの視点で物事が語られます。だからこそ、安易に決めつけたり、否定したりせず、対話することを忘れないでいたい。いろんな人たちの考えを知ることで、見えてくるものがあるのではないでしょうか」
罪なき人びとの日常を破壊し、尊い命を一瞬にして奪う戦争は、決して起きてはならない。いかなる政治思想や立場であっても、その思いは共通しているはずだ。どうすれば、この世界から戦争はなくなるのか。強力な武器を持つことだけが身を守るすべなのか。力によって得られた平和は、本当に持続するのだろうか。今、一人ひとりが問われている。あなたなら、どう感じるだろうか。